明後日

物語や随筆を書きます。

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  • 日々の記録

    感じたことや、残しておきたいことについて書いたもの。気どらない文章を書く練習。

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    好きな曲の和訳をしています。

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    自作の短編小説をのせます。

最近の記事

「正しさ」とは何か

昨今のインターネットやメディアを中心に、ある種の「正しさ」に立脚する物言いが目立ってきているように思う。そうした立場に立つ人は、まるで「正しさ」と言う完全無欠の水準があって、それを盾にできる限りは何を言ってもいい、と想定しているかのように見える。しかし、その想定の妥当性は極めて疑わしい。 いくつか事例を挙げてみよう。ある種の「正しさ」を盾にした苛烈な誹謗中傷はその際たる例である。何か間違いを犯してしまった人に対してのみならず、何らかの形で既存の文化的規範に収まらない人(例え

    • 最近のこと

      今は修士課程の院生としてイギリスにいる。ここ最近は天気が良い。町で見かける人々の大半は既に夏の装いで、肌寒い朝方でもそうした格好で歩いているのを見ると、環境に合わせて服を変えるというより、装いを変えることで自分にとっての環境も変える、といったようなライフスタイルがこちらの人々にはあるのかもしれない、と思う。去年の九月の下旬に渡航したので、間もなく九ヶ月が経とうとしている。あっという間だった、というのは、思い返してみると自分でも感じることだが、そうした回想の仕方が結果的に隠すも

      • 醒めない眠り

        何年も前、ハワイ島に行ったときに装丁が綺麗だというだけで買った本があって、最近それを読んでいる。開くまではいつ何処で買ったのか忘れていたのだが、読んでいるうちに記憶が蘇ってきて、ショッピングモールの角にあった本屋でそれを買ったことや、その帰り、窓のないシャトルバスの中から薄紫色の空を眺めたことなど、断片的な情景が泡のようにぽつぽつと思い出された。そのうちのひとつが、マラサダを買いに行ったことだった。 マラサダは砂糖をまぶした揚げパンで、ハワイでは(おそらく)ポピュラーな

        • 【短編】グリーン・ドルフィンの丘で

          父親の運転する車から初めてその家を見上げたときも、テンは不穏な感覚にとらわれたのだった。水で溶かしたような雲が覆う青空のもと、丘の緑が春風にそよぐ中で、その白壁の一軒家は景色から逸脱して見えた。見失わないようにと窓に額を貼りつけたまま、テンは前に座る両親に向かって、右手を見るように促した。あそこ、おばけ屋敷があるよ。両親はテンが指差すほうへと視線を向けたが、丘の上に建つ白い家だと言われるまで、彼らにはどの家が「おばけ屋敷」なのかが分からなかった。あの家のことを言ってるの、とく

        「正しさ」とは何か

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          7本

        記事

          穴の空いたバケツで、どれだけの水を泉から汲むことができるか?

          ぼくは、この世界が科学によって記述されるもの、或いは、ぼくらが言葉にできるものだけで構成されているとする言説を信じない。以下に記すのは、そのような視点を採用した上で、ぼくらにとって馴染み深い「言葉」という装置を見つめ直したとき、およびそこで浮かび上がったものを通して立ち現れる「人」を見つめたとき、ぼくが考えたことである。ひとりでごはん食べてるときとかに読んでもらえると嬉しい。 科学的に記されたものしか信じない人々に向かって、それでもぼくらは非科学的なものや知覚できないものに

          穴の空いたバケツで、どれだけの水を泉から汲むことができるか?

          【和訳】Tortoise - TNT

          *Instrumental 冗談です。ただ非常に良い曲なので、どうしても載せておきたかった。水のように軽やかでありながら精巧なドラミングと、諦念が沁み込んだような繊細な温度感を持つギターが、気持ちの良い感覚へ連れていってくれます。先日この曲を聴きながら帰り道を歩いていたとき、あまりにも気持ち良すぎてにやけるのを止められなくなっていたら警察官に捕まり職務質問を受けました。何か良いことあったのと訊かれ、こいつよくもそんなことを……と思いながら、いや音楽を聴いていただけですと小声

          【和訳】Tortoise - TNT

          【和訳】Daughter - Youth

          Shadows settle on the place that you left Our minds are troubled by the emptiness Destroy the middle, it's a waste of time From the perfect start to the finish line あなたが去った跡に影が揺れている 私たちの心は空虚さに囚われたまま 途中はいらない、きっと時間の無駄だから 完璧な始まりから終わりの線を越えるまで

          【和訳】Daughter - Youth

          【短編】ヨハンとアデルの朝

          早朝の広場で青果店の店主が腰を抜かしたとき、ヨハンとアデルはまだ目を覚ましていなかった。 青果店の店主は自分の店に向かっている途中だった。広場を横切って、アパートがひんやりと湿った影を落とす細い道を抜け、大通りを渡ったところに彼の店はあった。軒先に染みだらけの赤い幌が張ってある、街でいちばん古い青果店だった。その老人は、広場の中心を示す大きな楓の木に向かい合う形で、長椅子に浅く腰掛け、黒いステッキを傍らに、曲がった身体をぐったりと背もたれに寄りかからせていた。不審に思った店

