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「旦那を介護している」と思えない母 -『時をかける父と、母と』 vol.8

『時をかける父と、母と』ー 若年性認知症の父親と、がんになった母が逝くまでのエッセイを連載しています。

vol.8 『旦那を介護している』と思えない母

母から頻繁にくる愚痴だらけのLINEから、母にかかるストレスが尋常でないことは伝わってきていた。

認知症と診断を受けたものの、2ヶ月に1度通院して薬をもらうだけの状況が、父への十分な治療だとは思えなかった。母が大変なこともわかっていたし、福祉的サポートが必要な時期だと感じてはいた。母ももちろん承知であったはずだけれど、母の想いは娘が思うよりも複雑だった。

なによりも『旦那を介護する』というスタンスに、まだ慣れていない、受け入れられない。それが根底にありながら、目の前にある日々をなんとかこなしている状況だ。

そのうえ、父は自分が病気でもない、ひとりでなんでもできると思っているし、無理強いはできない。父は自分と同世代の人や年上の人があまり好きではない。『リタイアしたひとたちで集まってお茶を飲む』『カラオケをする』『ボランティアをする』。そういうことに対して偏見が強く、到底そんなことをしたくはないといった態度だった。気持ちはもちろんわからなくないからこそ困る。

決して簡単ではない悩みを抱えながら、ただただ日々は過ぎて行き、父の病状は進行していった。

地獄の入浴戦争

もともとは身だしなみにも気を使っていた父だったが、このころになると、入浴を面倒がるようになった。

何度も声をかけては、「いま入ろうと思ってたのに〜」という中学生的会話を繰り返し、しぶしぶお風呂に向かったかと思えば途中で目的を忘れて入っていない。そんなことが1日に何度も繰り返されると、気が狂いそうになる瞬間がある。着替えを用意しておいても、お風呂あがりにそれまできていたものをまた着てしまったり、夜中なのにすっかりお出かけモードの洋服を着たりする。そういうガチャガチャな状況になっていた。

またある時、外出先のレストランで、ワインを飲んで食事を楽しんでいるうちに父の様子がおかしくなりはじめた。席を立ってトイレに行こうとする父が、どうしても席を立てない。進むべき方向に行けない。ほかのひとのことばが耳に入らない。体の中のすべての信号がちぐはぐになっている、そんな様子だった。

酔っ払ったからなのか、と思ったが、電車に乗せられる状況では到底なく、なんとかタクシーに乗せ帰宅すると、発熱していたことがわかった。これ以降、父は発熱すると、通常とはまったくちがう混乱を生じるようになった。それはまるで、機械が『シャットダウン』するか、『バッテリー切れ』してしまったという感じで、さまざまな機能が停止し、混乱するのだった。

『時をかける父と、母と』バックナンバー
Vol.1 はじめに
Vol.2 私が笑えるために書いた
Vol.3 かつての父はアメリカ人
Vol.4 60歳でアメリカ一人暮らし
Vol.5 認知症ではありません?
Vol.6 やっぱり認知症でした
Vol.7 ここはどこ、私はだれ?

あまのさくや
はんこと言葉で物語をつづる絵はんこ作家。はんこ・版画の制作のほか、エッセイ・インタビューの執筆など、「深掘りする&彫る」ことが好き。チェコ親善アンバサダー2019としても活動中。http://amanosakuya.com/
2019/06/17-23 『小書店- はんこと物語のある書店-』@恵比寿・山小屋


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