秋の夜長にはもってこいの肴だった。


※この記事は進撃の巨人CP二次創作小説です(リヴァイ×ハンジ)

リヴァハンの様でリヴァハンじゃない、いやでもやっぱりリヴァハンかもしれない程度の薄甘糖度。
リヴァイさんとミケさんが休日前夜にお酒を飲んで喋ってるだけ。

タイトルはbyミケさん。



明日は兵団の公休日である。

その日の食堂は一層と賑やかで、まだ太陽も下がりきらぬ時分からテーブルには色鮮やかな酒瓶が並び、随所から野郎共の野太い歓声や喧騒が湧き、夕飯のスープには珍しく肉が入っていた。

古残も新兵も皆同じように陽気な表情を浮かべており、ある者は明日の素晴らしき予定をまくしたて、ある者は酒の飲み比べの末幸せそうな顔で潰れ、ある者はポーカーの勝敗を巡って対戦相手と腕相撲を始め――― ある者は友人達からのプレゼントを受け取っていた。

己が心臓を公に捧げ、日々過酷な訓練に勤しむ彼らも、休み前には羽目を外して騒ぐ普通の人間である。
死にたがり集団だの変人の巣窟だのと世間に謳われる彼らだって、飲んではしゃいでナンボの夜が必要なのだ。


夏の終わりの爽やかな風が兵舎の横を通り抜ける中、リヴァイは食堂の末席で一人、スープの肉に舌鼓を打ちつつ中央の喧噪を眺めていた。

彼の両目は不機嫌そうに細められ、眉間にはこの陽気な場に似つかわしくない深い皺が刻まれていたが、至って彼は上機嫌であった。

常日頃から
「苦虫を10匹噛んでいるような顔」
「使い古した雑巾を見下ろす顔」
「単純に機嫌悪そう」
などと評される顔と馴れ合いの悪さ、本人の潔癖過ぎる性分により、周囲から孤独が好きなのだと勘違いされるリヴァイだが、決して酒盛りや喧騒が嫌いな訳ではない。

羽目を外し過ぎなければ(主に掃除する必要が出るほどの惨事が起こらなけば)酒盛りは好きだし、必要以上にベタベタされなければ慣れ合うのだって嫌いじゃない。

ただリヴァイ自身が殆どアクションを起こさない上にその凶悪過ぎる強面のせいで、彼に積極的に絡みにいく者が少ないだけなのである。


今のところ彼に積極的に絡みに行くのは、彼を地下から拾い上げた男と、実力を認め合った幾人かの兵士達と、単に前後不覚になった恐れ知らずの酔っぱらいと―――


「すまん、隣良いか?」

顔を上げると、ぬぼっとした熊のような、口ひげを蓄えた大柄の男が立っていた。

彼の名はミケ・ザカリアス。
リヴァイの隣で飯を食える、兵団の猛者の一人である。


ミケの分のスペースを確保し、食べ終わった夕飯のプレートを下げたリヴァイに、彼は一本の酒瓶を突き出してきた。
ついさっき酔っぱらって潰れたゲルガーからの戦利品らしい。
彼の後ろにはさらに2,3本の酒瓶があった。

ミケが夕飯を食べ進める中で、リヴァイは彼の戦利品をありがたく頂きながら再び喧騒を眺めていた。
甘すぎず、それでいてまろやかな深みのある良い酒であった。いい酒だが喉を焼く感触が強く、胃の腑が熱くなる感覚を覚えた。相当強い代物なのだろう。もっとも、彼はザルの部類に入る人間なので、飲み過ぎても酔っぱらったりはしないが。

「随分賑やかだよな」

ふと、ミケが食堂の中央を眺めてつぶやいた。リヴァイもそれに、ああ。と答えた。

彼らは普段、あまり言葉を交わさないが、それを気まずいと思ったり煩わしく感じたりすることは無い。互いに無口で、綺麗好きで、酒の好みが似通っているザルである。

リヴァイにとって、ミケは良き隣人である。

最初の出会いこそ、互いにナイフとブレードを向け合い、泥水に顔を押し付けられ、匂いを嗅がれた衝撃のあまり投げ飛ばしたり投げられたりと、色々あったがかれこれ数年が経っていた。今では二人で酒を飲みつつ談笑する仲である。

