ホワイトキューブでない空間で展示をする3つのメリット

BOX GAME という展示を10月末から11月頭にかけて開催した。会場は、名駅から徒歩15分ぐらいのとこに位置する亀島駅付近にある古民家だ。

徒歩圏内とは言えども、名鉄の線路が真横に大きな壁を作り、昔ながらの路地裏にひっそりと佇むこの場所を、私はわざわざ展示会場として選択した。

Long Roof Atelierと呼ばれるこの空間は、シェアハウスや古民家カフェを運営するOn-Coが、多様なアーティストやクリエイターなどに向け貸出を行なっているレンタルスペースだ。

外観はお世辞にも綺麗だとは言い難いが、戸を開けると、外からは全くと言って良いほど想像がつかない内装が広がる。
木材を打ちっ放しにした壁面やさりげなく置かれたアンティーク家具などが、また良い演出を施し、ついつい長居してしまいそうになる空気感を漂わせている。

だが、アートを学び、様々な展示を行っている者であれば、ここをベストな展示空間だとは思わないだろう。
何故ならば、雑念が多すぎるからだ。

今回の展示では、むしろこれらがメリットとなったわけだが、その説明する前にまず対比する空間、つまりホワイトキューブについて解説をする必要がある。


白い立方体の展示空間を、美術用語でホワイトキューブと呼ぶ。ニューヨークで約90年ほど前に美術館が取り入れた展示空間の概念であり、何もない真っ白な空間だからこそ成り立つ中立性と、形態問わずどのような作品も受け入れることが出来る柔軟性を兼ね備え、現代におけるアート鑑賞を行うのに最も適した空間と提唱されている。(実際にはニューヨークより前にドイツが取り入れていたそうなのだが、確立されたのはこの時が起点と言える。)

確かに、白い空間に作品が展示されると、自然に作品へ意識が向く。無機質さ故に空間が作品へ与える影響は少なくなり、感性を最大限に活用した美術鑑賞を可能とするのだろう。

だが、そもそも何故、そこまでして作品に意識を向ける必要があったのか。

それは1900年代以前の作品の展示方法を調べれば一目瞭然である。余りにも作品と作品の距離が近く、鑑賞など出来る空間ではなかったからだ。
考えられないことだろうが、天井ぎりぎりまで隙間という隙間を埋めるよう絵画が飾られ、壁紙など一切見えない空間が、現在の美術館やギャラリーの原型とも言える。当時、富裕層のコレクターが好んでいた展示方法なのだが、要するに「私はこんなに壁が空かないぐらい美術品を買える余裕がある!」と自己顕示欲を肥大化させてしまっていたわけだ。

それから数々の変化を遂げ、展示空間は今日に至る。しかし、美術館を訪れている者であれば何となく分かるように、ホワイトキューブを取り入れている美術館は意外と少ない。
展示の内容ごとに塗り替えられる壁面、作品の横に置かれるキャプションや説明文、黄色がかったり赤味が強かったりする照明も使用されている。

つまりは、作品を感性を通してじっくり鑑賞する来場者が多数派ではないということだ。それが良い悪いはさておき、私はこの事実を悲願するのではなく、最大限利用するべきだと考えた。



①一般層の集客率を上げる

日本の企画展来場者数は世界一というニュースを目にした人もいるだろう。私もその一人だ。とても意外なことだと思ったが、理由を考えれば納得がいく。

今の日本の美術館の役割は、美学追求の場所ではなく、新しい刺激を得るためのエンターテイメント施設だ。ちょっとお洒落な空間で行われるイベントや、その時しか体験できない場所というのは、普段とは異なる特別な気分になり、素敵なことをしているように感じる。その一つが美術館なのである。
この特別感を出すための演出は、純粋美術鑑賞を阻害するかもしれない。だが、人々がつい行きたくなる場所を作り出してもいるわけだ。

この行きたくなるというのが、私が Long Roof Atelierを選んだ最大の理由である。

様々な展示で感じたのが、所謂全くアートや美術に触れてこなかった人に対しての、ギャラリーや画廊への集客の難しさだ。
作家もギャラリーも懸命に新しい層の発掘を行なってはいるものの、中々上手くいっていない。その原因の一つが、ホワイトキューブのような無機質な空間は高圧的に見えてしまう一面もあるという点だろう。
作品と対面するしかない場所は、意図せずとも作品を観てくださいと訴えかけてしまう。そのような空間に足を踏み入れるのは、美術に対するある程度の知識がある人、もしくは慣れている人でなければ難しい。だがそのような層を、今回の展示ではメインターゲットにしていない。

