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思いを形にできなくなった父 -『時をかける父と、母と』 Vol.10

『時をかける父と、母と』ー 若年性認知症の父親と、がんになった母が逝くまでのエッセイを連載しています。

Vol.10 思いを形にできなくなった父

母の検査入院中、検査後の痛みがひどく体調が安定しなかったので、私も急遽予定を変更して昼過ぎから病院へ行くことにした。

朝から珍しくきちんと着替えていた父が、私が出かける前に「俺、今日お母さんの病院に行こうと思うんだけど」という。
最近外は炎天下だし、病院も把握していない父が、一人で行くのは不可能だ。なおかつ検査後の調子が安定しない母と父を会わせるのは母への負担が大きい。病院の後に介護保険の申請に行く予定だった私が、父を連れて行くのにも余裕がない。
時間もなく丁寧に説得もできず、「一人で行ける」と言い張る父に、「もう知らない、行けば?」と吐き捨て、さっさと出かけた。

でも気がかりではあった。勝手に出かけて、となりのトトロの『メイちゃん』状態になってしまうことが一番怖かった。

私は、あのシーンを見るといつも泣いてしまう。ああいった『思いが先行した行動が実を結ばない』という状況に弱いのだ。とはいえ私がサツキちゃんの、「メイのバカ!もう知らない!」状態になり、父がメイちゃんのシチュエーションに当てはまるなんて。となると誰が「メイぢゃぁぁ〜〜ん」と探すのだろうか? 

思いがあるのに実を結ばない。自分ではできると思っているのに実際にはできない。
このころの私は、父のそういう場面をよく目にしては悲しくて、よく泣いていた。

別の朝、突然父が、小学校の同級生の「小林くん」の話をしはじめた。昔チャンバラごっこをしたとか、笑いが止まらなくなるくらい毎日楽しかったな、と繰り返している。もちろん、私も母も知らないころの話だし、昔の話はよくするので、とくに取り合わなかった。

その後、父は自分の部屋にいったかと思えば数時間後にハガキを持っていた。寝室に転がっていたらしい、異国の写真つきのポストカードに、小林くんあてに手紙を書いていた。

「小林くん 僕はあのころのキミにいまも会いたくて、会いたくて、想い出しては涙してます。キミは何処にいるのでしょう。」

住所もなにも書いていないハガキが届くわけはない。小林くんが実在するのかどうかもわからない。それは私も母も父自身もわからないのだ。
それでもこの手紙が、母の病気のショックや悲しさ、自分の病気のもどかしさ、そんなものが混じったものに見えたのは、私の考えすぎなのだろうか。

父はたびたび、自分の友達のことを思い出しては、「●●はいまどこにいるんだろうなあ」とよく言う。
小、中、高の楽しかった思い出を反芻しては、いま、目の前にいない人のことを、時空を超えて探しまわっている。

やっぱり父は、時をかけているのだと思う。



『時をかける父と、母と』バックナンバー
Vol.1 はじめに
Vol.2 私が笑えるために書いた
Vol.3 かつての父はアメリカ人
Vol.4 60歳でアメリカ一人暮らし
Vol.5 認知症ではありません?
Vol.6 やっぱり認知症でした
Vol.7 ここはどこ、私はだれ?
Vol.8 「旦那を介護している」と思えない母
Vol.9 母の入院とがんの発覚

あまのさくや
はんこと言葉で物語をつづる絵はんこ作家。はんこ・版画の制作のほか、エッセイ・インタビューの執筆など、「深掘りする&彫る」ことが好き。チェコ親善アンバサダー2019としても活動中。http://amanosakuya.com/
2019/06/17-23 『小書店- はんこと物語のある書店-』@恵比寿・山小屋


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