また、酒を挟んだ時のミケ・ザカリアスはやや饒舌になる。意外と小粋な冗談が多く、時折見せるその砕けた態度はリヴァイにとっても悪くないものである。
だが最近、そのせいで厄介なネタに振るわれてもいるが…

ミケ「休みの上に祝いの席だ。はしゃぎたくもなるんだろうな」
リヴァイ「それにしてもはしゃぎ過ぎだ。向こうのテーブル何人潰れてやがる」
ミケ「なにせ主役が大盤振る舞いしてるんだ。ワインが2本、ウィスキーが3本、ラム酒が3本にブランデー1瓶…古残組がエルヴィンの戸棚から拝借した秘蔵の酒もあったらしい。」


リヴァイ「随分と馬鹿をやったもんだ。奴の酒が無いとバレたら、明日の公休が半休になるぞ。」
ミケ「次期団長殿の酒はよっぽどうまいんだろう…ゲルガーもあと少しで飲めたのにな。惜しかったな。」



リヴァイ「…おい、ミケ」
ミケ「なんだ」

リヴァイ「さっきの酒は」
ミケ「美味かったらしいな。俺も一口飲んでおけばよかった」


ミケ・ザカリアスは時々こういう事をする。
リヴァイは深くため息をついて、空になった酒瓶の隠蔽方法を考えるのだった。



ミケ「ところでリヴァイ、今日の主役に声は掛けて来たのか?」

リヴァイ「…別に掛ける必要もねぇだろ」

時刻は午後10時半、早々に開始された酒盛りは急ピッチで兵団中の呑兵衛共を潰し、食堂内は数時間前よりも落ち着きを見せていた。

ミケ「随分つれないんだな。ハンジはお前の誕生日には毎年大声で祝いに行くのに」
リヴァイ「向こうが勝手に祝いに来てるだけだ。」
ミケ「それでも毎年なんだかんだ嬉しそうにしてるだろ。行かないのか?お前は」

ん?と片眉と唇の端を上げ、熊のような男は新しい杯をあおった。

―――ああ、始まった、とリヴァイは唸った。
今日はハンジ・ゾエの誕生日である。


ハンジ・ゾエは、リヴァイにとって調査兵団でも指折りの、いや随一の変な奴と言っても過言でない存在だった。

入団当初、地下上がりのゴロツキに手を差し出して挨拶し、得体のしれない連中を褒め称え、一緒に食事をするなどと宣い、その後も事あるごとに絡みに来た。
共に地下を上がった二人の仲間が死んだときは、何度突っぱねようと食事に無理やり連れまわされた。

特別待遇で入団した身分をやっかんだ兵士に絡まれ、面倒くさかったので脅し用にナイフを見せたら懲罰房に入れられたことがあった。
懲罰房には何故かハンジがくつろいでおり、私闘で刃物を使うことの重罪度を知った。

エルヴィンの駒になると決めて以来、情が移ることの無いよう周りの兵士と最低限の距離を保とうとしたが、無理やり古残兵の前に出されて(頼んでもいない)長所のスピーチをされたりもした。

(((スピーチの随所随所で「勝手に人のメモは捨てるけど」「目つきは確かに暗殺者だけど」「言葉遣いはカタギじゃないけど」等のフォローを入れられたので、本当に長所のスピーチだったかは怪しい――)))

そのくせリヴァイが周りの兵士と(比較的)打ち解けだした途端、急に行方を眩まし、半月ぶりに見たと思ったら酷く脂ぎった頭と眼鏡とインクまみれの服で登場してきたりした。
耐え切れずに風呂場の浴槽へぶん投げた。

薄汚れたインクの魔人を沈めた後、腐海と化した部屋を突き止め徹底的に洗浄し、不要物を捨て、清めたところで当の本人とかち合い、重要な物品を処分したとかどうとかで、烈火の如く怒り出した。
さすがにキレて寄ってこなくなるか、と思ったら翌日普通に挨拶してきた。


