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イスラエルエコシステム最大の特徴、国防軍

国防軍が生み出す高度なテクノロジー

イスラエルエコシステムの際立った特徴の一つが、イスラエル国防軍(Israel Defense Force(IDF))の存在である。イスラエルにおいては、現在、高校卒業後、男性は2年8か月、女性は2年間の兵役義務がある。イスラエルは、周辺を敵対するイスラム国家に囲まれており、長い間、紛争に悩まされてきた。敵対する中東アラブ諸国、サウジアラビア、レバノン、エジプト、シリア、ヨルダン、イラクの人口は18億人を超えており、人口約900万人のイスラエルとは、大きな差がある。イスラエルは、これまで、この人的リソースの差をテクノロジーと戦術でカバーしてきた。

優秀な上位約1%のみが配属されると言われる、サイバー諜報活動やサイバー攻撃・防衛を担っている精鋭部隊、8200部隊(米国における国家安全保障局(NSA)に相当)では世界最先端のサイバーセキュリティの技術が開発されてきた。配属では、プログラミングや数学、ハッキング技術、語学などの他にチームワーク、リーダーシップなどリーダーとしての資質も評価される。

そのため、イスラエルでは、小さい頃からIDFの優れた部隊に入隊するために受験の準備を始める家庭が少なくない。学校によっては、10歳前後からプログラミングを教えところもあり、才能のある子供には、高校生ぐらいから、コーディング、暗号技術、ハッキング対応策等の教育が行われる。また、中にはコンピューター技術を教える幼稚園もあると聞いている。さらに、成績が居住する地域の上位数%である生徒は、ギフテッド・優秀教育制度として特別な教育を受けることが認められる。筆者の友人の息子も、小学校3年生頃から週に1日、いつも通っている学校には行かずに、別の場所で当該ギフテッド教育を受けている。ギフテッド教育の内容も様々で、リーダーシップ、哲学、サイエンス、テクノロジー、ロボット学、芸術など豊富なクラスの中から選択することができる。

世界中の多くの企業が進出してきたこともあり、シリコンバレーだけでなくイスラエルにおいても、エンジニア不足、給料高騰が起きている。上述のようなギフテッド教育を受ける才能ある学生は、高校卒業時には優秀なエンジニアとして即戦力として扱われており、イスラエルでは優秀な高校生への採用活動も行われる。このような優秀な若者は、サイバー精鋭部隊の8200部隊に入隊する前から、優秀なイスラエルスタートアップ等で勤務し始め、兵役中も、国防軍での業務後の夜にスタートアップで働くというタフさがある。アマゾン等がエンジニアを惹きつけるために高額(3000万円以上)の報酬を提示したことが話題になったが、トップティアのイスラエルスタートアップもこれに負けない程度の金額を提示しており、日本のエンジニアの労働環境とは大きく異なっているかもしれない。

8200部隊に入隊した場合には、国防のための最先端の技術を身につけることができ、8200部隊出身者が、自らのスタートアップ等で同部隊で培った技術から派生した製品を開発するケースもある。これまでに多くのスタートアップが、IDFで開発された技術を基に新しい製品を生み出しており、その事実が、イスラエルのエコシステムにおいてIDFがいかに重要な役割を担っているかを物語っている。たとえば、消化器内部の画像を送信するカプセルサイズの内視鏡は、ミサイルの先端部の開発から得た光学技術を応用して生み出された。

8200部隊出身者で設立されたチェックポイントは、ナスダック上場企業で、世界トップクラスのインターネット・セキュリティ専門企業として知られている。同じく8200部隊のメンバーで設立されたTeam8は、サイバーセキュリティ分野のシンクタンクとして大きな存在感があり、マイクロソフト、ノキア、シスコ、ウォルマート、三井物産、ソフトバンクらから総額約300億円を調達しており、世界的なセキュリティ連合を結成し、ビッグデータの活用を推進している。IDFは、莫大な研究開発資金を最先端のシステムとテクノロジー部隊に注入し、このテクノロジーと人材両面への豊富な投資から生まれる効果を民間の経済に注入する役割を担っている。

徴兵制がもたらす企業家の育成

IDFは、莫大な研究開発資金による最先端のシステムとテクノロジーだけでなく、個々人の成熟という観点からもイスラエルスタートアップの発展において重要な役割を担っている。

敵対する国と比較して人材が不足していることもあり、IDFでは、入隊したばかりのメンバーも含め、個々人に広範囲の裁量が与えられ、戦術面のイノベーションは、個々のメンバーから日常的に生まれている。8200部隊のようなエリート部隊においては、限られた時間、リソースで生死に関わる難題を解決するよう指令が出され、メンバーは、独創的なアイデアと粘り強さにより解決策を見出すことを常に求められるといわれる。その場の状況に応じて臨機応変に判断する能力、無から新しいものを生み出す能力はこの経験によっても養われる仕組みになっている。

また、彼らは、18歳から21歳という若い時期に他の国では決して経験のできない重圧、責任感と向き合う。たとえば、中隊の部隊長は、100人以上の兵隊のリーダーとして隊を率いて、常に何手先も見越して判断、行動することが求められるとのことである。こうした中で、組織を率いるうえで必要なリーダーシップや協調性が磨かれていくのである。イスラエルでは、就職の際に、出身大学ではなく、出身部隊の方が重視されることもあるが、それはIDFでの選考、経験がどれほど尊重されているかを示している。

彼らは、このような環境で自国のために働きながら、自国について、自らのアイデンティティについて考え始める。そして、IDFでの任務を終えた後、彼らは1年間の休暇を与えられ、大半は、世界中を旅行する。世界で見聞を広める中で、自分の人生において何が大切か、自分が本当にやりたいことが何かをじっくり考える。その充電期間の結果、自分がやりたいことがスタートアップであれば自分の会社を作るし、それを実現するために大学に行く必要があればその目的意識を持って大学に進学する。そして、大学を卒業する頃には、他の国で大学を卒業するよりも、精神的にも、知的にもはるかに異なったレベルに到達している。IDFがイスラエルのエコシステムにもたらす価値は、単に最先端の技術が各分野のテクノロジーの源泉になっているということだけでなく、こうした個々人の成熟度、信念という企業家にとって必要な要素を醸成することとしても表れているのである。

さらに、IDFで育まれたネットワークにも注目すべきである。IDFで同じ釜の飯を食べた同志とは社会に出た後も密に繋がっている。同じ部隊にいたことが理由で一緒にビジネスを始めたという例は、数えきれないほど存在している。IDFを卒隊した後、約20年にわたって、毎年一定期間、予備役として訓練を継続する部隊も存在する。このような部隊では、兵役で生まれた固い繋がりはこの予備役という任務によって再確認されるのである。この業界を超えた強固なネットワークは、特殊なエコシステムを創造し、イスラエルをここまで発展させた大きな要因となっている。

最後に

今回は、イスラエルエコシステムの際立った特徴の一つである、イスラエル国防軍について紹介しました。次回は、イスラエルエコシステムを支える政府、大学の役割について紹介したいと思います。

以前、イスラエル関連で以下のnoteを書いていますので、ご興味がある方は以下もご覧ください。


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田中真人

Email: matanaka@tmi.gr.jp

(本ノートは、日経産業新聞の筆者の連載を一部改変しています。)

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