母の入院とがんの発覚 -『時をかける父と、母と』 Vol.9
『時をかける父と、母と』ー 若年性認知症の父親と、がんになった母が逝くまでのエッセイを連載しています。
Vol.9 母の入院とがんの発覚
ある日、母からLINEがきた。どうやら具合が悪いという。
日常的に連絡はよくとっていたが、母から体調不良を訴えられることはあまりなかった。
文面からなんとなく嫌な予感があり、ちょうど出先から帰る途中だったので実家に寄って帰ることにした。
ふだんはこまめに返信が来るのに反応が遅い。LINEの既読もつかない。心配になり家につくと、顔色も悪く苦しそうな母。たんなる風邪、というようなものではなかった。
救急車を呼ぼうかと話すが、痛みと苦しさのピークは越えたと言うので、翌日まで様子を見ることにする。私は泊まり、少し様子を見た。翌日は比較的顔色も良く、ひとりで自転車に乗って隣駅の病院まで向かった母。
そして母から来た連絡は、「即入院になりました」というものだった。
診断は、胆管結石。入院してからは大きな痛みはないようだったが、体調が悪い状態で家にいるとひどくストレスがかかる、という事情もあり2週間ほど入院することに。この間、病院にいる母の様子を見に行くことはあったものの、基本的に安全な場所にいる母よりも、誰もいない家にひとりでいる父のケアをすることに頭がいっぱいだった。三兄弟で連携して父のごはんを毎食手配し、夜はなるべく誰かがいるようにするというシフトを組み、聖美さんや両親の長い付き合いである友人にも頼み、我が家の緊急サポート体制がしかれたのであった。
入院中大きな症状のなかった母は、久々に父から完全に切り離されて少し気が楽だったようだった。とはいえ身体が鈍ってしまうからと病院内で階段の上り下りなどをしていた。そういうところ、本当に母はすごい。
とはいえ、『母が入院した』という事実は父に少なからずショックを与えた。母の入院中は、入れ替わり立ち替わり人物が現れ、自分をサポートしに来たという。そして母が家にいない。「なんでいないの?」「入院してるでしょ」「どこに入院してるんだっけ」父とはこのやりとりを繰り返す。
お見舞いに行くと父は言うが、到底ひとりではたどり着けない。迷子になられても困るし……という事情を抱えながらなだめすかす。可哀想だが、父を病院まで送り迎えする余裕は誰にもなかった。
ある日の夜中、突然父が話しかけて来た。「お母さんはどうしてるんだっけ?」「入院してるよ」といつも通りのやりとりをすると、なんだか少し様子がおかしい。聴くと、どうやら、自分の妻と、自分の母(祖母)を混同しているようだった。祖母は5年前に他界しているのだ。
あのころはみんなに余裕がなくバタバタしていて、父は完全に置いてきぼりで、混乱していた。
母のがんが発覚
2週間ほどして母は退院。その後も父は混乱がなんとなく続き、そして自主的な外出をほとんどまったくしなくなった。
いま自分がどこに住んでいるのか、過去に自分が仕事をしていたかどうか、そういったことがわからなくなりはじめていた。問答をしているうちに少しずつ思い出してくるのだが、3人いる自分の子供の名前がすらすらと出てこないのには、少なからずショックを受けた。
実はこのころ私は、『婚約破棄』という自分の事情で、実家への引越しを決めていたのだった。
そもそも厳しい心境で引っ越しの片付けをするなかで、退院後の経過検診でCT検査を受けに行った母から思いがけない連絡を受け取り、息を飲んだ。
「重大な病気の可能性があるからすぐに他の病院で再検査をしたほうがいいって。がんかもしれない」
要するに、入院中も、退院後もしばらく見落とされていた、重大な事実があったのだ。
すぐに親戚に相談をし、紹介をしてもらった病院で母は検査を受けた。
診断はがんだった。ステージはⅣ。
原発は、十二指腸乳頭というきわめて発見しにくい場所にあったという。
そして病巣は大腸などにも飛んでおり転移が見られるため、手術は難しく、抗がん剤で治療して行くしかないという。
父の病気については、しばらく前から私たちの足元まで、波がじわじわと押し寄せて来ていた。そんな感覚だったが、母の病気は、言うなれば津波だった。
ずぶ濡れになったのは私だけではなく、家族、そしてなによりも母自身にショックを与えた。
「今年は年が越せないのかしら」と弱気につぶやく母の言葉を、誰も強く否定することができない。みんなそういう心境だったのだ。
改めての検査入院。また体制としては緊急体制がしかれたが、幸か不幸か、私が同居しはじめたことで以前よりは落ち着いていた。
『時をかける父と、母と』バックナンバー
Vol.1 はじめに
Vol.2 私が笑えるために書いた
Vol.3 かつての父はアメリカ人
Vol.4 60歳でアメリカ一人暮らし
Vol.5 認知症ではありません?
Vol.6 やっぱり認知症でした
Vol.7 ここはどこ、私はだれ?
Vol.8 「旦那を介護している」と思えない母
あまのさくや
はんこと言葉で物語をつづる絵はんこ作家。はんこ・版画の制作のほか、エッセイ・インタビューの執筆など、「深掘りする&彫る」ことが好き。チェコ親善アンバサダー2019としても活動中。http://amanosakuya.com/
2019/06/17-23 『小書店- はんこと物語のある書店-』@恵比寿・山小屋
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