あたしは?

『お前、彼女はいないのか?』
『いないねぇ...縁がなくて』
『なんでいないの?』
『知らんよ、出て来いやぁ~っ!』
飲み会で出て来るネタのいじられ役になる。
ホント、何とかならんのかってくらいに縁がない。
そんな時にスッと手が上がった。
『あたしは?』と。
意外だった。
その子は自分とは縁がないと思っていた。
おともだちにはなれるけど彼氏じゃないと思われていたからだ。
デートや食事に誘ってもいつも断られていたしで。
来てくれる時は他の誰かが一緒に居るってわかった時にしか現れない。
長年のおともだちの一人としては、一瞬グラッと心が揺れた。
そこからおかしなことが起こり始める。
それぞれの恋愛遍歴を語り合ったりで盛り上がる。
そして今までの呼び名が変わった。
あだ名から下の名前で呼び捨てへと変更。
『惚れてまうやろ...』的な展開に持って行かれる。
母と叔母以外の女性に下の名前で呼ばれるなんてことはここ最近ではなかった。
付き合った彼女でさえなかった。
母や叔母を飛び越えるつもりなのか。
しかし、決定的な何かが欠けていた。

相手の物理的距離だった。
外へ繰り出して歩くにしても、隣り合わせて飲むにしても、向かい合わせで喋るにしても。
好意があるなら向こうから近寄ってくるはず。
それなのに近寄りもしなかった。
しかも、こちらから近寄ると逃げる。
真剣に何かを語ろうものなら笑ってごまかしたり茶化したり。
そうか、こちらの思いは受け止めてはくれないんだなと。
『そうか...これは罠だ』と悟った瞬間に揺れは治まった。
傷つけまいとしている気遣いをされればされるほど、こちらは惨めになるのが見えて来た。
罠ではなくとも、そこまでの関係にはなるつもりはないんだなと。
場を盛り上げようとしただけかと。
自分で自分に嘘をつき、人生を茶化し、己の心に正直に向き合おうとしない女性に用はない。
仮に目の前にいる時点では本気だったとしても、長くは続かないのは目に見えていた。
『ごめんなさい』と深々と頭を下げられる、しかもモテない男に振られるなんて思わなかったんだろう。
石橋を叩いて渡ってるつもりだろうけど、叩いてるどころの話じゃない。
君がやってることはダイナマイトを放り投げて石橋を壊したが故に渡れなくしちゃったっていうことなのだよと、喉から出そうになるのをグッと堪えた。





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