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父の『進化』がめまぐるしい -『時をかける父と、母と』 Vol.13

『時をかける父と、母と』ー 若年性認知症の父親と、がんになった母が逝くまでのエッセイを連載しています。

Vol.13 父の『進化』がめまぐるしい

自分の書いてきた記録をたまに遡ると、父の『進化』があまりにめまぐるしいことに気がつく。

1年前、2年前、3年前、ひいては5年前、10年前は、いまと色々なことが違いすぎて驚く。いまテレビの前で動かない父の姿ばかり見ていると、過去の父のことを忘れてしまいそうになる。

病気になりたくてなったわけじゃないこと。父も、家族みんなも、こんなにも長く父の病気と付き合っていること。当たり前のことを忘れかけていて、はっとする。

本人にそのつもりはないのだろうけれど、この頃から父の話の『捏造』が始まった。

「さっきやったよ」(やってない)とか、「もうお風呂は入ったよ」(2日入ってない)とか、「今日は出かけたよ」(ずっとソファにいる)など。それは急にはじまった言動だった。

ある朝、朝食のタイミングが同じだったので、父に目玉焼きを作った。朝食を食べたあとになぜか雑巾絞りの話になった。
「雑巾絞りはよくやらされたよなあ」というので、「だれに?」と聞くと、「さっきも娘にやらされたし」というから、すごい。どう考えてもしていない。そもそも雑巾を絞る父を一度も見たことがないし、最近の父はペットボトルもあけられないくらい握力がない。

基本的に毎日テレビを見て過ごしている父が話す内容は、テレビのことしかない。テレビと現実が混同したのもこの頃で、父の言動はちょっとずつスケールが大きくなってきた。

棋士・藤井聡太さんの密着ドキュメンタリー番組で、連勝ストップ後スランプに陥り、自分の将棋を見失いかけて苦悩する藤井さんを見た父が「いやーこれは大変だよ……俺この気持ちわかるな」といった。
「え、わかるの?」と私が突っ込むと、「いやあ、俺一時期真剣に将棋やってたからね」と、父。
ちなみに父が将棋を本格的にやっていたことは、ない。

父は、様々な概念も超越した、超進化系の人間なのかもしれないな……。

伯父のお葬式

伯父が亡くなった。父の兄にあたる人だ。
51歳で脳梗塞で倒れ、以来障害を抱えつつ長年闘病していた末に息を引き取った。71歳だった。
亡くなる前日、一家で病院にお見舞いに行った。父はなにを言っていいかわからない様子ながら、ときに呼吸が止まる伯父を心配していた。

朝起きてきた父に訃報を伝えると、前日に会いに行ったことは忘れていたが、ぽつりと、「さみしいなぁ」といった。

その翌日、着替えてリビングにきた父は、喪服を着ていた。お葬式の日かと思ったらしい。伯父が亡くなったことを、ちゃんと覚えていたんだ。

その数日後のお葬式中、伯父の古いご友人からのスピーチがあった。伯父が病気に倒れてから20年近く経つので、元気な伯父の記憶はもう20年以上前の話。その頃の話も含めて話してくれた。そうか、昔の伯父は確かにそういう人だった。そしてそんな一面もあったのかと知ることも多かった。お友達の目から見る伯父の話はとても新鮮なのに懐かしく、涙が止まらなくなってしまった。

棺には生前好きだった競馬新聞と馬券が入れられ、最後に大好きなビールを葉っぱで口に流し込んでいたが、途中からはもうほぼビールかけみたいになってお棺がビールくさくなっていた。友人に「酒クセェなぁ」と笑われながら伯父は出棺された。

骨を拾った経験はそう多くないけれど、いつも、「熱いなぁ」と思ったり、落とさないように気をつけなきゃと焦ったりしつつ。骨が骨壷に収められるとき、人はみんな少なからず似たようなことを考えているのかな。

父は夜にはお葬式のことは忘れていた。

『時をかける父と、母と』バックナンバー
Vol.1 はじめに
Vol.2 私が笑えるために書いた
Vol.3 かつての父はアメリカ人
Vol.4 60歳でアメリカ一人暮らし
Vol.5 認知症ではありません?
Vol.6 やっぱり認知症でした
Vol.7 ここはどこ、私はだれ?
Vol.8 「旦那を介護している」と思えない母
Vol.9 母の入院とがんの発覚
Vol.10 思いを形にできなくなった父
Vol.11 介護認定ってなんだ
Vol.12 デイサービスを利用し始めた

あまのさくや
はんこと言葉で物語をつづる絵はんこ作家。はんこ・版画の制作のほか、エッセイ・インタビューの執筆など、「深掘りする&彫る」ことが好き。チェコ親善アンバサダー2019としても活動中。http://amanosakuya.com/
2019/06/17-23 『小書店- はんこと物語のある書店-』@恵比寿・山小屋

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