          【短編】ヨハンとアデルの朝

          【短編】くたばればいいのに

          はい、これ。ミシェルが差し出したおにぎりを、ぼくは片手で受けとる。アルミホイルを通して手のひらに広がる温かさよりも、ほんの一瞬ふれたミシェルの指先の温度のほうが強く感覚に迫ってくるのは、不安と不信のどちらに拠るものなのだろう。とかなんとか思ったりもしたが、彼のことを見つめながらでもなければ悪い帰結しか導き出されないような気がして、ぼくは手元に目線を落としたまま、アルミホイルをわざとらしい手つきで剥がした。モノレールの線路の向こう側から、昼下がりの陽光が、ぼくらが座る公園の植え

          【短編】くたばればいいのに

          【短編】となりの神さま

          それで、徳を積むにはどうしたらいいんですかってとなりの神さまに訊きに行ったら、玄関の靴をきちんと揃えたりすればいいんじゃないって言われた。 私は一瞬言葉に詰まった。京介もそれを見逃しはしなかったはずで、私が動揺したのをきっと認識しているに違いなかったが、それについてあからさまな反応を示すことはなかった。敢えて気づいていないふりをしているようにも見えた。 へえ、と私は言った。うちのとなりには神さまが住んでいるんだ。無駄だと分かっていながら、束の間流れてしまった沈黙を取り返そ

          【短編】となりの神さま

          生きることについて。

          ここ二、三年の間にぼくは、国境や言語、世代、ジェンダーを越境することによって、また越境している人やそれらの枠を超えないで生きている人を目にすることによって、人にはそれぞれの生き方があるのだということを自分の肌で感じてきた。それを「生き方が多様化してきている」のだとする見方もあるのだろうが、ぼくとしては、もともと多様であったものがインターネットや社会運動を通して、その本来の在り方を取り戻しつつあるのではないか、と思う。ツイッターを追っていると、人々を国家間の取引や争いのための道

          生きることについて。

          京介と春乃 #2

          腕の中で束になっていた何枚もの白い紙は、強風にのせられるとあっという間にふわっとほどけ、がらんとしたバスロータリーを騒やかに横切っていく。それを追う黒いダウンジャケットを着た男。すっかり当惑した表情を浮かべながら、すばやく腰を引いたり伸ばしたりしている。その所作に戯けたようすなど欠片も見当たらなかったが、走りながら拾おうと必死になるあまり、傍目から見ると訳のわからないことになっていた。きっと彼も訳がわからなかっただろう。そういった、いまその瞬間の混沌以外何も感じられなくなった

          京介と春乃 #2

          【短編】夏と蜂蜜

          カナダ、アルバータ州の郊外。 真新しく舗装された歩道の縁をよろけながら歩いていると、彼女が家の前の芝生に寝転んでいるのが目に入った。傍らには、息も詰まるような濃緑をたっぷりと蓄えた木が立っていて、彼女のからだはその震える影にすっぽりと覆われている。細い髪の束がいくつか、どこからともなくやってくる夏の風に吹かれて、そのなめらかな肌の上を泳いでいた。彼女は眠っているんだ、とぼくは頭の中で呟いたが、すぐにその可能性を否定した。物事はいつも思い通りにはいかない。自分がそう望めば望む

          【短編】夏と蜂蜜

          【和訳】Sobs - Telltale Signs

          I've been up past noon My clouds make faces out of you But I'm waiting for the sun 気づけば昼を過ぎた 空にはあなたの顔が浮かんでいる でもわたしは陽が射すのを待っているの Thoughts of being in your arms As I hugged your material ones Your scent began to fade あなたの腕に抱かれながら わたしはあなたの背

          【和訳】Sobs - Telltale Signs

          【和訳】Smashing Pumpkins - Today

          Today is the greatest Day I've ever known Can't live for tomorrow Tomorrow's much too long I'll burn my eyes out Before I get out 今日は最高の一日 今までに味わったことのないほど 明日のことなんて考えられない あまりにも遠すぎるから ここから出て行く前に 目を焼き潰しておかなくちゃ I wanted more Than life could

          【和訳】Smashing Pumpkins - Today

          もうがんばれない、と思ったとしても。

          ツイッターをするするめくっていたら、ジュリアン・ベイカーが2月9日に東京でライブをすると告知しているのが目に飛び込んできた。 一昨年の10月にフィラデルフィアで行われた彼女のライブを見に行ったときは、そのときの箱が治安のあまり良くない地域とまだマシな地域のちょうど境界に位置していたこと、現地の友だちを頼りきって飛んだためWifiを持っておらず、インターネットがまったくつながらなかったこと、昼間に下見をしに行ったときそこら中にマリファナを吸っている人々がたむろしていたことなど

          もうがんばれない、と思ったとしても。