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忘れゆく父のためにできること -『時をかける父と、母と』Vol.20

『時をかける父と、母と』ー 若年性認知症の父親と、がんになった母が逝くまでのエッセイを連載しています。

Vol.20 忘れゆく父のためにできること

奇しくも私は、33歳で、母の死と父親の介護に直面することとなった。長男である兄は37歳、次男の弟は24歳。平均より10年から20年は前倒しで物事を経験している感覚だ。
同年代の友人と介護認定や入所施設の話をすることもなかなかないので、友人のご両親のほうが話が合うかもしれない。

2019年の現在、父の入所施設を探している。
母が他界する1ヶ月前に、父の介護認定は「要介護2」の判定がおりた。現状のままならば私や兄弟でもなんとかケアできているが、この先はいよいよ手に負えないことが待ち受けていることが予想できる。
有料老人ホームの入所者の平均年齢は80代くらいが多い。まだ60代の父を入所させることは仕方がないと思いながら、罪悪感がないといえば嘘になる。

私や兄弟がいま50代だったら……? もう少し違う心持ちだったのかもしれない。けれど20代や30代の私たちは、父の介護中心の生活を選びたくはなかった。とはいえ母が病気にならなかったら、きっと母はもっと自力でやろうとしていたはずで、福祉サービスの利用も、施設への入所という選択肢もなかなか選べなかっただろう。それは我が家の場合、経済的な事情など以上に『心情』にあった。そういう家族はきっと多いことだろう。

母は亡くなる前に、自分の病気以上に、家族の心配ばかりしていた。
特に同居している娘の私に負担がかかることを一番気にかけていたように思う。
だからこそ私も、『父のせいで、●●を諦めた』という言い訳をしたくない。そしてできるだけ自分を犠牲にしない生き方を選びたいと思った。

いま、父はまだ私のことを娘だと認識している。
意思疎通ができて、憎まれ口も叩き合うことができる。ご飯を出せば自分で食べられる。トイレにも自分で行くことができる。しかし父が今後、そういう一つ一つができなくなることは明らかだ。

父ほどではないが、私は忘れっぽい。ただただ悲しみに明け暮れた日々のことも、介護に追われたこの日々のことも、忘れてしまえばすべてが過去になってしまう。目まぐるしく過ぎていく日々のことは、書き留めなければいけないと思った。

入所施設をしっかり比較検討して選ぶこと、この記録を残しておくこと。これら一つ一つの行動はすべて、『未来の自分が後ろめたい気持ちにならないため』にしていることだ。

現在の父はとても穏やかで、身体能力の衰えと元々のめんどくさがりな性格もあり、自分でまったく外出しようとしないので徘徊がない。そういう意味ではあまり手のかからないひとだ。むしろ数年前の、認知症の診断がおりる前までのグレーゾーンの期間が、一番母が苦労していた時期だった。その時代を経て、いま父は穏やかに、子供や周囲の人の力を借りてケアをされることに慣れてきている。父を残して逝くことは、母にとって本当に気がかりだったことだろう。それでもぎりぎりまで父の世話をして、心から気にかけていた母の功績は、本当に大きいものなのだ。そんなことも忘れずにいたい。

また、自身や母の介護費用を残してくれていた父にも、改めて感謝しながら、父について今できることはできるだけしておきたい。

介護はこの先もまだ続き、そこまで遠くない将来に必ず『死』がある。自分にもやりたいことがまだまだたくさんある。だからこそ『親のためよりも、自分のため』に目の前の行動を選ぶことを否定したくない。むしろ重要なことだといまは思っている。

『時をかける父と、母と』バックナンバー
Vol.1 はじめに
Vol.2 私が笑えるために書いた
Vol.3 かつての父はアメリカ人
Vol.4 60歳でアメリカ一人暮らし
Vol.5 認知症ではありません?
Vol.6 やっぱり認知症でした
Vol.7 ここはどこ、私はだれ?
Vol.8 「旦那を介護している」と思えない母
Vol.9 母の入院とがんの発覚
Vol.10 思いを形にできなくなった父
Vol.11 介護認定ってなんだ
Vol.12 デイサービスを利用し始めた
Vol.13 父の「進化」がめまぐるしい
Vol.14 母の病状が進行している
Vol.15 母のアドレナリン
Vol.16 母を亡くす準備はいつだってできていない
Vol.17 母が逝った日
Vol.18 はじめてのお葬式準備
Vol.19 母はどこにいるのか問題

あまのさくや
はんこと言葉で物語をつづる絵はんこ作家。はんこ・版画の制作のほか、エッセイ・インタビューの執筆など、「深掘りする&彫る」ことが好き。チェコ親善アンバサダー2019としても活動中。http://amanosakuya.com/
2019/06/17-23 『小書店- はんこと物語のある書店-』@恵比寿・山小屋

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