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食べられなくても食べる方法を見出す母。

ICUへ移動して3日くらい
経過したある日のこと。

この日を転機に母に
楽しみが生まれた。

その日も確か
お昼過ぎくらいに面会に。

ぐったりとしていた
数日前と比べて
ここ数日で顔色も血色を
取り戻した母。

目にもエネルギーが宿っていた。
視線がしっかり合って、
会話ができる。

当たり前のことに
嬉しかったものだ。

ICUに移ったばかりの頃は
鎮静も使われていた。

あまりにも吐き気や腹痛がひどく
休んでいられず、夜だけ
投与されていた。

そんな経緯もあって
面会に行っても
少しぼんやりしていた。

この日は夜の鎮静剤も中止
されており、
意識もはっきりしていた。

ベッドの横に丸椅子を
置いてもらい
カーテンで一応の空間が仕切られ
母との時間を楽しんだ。

そんな時に
横のベッドの患者さんの方向から
柑橘系の香りが漂ってきた。

フルーツを持ち込んでいる
わけではもちろんない。
けれど中々に瑞々しい香り。

体を拭いた後に全身に塗っていた
ボディクリームの香りのようだ。

そして、母は発明してしまった。
「香りを嗅がせてほしい」と。

何を言い出すのかと思ったが
食べないから鼻元で
何か食べ物の香りを嗅ぎたいと
言い出した。

母の小腸は絨毛という
消化吸収を行う組織が
壊滅しており絶食中。

口から物を食べるなんて
言語両断であった。

それをわかってか、
香だけだから〜!
と言い張る。

勝手に持ち込んで
香りを嗅がせた
だなんてなったら
勝手な看護師娘になってしまう。

転院してほんの数日。
早々と迷惑家族になっては
ならぬので、自分で主治医に
お願いしてもらうことに。

母の要望は
フルーツの香りを嗅ぎたい。
であった。

ICUに生のフルーツを
持ち込むなんて…
ICUじゃなくても生物なんて
禁じられるわけです。

免疫が低下していて
感染しやすい状態の方が
多いですから。

しかも母の場合は絶食中。

そんな押し問答を
しているとカーテンが開く。

カーテンの中の思惑など
知らない先生は無邪気に飛び込んで
きてしまった。

母はすかさず、
「先生、絶対に食べないから
食べ物の香りを嗅いでいいですか」

若手の主治医の先生の顔が
みるみる焦り出す。

こんなこと言い出す人
普通いないだろうからな。

少し迷った後に
上の先生と相談してくれて
絶対に食べちゃだめですからね!
と念押しされつつも
快く許可が出た。

病院のコンビニに
売られていた梨をゲットし、
母が待つICUへ搬入。

ICUにフルーツを持ち込む
という所業の
片棒を担いでしまった。

今にも口の中に入れてしまいそうな
くらい鼻に近づけ
梨の香りを楽しむ母。

香りだけ楽しむ、
それでも全く表情が
違いました。

実際に口から物を食べられなくても、
おいしい香りを嗅ぐだけで
心が満たされることもある。

満たされるわけとは
違うのかもしれないけど、
気分転換にはなるみたい。

それからの毎日は
”今日の香り”を何にするかを
決めて面会へ行くことに。

毎日異なる香りを
準備するのは大変だったけど
あの頃の私はアドレナリンが
出まくりで、

母の入院生活で見出した
唯一の楽しみを奪うことは
できないと
必死に毎日準備していた。

隣に入院していた患者さんに感謝。
何もわからないままに入
院が長引き、

何もかもが
制限される中で、
楽しみのきっかけをくれた。


今回も最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

次回もICUでの日々を少し
書いていこうと思います。

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