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「FOREST」のこと(長文)


「FOREST」は本文にセリフがないので、あとがきのような文字の説明は
ない方がいいのではないかと思っていたのだけれど
備忘録として少し残しておきたくなったので、
漫画を描いた推移のようなものを書いてみることにした。

「FOREST」は、発端から完成までにすごく時間がかかった。
鉛筆で描くのも時間がかかったが、表現したいものを
どういうかたちで描いたらいいのかを決めるまでにすごく時間がかかった。

発端はこうだ。
気持ちが弱っているときに、木の根元に座ると落ち着くことがあって、
そのときに、その木の根がどんなふうに広がっているのか想像してみた。
枯れた鉢植えなどを植木鉢から取り出してみると、
植物の根はだいたいはその枝葉の広がりと分量と同じように
地下に広がっていることが多い。
そんなふうに想像してみると、樹の根元に座っているだけで、枝葉と根っこでできた、
ゆりかごみたいなものに包まれているような良い感じになった。
根元に座るのは本当は樹にはよくないそうだが、気持ちは落ち着いた。
これが発端で植物を見るときに地下の根を想像するようになった。
樹というものが好きになった。

その次は近所に仕事場を借りたときに、通い路に神社を通るようになったときだ。
そんなに大きな神社ではなかったけれど、大事にされているように見えて
大きな木もたくさんあって、根がのびのびとはっていた。
根を見ているうちにそれが水の流れのように見えた。
水のねばりのようなものが感じられる。海の波などを見ていてもねばりを感じる。
引っ張られてもプツンと切れたりしないで飴のようにのびる感じ。
考えてみると、根がのびるときには、水状の栄養が光合成をしている葉から
送られてきてのびていくのだろうから
それは理にかなったことに思える。
多分今タイムラプスとかで高速で見ると水が流れているように見えるんじゃないかと思う。
地図で川の流れを上から見るみたいに。
そうすると枝葉は噴水のようにも見える。

このときもこれをどう伝えたらいいのかがわからなくて
写真をとってスケッチしただけでそのままにしていた。

「FOREST」で、樹の根以外にもう一つの鍵になっているのが白アリと菌だ。
これはナショナルジオグラフィックのサイトにあった
「樹のミュージアム 樹木たちの楽園をめぐる」 という本から見つけた。
この本はとても写真がきれいで美しい本なのだが、
「世界最大の生物は菌類である」という話が載っている。
USAのオレゴン州の森の890ヘクタールにもなる菌だ。

ちょうど家でのキノコの栽培なども面白くなってきていたので、調べているうちに
「白蟻がキノコを栽培する」という話に行きあたった。
簡単にいうと、白蟻が自分で分解できない繊維を
栽培したキノコで分解して食べる、という話だった。
蟻も面白いのだが、白蟻はゴキブリに近いせいなのか、
社会的なのだけど何かアングラ感があると思う。

森、樹、菌、白蟻で 蟻遣いの出てくるアクション漫画にならないだろうか?
と考え始めたのがこの頃である。
少しスケッチして面白くはなりそうだったが、
絵のタッチやノリも含めていい形が見つからなかった。
拙作の「星街フォークロア」みたいな軽いものを描きたかったが何か違う感じがした。
名作の「マタンゴ」みたいなホラーもいいかと思ったが、自分が臆病すぎてホラーは合わない。

いくつかのセリフとエピソードは出てきても、漫画にまとめるのには気力がいる。
どちらかというと気力がなかった。

その頃に、昔アシスタントをしていた先生のお祝いで
某イベントの主催者に「漫画描いてる?」と聞かれた。
「いやネームまではいくんですけど、そこから先に行けなくて」とこたえた。

そのころは外でパートで働き始めていて、どちらかというと
もう絵を描かなくていいんだ、
というほっとした感じも正直あった。
でもそうか、趣味で描いてもいいんだなとも思った。

そのうちにコロナがやってきて、うちから出られなくなった。
ウィルスというものはほんとうにすごくて人間を軽く超えてきた。
形を変えながら大きく広がる恐ろしい感じ。

当時マスクなどの相互監視も広がってきていた。
それがモノアイと根の地下でのつながりとで
樹という形をとると描けそうだった。
樹は根と周辺の菌類を通して、周辺の樹と栄養や水をやりとりすることがあるらしい。

もう一つ、職場でも人と話をする機会が減った。
人の声を聞くことが少なくなった。

その辺でどういう形にするかが見えてきた。
趣味なのだから好きな大きさで画材でいいのだ。
一番好きな画材は紙に鉛筆だ。
人間の論理で動いている世界ではないので、
セリフはなしでいいのではないか。
言葉がなくても自然は生きている。
バレエのようにセリフがなくても物語はできる。

よしこれだ、と描き始めると意外とのった。
1日1コマだけ描くというのが、働きながらだとちょうどよかった。
しめきりはないのだから、時間がかかる方法でもいいのである。

描いているうちに、樹の根なのか菌糸なのかわからないような絵になってきた。
境目のない感じはそのまま残した。
資料の本を読んでいるうちに、植物と動物の境目がよくわからなくなってきていたので
そういう感じに描ければよいと思った。

だいぶ描きあがったあたりで体調をくずしたこともあって退職した。
漫画はそのまま描き続けて意外と早く全部で一年半くらいで仕上がった。
体調はあまりよくはなかったが、描き始めると絵の奴隷のようになるところもあって描き続けた。
途中で菌糸の表現で似た絵を見つけたが、もう止められる感じではなかった。
趣味なんだし未発表でも最後まで描きたいと思って描き続けた。
しかし、出来上がった漫画を読み返すとあまりに暗かった。
コロナのうちは世の中に出すのはやめようとお蔵にした。

コロナが少しおさまったころに、漫研の友人にだけ見てもらった。
ここでその人と漫研で合作した漫画のシーンと似たシーンがあることに、指摘されて初めて気が付いて
自己嫌悪になり、またお蔵にした。
その人に相談して、出してもいいよと許可をもらったのでAmazonでひっそり出すことにした。(感謝)

植物と動物の境目についてはまだ調べている。
ここらへんでまだ何か描けそうな気がしている。

最後まで読んで下さってどうもありがとうございました。

追記:「FOREST」紙版は架空ストア様からもお求めになれます。
こちらもどうぞよろしくお願いします。

追記2:描き始めにはいつもBjörkのVoltaを聞いてました。始めに聞く音楽をオープニングのテーマ曲みたいに決めておくと、その世界にわりあい入りやすいので。

参考資料

「シロアリー女王様、その手がありましたか!」(岩波科学ライブラリー)松浦健二(著) 岩波書店
「白蟻の生活」M.メーテルリンク(著)尾崎和郎(訳)工作舎
「樹のミュージアム 樹木たちの楽園をめぐる」 ルイス・ブラックウェル(著)千葉啓恵(訳)創元社

「ロボット学者 植物に学ぶ」 バルバラ・マッツォライ(著)久保耕司(訳)白揚社
「樹木たちの知られざる生活」ペーター・ヴォールレーベン(著)長谷川圭(訳)早川書房
「土と内臓」D.モントゴメリー+A.ビクレー(著)片岡夏美(訳)築地書館
「植物の運動力」チャールズ・ダーウィン(著)渡辺仁(訳)森北出版
「蟻」 ベルナール・ウエルベル (著)小中 陽太郎 (翻訳), 森山 隆 (翻訳)ジャンニコミュニケーションズ