BOX GAME展は一般の人とアートや作家活動を行う人を混ぜる展示にしたかった。現在の美術教育は余りにも基盤がなさ過ぎて、社会に出たときに純粋美術鑑賞を行う人は少ない。偉そうに聞こえるかもしれないので念の為に言っておくと、私自身、ちゃんとした美術鑑賞が出来ているかは、はっきり言って自信がない。
しかし、私の中で美術は、見方さえ覚えれば最高のエンターテイメントであると考えており、更に言うとちゃんとした鑑賞など無いと思っている。(ハーバード大学教授のマイケル・サンデル教授による白熱教室の講義録に分かりやすい話があるので、良かったら読んでみてほしい。)
それを出来る限り多くの人に伝える為にも、敢えて、足を運びやすいキャッチーな空間を選んだのである。


②アイデアを生み出しやすい環境

先ほど少し触れたが、明確に決まった美術鑑賞方法はない。この辺りをより深く説明するとなると様々な物事に対する認識から解説するべきなのだが、さすがに話が長くなりすぎるので省略させていただきたい。要するに、そもそも美術に正解など無いということである。

では、美術鑑賞というのは何を目的とするのか。それは、自身の感性と向き合い、固定概念を無くして視野を広げる、もしくはより細かく観る為に知識を付けることだろう。

鑑賞方法の一つに、対話式鑑賞方法というものがある。これは作品に対しての先入観を取っ払い、目の前にあるものが、平たいのか、丸いのが、青いのか、赤いのか、紙なのか、木なのか、つまりそもそも何なのかということを探っていく鑑賞方法だ。

この鑑賞のポイントとして、実は様々なところに意識を向けることが重要だと考えている。
例えば、街中で散歩している犬を見た時に、「昔見たことのある犬と似ている」「自分の飼っている犬に似ている」などと思うことがあるだろう。それは、記憶という雑念を呼び起こして目の前の犬を鑑賞しているからだ。他にも、壁のシミが何となく模様に見えたり、木目が動物の顔に見えたり、日常には様々な雑念が潜んでおり、それらを使うことで視野を広げることが可能になる。

ホワイトキューブにしてしまうと、それらの「何となく〇〇みたいだ」というような雑念を、観覧者が自力で思い出すことを強いる。それは勿論大切なことなのだが、ヒントがあったり、他の情報が錯綜する空間の方が、閃きが生まれやすいのではなかろうか。
作家の意図にもよるが、もし初心者の方にも、より深く、考えて作品を見て欲しい場合、雑念が多い環境も見方を変えれば良いといえよう。


③滞在時間が長くなりやすい

作品を観ることが好きな人からすると、これが一番分かりにくいかもしれない。
美術は、見方さえ分かれば最高のエンターテイメントだと言ったが、つまりは見方が分からなければ相当つまらないものとも言える。
特に、インスタレーションや抽象絵画を筆頭にした現代アートと称されるものが「分かりにくい」と世の大多数の人に認識されてしまっているのは、見方に慣れていないと思いつかないような切り口のものが大多数だからだ。
おそらくその切り口を見つけるのにかなりの時間がかかり、慣れていない観覧者は理解することを諦めてしまう。
そうなった後でも、また作品について考えてもらう為には、とにかく展示会場に来場者を留めておく必要がある。

冒頭に述べたように、Long Roof Atelierはお洒落なアンティーク家具や打ちっ放しの木材などにより、落ち着く空間が演出され、更には、人が興味を持ちやすいセンスの良いものが至る所に散りばめられている。
それら空間による効果によって、例え鑑賞を一旦諦めたとしても、すぐに立ち去ることがないのだ。実際に私の在廊中、平均して15分は滞在していたと思う。そうやって観覧者が留まっているだけでも、私たち作家は、彼らの様子や振る舞い、言動を見て、個々に合った会話や鑑賞のヒントを口頭で伝えることができるのだ。




長くなってしまったが、本当にOn-CoのLong Roof AtelierとBOX GAMEの内容は、非常に相性が良かった。
今後も、ペースはまだ検討中だが、このような展示を続けていければと考えている。もしこれを読んで興味を抱いた方がいるのであれば、是非次の機会に遊びに来て欲しい。


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SUKI

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