プレミア最強クラブ、レスターの強さの秘密


・プレミアを制する3つの武器

レスターにワールドクラスの選手は1人もいない。エースストライカーのジェイミー・ヴァーディーは、ルイス・スアレスやセルヒオ・アグエロら歴代リーグ得点王に遠く及ばないし、プレミアリーグMVPに輝いたリヤド・マフレズも、エデン・アザールやメスト・エジルらメガクラックと比較すれば大きく見劣りする。

それでもレスターがリーグ王者になれたのには、このチームだけにしかない強力な3つ武器があったからだ。第一にマルチロール・プレーヤーによるローテーション、第二に対策不能な多彩な攻撃パターン、第三に連携プレーによるドリブル突破。

この3つの武器を活用することでレスターは、個の力では上回る予算1億ポンドを超えのメガクラブを蹴散らし、プレミアリーグを制覇することができたのだ。今回は、その3つの武器について、詳細に解説しようと思う。

・ローテーションを機能させるマルチロール・プレーヤー

監督のクラウディオ・ラニエリは、修理屋の異名で知られるほど、スタメンを毎試合いじることで有名な監督である。おそらくは相手の研究をかわすためにやっていたことなのだろうが、レスターでは一転してスタメンを固定していた。

なぜか?

それはレスターが、スタメンをいじらなくても、相手の研究を打ち破れるほど、変幻自在に戦えるチームだったからである。

レスターのようにポジションチェンジを繰り返し、ローテーションで流動的に戦うチームは、Jリーグにも少なくない。しかし、決定的な違いが1つある。選手のタクティカル・フレキシビリティ(戦術的柔軟性)の高さだ。

ポジションチェンジをした際に一番問題となるのは、各選手がチェンジ後のポジションでパフォーマンスを維持できるかどうかということだ。

例えば、足元の技術はないが空中戦に絶対の自信を持つセンターフォワードと、フィジカルコンタクトは苦手だがチャンスメーク能力に長けた技巧派サイドアタッカーが、ポジションを入れ替えたとする。サイドに流れて足元にボールを受けたストロングヘッダーと、ゴール前に入ったひ弱なテクニシャン。ポジションチェンジによって相手守備陣を撹乱できていたとしても、これではまったくゴールの予感がしない。

けれどもレスターの場合、そのようなことは起こりえない。中盤より前の選手全員が、複数のポジションをこなせるマルチロール・プレーヤーだからだ。

ご存知の通り、岡崎慎司は2列目より前ならどこでもこなす。ヴァーディーもスペースさえあれば、中央でもサイドでも問題ない。両翼のマハレズとマーク・オルブライトンは、左右どちらでもプレー可能であり、縦に突破することも、中央へカットインすることもできる。2センターを務めるダニー・ドリンクウォーターとエヌゴロ・カンテは、サイドのスペースに流れてクロスをあげるだけでなく、フィニッシュにも絡むことができる。

・ポジションチェンジ後もバランスが崩れない守備

攻撃の局面だけならば、レスターのような機能性を落とさずローテーションできるチームをJリーグでも再現することは可能だろう。だが、レスターの凄いところは、守備の局面でも、ローテーションを機能させている点だ。

一般に思われているよりもFWにプレッシングサッカーを仕込むことは簡単だ。ボール奪取からのカウンターは、あくまでもゴールを決めるための攻撃的守備である。実際にカウンターで得点する経験を積めば、FWも守備に参加するようになる。

一方で難しいのはゴールを守るための守備をFWに叩きこむことだ。プレスをかわされてしまえば、普通のFWならば体力を温存してカウンターに備えようとする。ところがレスターの岡崎とヴァーディーは違う。ピンチと見ればポジションチェンジ後も中盤の一員としてサボらずに守備に参加しようとする。そのためレスターには、Jリーグのクラブのようにローテーション後に攻守のバランスを崩して簡単にカウンターで失点するという軽率さが、ほとんど見られないのである。

複数のマルチロール・プレーヤーによるローテーション、試合中にも選手がポジションを入れ替えてシステムチェンすることが可能だからこそ、ラニエリ監督はスタメンをいじる必要がないのだ。

・スカウティングを上回る多彩な攻撃パターン

現代サッカーは情報戦だ。どのチームも、最先端のテクノロジーを駆使し、資料映像や統計データによって相手の弱点を丸裸にするスカウティング・スタッフを雇っている。それに対し、ジョゼップ・グアルディオラのバイエルン・ミュンヘンのように、毎試合戦術変更を行うことでスカウティングをかわそうというチームもある。けれどもレスターは違った。

なぜならレスターは、チームとして弱点といえるような極端な欠点がなく、スカウティングを恐れる必要がなかったからである。選手個々を見れば弱点はある。例えばCBの足元の技術の低さが、そうだ。

対戦相手が、この弱点を突こうとプレスをかけてきた場合は、どうなるかというと、どうもならない。ウェズ・モーガンやロベルト・フートがFWへのロングボールを選択して終わりである。レスターの2トップは、どちらも高さはないが空中戦をまったく苦にしない。山なりのぼーるではなく、低弾道のロングパスならば高さ勝負ではなくポジショニング勝負になる。ヴァーディーも岡崎も、それなりに競り勝てる。そしてセカンドボールをカンテらが回収して波状攻撃を仕掛ける。なのでプレスをかけられてもまったく困らない。