今まで生きてきたそう大したことの無いの人生の中で、ハンジ・ゾエは初めて見るタイプの人種だった。
大抵の人間は対人関係を組む場合、相手にリターンを求めたり、逆に相手を憐れんだ上で情けを掛けるのが常である。どちらにも属さない人間は、力を持たない限り搾取され続ける。ただの阿呆と変わりない。


どうしてわざわざ構いに来るのか。
恩を売りたいのか、見下したいのか。
母親気取りか伴侶気取りのつもりなのか。


いずれの問いにもハンジははゲラゲラと笑いながら否定した。
特に最後の問いに対しては、腹を抱えて涙を流し、呼吸困難に陥るほどに笑っていた。
何か無性に腹が立ったので転がっているハンジの脇腹を軽く蹴ってやった。
ハンジはただ笑ったままだった。

一通り笑って満足した奴は、寝転がったまま目線をこちらに寄こしてきて言った。

「なんにも深い意味はないよ。仲間を助けるのは当然のことだろう。」

「それと多分、君はきっと良い人だからね。友達になりたいんだ!!」


その後も、ハンジ・ゾエとの奇妙な交流は続き、リヴァイは否が応でも兵団の常識を覚え、仲間の顔を覚え、同僚たちとの交流を持つようになった。
新兵や中堅の兵士達にはまだ不気味がられているが、少なくとも実力はほぼ全員に認められ、エルヴィンが団長になった暁には新しい役職に就くことが決まった。
今や立派な班長である。
時の流れは速いものだ。

「おい、リヴァイ、聞いてるのか」
「知らん」

現実逃避をしているところにミケが割って入ってきた。
にやけ具合の隠せていないその口ひげを毟ってやりたい、と思った。


彼を最近悩ませている、厄介のネタが、コレである。

ハンジと(不本意ながら)仲良くなって以来というもの、古残の連中からは完全にニコイチとして扱われ、当然ながら下世話な方にも話は転がっていくもので。

付き合ってるだの友達止まりだの、片想いだの横恋慕だの。

兵団の場に無事馴染めたのは良いものの、金貨1枚で参加者十数名の賭けが行われるような不条理があっていいのだろうか。

あえて名前は出さないが、斜め手前で寝転がっている金髪のリーゼントと黒髪の女。
そしてすまし顔でテーブルに座りワインをくゆらせている金髪の刈り上げの女、ミケ班の連中及び向こうの椅子にうずくまって寝ているバンダナを巻いた男…そして今頃は執務室にいるであろう金髪碧眼の七三野郎。

恐らく賭けの胴元は金髪碧眼の七三か。
いっそ今から公休日を失う覚悟で悪魔の戸棚から3,4本酒をくすねてくるべきか。

不毛な犯行計画を頭の隅に浮かべた矢先、彼の頭を悩ませているもう一つの厄災がこちらへ向かって歩いてきた。

「お~い!!リヴァイ!ミケ!飲んでる!?私は沢山飲んできたよ!!!今から迎え酒飲みたいんだけど、そっちにお酒はまだ余ってる!!??」

斜め前から、ご機嫌なラッパを鳴らすが如く、やかましい足音を立てながらハンジ・ゾエはやってきた。



ハンジ「今日は朝から班の子たちがいっぱいいっぱい祝ってくれてね~、訓練の後はモブリットとケイジが新作ワイヤーの実験話を聞いてくれて~ナナバがおやつを持ってきてくれてそのあと街からアーベルがきて」

