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受け入れてもらいたい~アラサーのモラトリアム

最近気分が余り良くない。

どうも昔から天気の悪い日に一人でいると、調子が悪いような気がする。

こういう天気も気分も悪い日は自分の内面の事や悩み事をうじうじと考えてしまう。

僕は今住んでいる町が、生まれ育った町が好きではない。
いや、厳密に言うと「居心地が悪い」のだ。

フリーの物書きなど風来坊な生活をしていると、どうしてもこの町の田舎な雰囲気は僕を「受け入れて」くれてないように感じてしまう。

もっと都会に行けばたくさんの人がいて俺を受け入れてもらえる人がいると、全て町のせいにして逃げ出したくなるときが定期的に来る。

でも、今日は少し違った。

少し話は逸れますが、僕の人生はきっと一般的に見て
受け入れられにくい物語を歩み続けてきました。

小中学は生活リズムが作れずに遅刻を繰り返し、高校は中退してしまい、社会人になってからもろくな定職につかず今も生きている。

受け入れられにくい人生の中、僕は最大限世の中に受け入れてもらえないと思いながら生活してきた。

一定の人以外は自分のことを受け入れてはくれない、だから自分も必要以上に自分の事を表現することを嫌ったのだ。

20歳になる頃にはこの思考が完成してしまい、他人に受け入れてもらうことを諦めたのだ。

話は戻るがそれから5年余り経って、僕は受け入れてもらえないこの町に嫌気がさしている。

どうやら僕は受け入れてもらうことを完全に諦めきれていないようだ。

まだまだ、心のどこかで受け入れてもらいたいという欲が消えていないみたいだ。学問的には「承認欲求」なんて格好の良い言葉を使うのだろうけど、今日はそんな言葉を使いたくないな。

こんな屑みたいな人生だけど、認めてほしいなんて大きな声では言えない人間だけど、ぶしつけと分かりながら誰かに受け入れてほしいな。

きっと、「それ」ができたときにこの町のことも好きになれるのかな。
そう思えたときがこの町とお別れ出来るときにしよう。

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