ならばとプレスをかけなければ、パスのドリンクウォーターとドリブルのカンテという異なる特長を持った2センターが攻撃の起点となり、ローテーションによる撹乱攻撃からディフェンスを切り刻みに来る。

引いて守りを固めても、少しでも隙を見せれば、岡崎とヴァーディーがDFのマークを外し、ピンポイントでアーリークロスを合わせてくる。油断も隙もあったものではない。

・隙を見せて罠にはめる凶悪ロング&ショートカウンター

さらに厄介なのがロングもショートも自由自在なカウンターアタックだ。守備に献身的な2トップと世界最高峰のボール回収人カンテによるプレッシング&ショートカウンターをなんとかかわしても、そこから先に地獄が待っている。

レスターの守備陣は、ドリンクウォーターのカバーリング意識が低かったり、マハレズが守備をサボったり、周りの見えない肉体派ストッパーのモーガンとフートの動きが被ったりと、付け入りたくなる隙が大量にある。選手たちの戦術理解力の低さには監督のラニエリもサジを投げたほどだそうだ。なので敵チームの選手たちは、どうにかしてショートパスをつないでプレスを回避して攻め込みたくなるが、残念ながら、それは罠だ。

調子にのって人数をかけて攻めこむのは大変な目に遭う。レスターの中盤は全員がカウンターの起点になれる選手ばかりだ。ボールを奪えば、ヴァーディーと岡崎が即座にゴール前に走りこみ、マフレズ、カンテ、オルブライトンの3人がFWの作ったスペースを活用し、ドリブルでゴール前までボールを運んでくる。展開力のあるドリンクウォーターならばヴァーディーへのロングパス一発もありえる。相手チームからすれば、どこでボールを失っても、決定機まで持ち込まれかねない破壊力が、レスターのカウンターにはあるのだ。

そしてカウンターを恐れて攻撃の人数を削ると、隙のあるレスターの守備であっても切り崩せなくなる。レスターは攻撃力によって守備力不足を補っているチームでもあるのだ。

・個人プレーではなく連携プレーによるドリブル突破

3番目に取り上げるのは連携プレーによるドリブル突破。ドリブルを連携プレーというと違和感があるかもしれないが、現代サッカーにおいてドリブルは、もはや個人プレーではなく、連携プレーの一種なのである。

ドリブルのコースはボール保持者の自由に決めていいものではない。チームメートのフリーランニングによってできたスペースへ進路をとるのが現代サッカーのセオリーだ。相手DFにも見えている、ボール保持者の目の前に現在あるスペースではなく、味方がこれから創るスペースへ進むことからこそ、攻撃に意外性が生まれるのである。

その違いは、2014-15シーズンと2015-16シーズンのマフレズのプレー集を見比べるとよく分かる。

昨シーズンまでのマフレズは、優れたアジリティによる急な方向転換とダッシュ力に頼ったラン・ウィズ・ザ・ボールでDFの守備範囲を迂回し、スペースにボールを運ぶタイプのアタッカーだった。ドリブルは、その時点で見えていたスペースに進んでいた。

この頃のマフレズは、前傾姿勢で個の力で突破してやろうという意欲がありありと見えていたが、特別なフェイント技術を持っているわけではなく、当時リーグ14位のレスターにおいても不動の存在というわけではなかった。

今シーズンのマフレズは違う。周囲の選手のフリーランニングを有効活用するため、背筋をピンと伸ばして、いつでもパスを出せる状態を維持し、味方の創ったスペースへとドリブルしている。これにキックフェイントを加えることで、マフレズはリーグMVPに選ばれるほどの活躍を見せることになる。

・相手DFの幻想につけ込むキックフェイント

岡崎をはじめとしてレスターの攻撃陣は、つねにオフ・ザ・ボールの動きでスペースを作っている。マフレズがボールを持って前を向くと、正対したDFの背後にいたカバーの選手が、大抵は岡崎らのフリーランニングに引っ張られてしまうため、孤立した状態でマフレズとの1対1を強いられることになる。

そこにキックフェイントが加わるのだから最悪だ。マフレズがパスのモーションに入ると、DFの脳内ではどうしてもマークを外してゴール前でフリーになったヴァーディーや岡崎の姿が想起されてしまう。実際にマハレズは、低い位置からのパスで何度もアシストしている。そのためマフレズのキックフェイントに簡単に引っかかってしまう。

ある試合ではマハレズのキックフェイントにDFが3人もスライディングで倒れこんでしまうという失態を見せていた。マハレズのキックモーションは短く鋭い。それだけにプレミアリーグで鳴らした優秀なDFでさえもやすやすとキックフェイントに騙されてしまうのだ。

この味方のフリーランニングを有効活用したキックフェイントによるドリブル突破は、オルブライトンやカンテも見せていた。彼らは相手DFの幻想につけ込むことによって、特別なフェイント技術、すなわち個の力を持たずともドリブルで局面を打開することができていたのだ。

第一と第二の武器は、日本人にはマネが難しいかもしれない。けれども第三の連携プレーによるドリブル突破は、日本人にもマネが可能なものだ。パスだけでなくドリブルも連携プレーという認識が、日本でも広まるようになれば、岡崎は日本代表でも好成績を得られるかもしれない。

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