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家が燃えた。

その日、私は夜勤だったので朝に急ぐ必要もなかった。何だか早くに目覚めてしまい、二度寝をする前にと携帯画面に目を落とすと札幌の友人から「若葉ちゃん大丈夫?Instagramのストーリー見たけど葵の家じゃないよね?」と連絡が。訳もわからず妹のInstagramのストーリーを見ると「家燃えた」と私の実家が確かに燃え焦げた跡。火事じゃん。突然の事に頭が追いつかないのと、POPに投稿している妹の無事とそのメンタルの強さにとりあえず笑った。後に本人に聞けば「若いからさ。」と言っていた。

戸建ての実家は私の自慢だ。札幌の中心にあるとか、アクセスが良くて、とかそんな事じゃなくて。私の母がそれは執拗にこだわり美意識を爆発させた大切な家なのだ。玄関に敷き詰められたレンガと大きなドアは小学生の頃に「ハリーポッターの世界みたい。」と思っていた。クローゼットや部屋のドアノブだってどれも可愛い。インターネットがまだ普及していない時代にわざわざ輸入したそうだ。

そういえば、母と共にあちこちの家具屋を巡りカーテンやダイニングテーブルを物色していたな。幼い私には暇な時間で「行く代わりにお昼ご飯はラーメンじゃなくてマックが良い。」みたいなわがままをよく言っていたと思い出した。

父親の親友が不動産屋だったので、母親と一緒に土地探しをしたそうだ。納得できる土地を探すまで二年かかったのだと初めて知った。結婚当初から誰にも言わず貯金を続けていたらしく、土地の手付金をぽんと出した母親に父親も驚いたそうだ。

私は年に数回の帰省、それも弾丸が基本なので実家で過ごす時間も少ない。父親は地方に単身赴任中の為、妹が実家にひとり暮らしていた。帰省はするが、最終的に札幌に帰るという選択を持ち合わせていない私。最近は「実家はこのままどうなるんだろうか。」「おばあちゃんにもずっと会えていないな。」「家族三人で集まったのはいつが最後だっけ?」などともやつく事が多く、そんなタイミングだった。偶然じゃないかもね。

あの家はなくなるかもしれない。だとしたら、母親の想いも含めて昇華させる必要があるのだ。母親と家を想いメソメソしている場合じゃない。たくましい母親の娘は私なのだから。私に出来る事は写真に残すこと。言葉にすること。家の素敵な部分達は捨てずにどうにか活かす方法を考えよう。家の材木を使って何かを作るのも良い。それを使って私が大好きな友達や大人達がいる札幌、東京、長野で展示をするのも良いかも。展示をするなら大好きなビールを飲みながらPOPに語らえる場所にしたいなあ。アートブックも作ろうと。お母さん、どうだろうか。




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