リヴァイ「俺達は今静かに酒を飲んでいる。部屋に帰って風呂に入って水飲んで寝ろ」

ミケ「別に良いじゃないかリヴァイ。せっかくだからハンジも交えて三人で仲良く酒盛りするか。…気分じゃないならその酒は全部お前に譲るが」

リヴァイ「何が‘仲良く三人で’だ。てめぇこそ飲みまくってご自慢の鼻が利かねぇんじゃねえのか。分隊長殿が大事な体を壊したら大変だ、帰って寝ろ」

ミケ「おいおいなんだ、ハンジが来た途端に俺はお払い箱か。寂しいものだな…」

ハンジ「これエルヴィンの隠し酒でしょ!?飲んでいい!??いいよね!!!」

リヴァイ「テメェは少し遠慮しやがれ」


先ほどの男二人の静けさはどこへやら、一転して騒がしい空気が食堂の末席に満ちていった。

本日の主役は危なっかしい手つきで高そうな酒瓶を傾けながら、アルコール度数のえげつないそれに舌鼓を打っている。
一口飲んでグラスをテーブルに置いた瞬間、リヴァイは別の杯をハンジの前に持ってきて一言、こっちの方が美味いから飲め、と手渡した。

ありがとう、これすごいまろやかでおいしいねぇとハンジが喜び飲んでいるそれは、純度100%の紛れもない水である。
相変わらずハンジに甘いな、とミケはいっそ呆れた。

普段からこちらの話をさんざ無視だの否定だのしておいて、結局はこの体たらくである。

寧ろ何で古残組の“お遊び程度”のからかいを過剰に嫌がるのかが分からぬ。

リヴァイという男は幼稚な噂やホラ話などは一蹴するのが常だからである。


リヴァイから直接ハンジのことをどう思っているか聞いたことは無いが、少なくとも嫌ってはいないはずである。
それくらいは酔って精度の落ちたミケの鼻でも簡単に分かる。


ミケの鼻で判っているのは、リヴァイはハンジを嫌ってはない事と、ハンジには恋人がいない事と、彼らの間に体の関係が無いことくらいである。
彼の嗅覚を舐めてはいけない。かといって、人の感情や性格などは彼の鼻でも図りようがない。

いっそ明け透けに訪ねてみるか、とミケは酒精の回り始めた頭で思った。

なあリヴァイ、とミケが口を開いた数秒後、件の男は眉間の皺をより一層深くに刻み、たった今人を2,3人ばかし埋めてきましたよといった風貌で彼を睨んできた。



ああ、とうとう目の前の人間も敵になったか、とリヴァイは頭を抱えたくなった。
前々から言葉の裏に聞かされてきた問いではあったが、馬鹿正直に答える義理がどこにある、とリヴァイは敢えて無視を続けてきたのだ。

どうして今よりによってハンジが来た時点でその問いを口に出すのか。

どうせならさっきまでの間に言ってくれればよかった。自分はきっと無視しただろうが。

それでもまだ、人が優雅に紅茶を飲んでいる最中に「そういえばお前はハンジと付き合ってると人づてに聞いたんだが本当か?」などと笑顔で聞いてきた金髪碧眼七三の悪魔よりはマシなのかもしれない。

あの野郎本当に戸棚の中身空っぽにしてやろうかと思考を明後日に飛ばしかけてやめた。


何はともあれ、言い逃れはできない。
さっさとミケに話すだけ話して自分の部屋に帰ろう、とリヴァイは眉間の皺を増やしながら口を開いた。

「どうもねえ。ただのオトモダチだ。」

「…そうか。」


ミケの反応はそれだけだった。

…あれだけ聞きたがってた癖に随分あっさりと終わるじゃないか。

リヴァイはまた訳の分からぬ苛立ちに襲われた。

大体隠すも何もリヴァイとハンジにの間には〔本当に何もない〕のである。
ハンジに絡まれ、様々なことを教わり、つるみだすようになってから早数年、リヴァイとハンジはただ清き戦友として過ごしてきた。

腹を抱えて笑っていた在りし日のハンジが望んだように―――どれだけ互いの距離が近くても―――部屋を行き来し寝顔や下着姿を見ようが―――情けない面を見ようが晒そうが―――ハンジはリヴァイを自分の友人だと言い続けた。 


そしてまた、一度も友人などと頷いた事は無かったが、リヴァイ自身もなんとなく、ハンジが言うのならそうなんだろうと思っていた。

地下から上がってきたばかりの頃、仲間を失った翌日からの日々、調査兵団の一員として周りから認められた日、初めて役職を任された年、班員が全滅した壁外調査、無理やり吐かされた誕生日のパーティー、公休日前のなんでもない日。

いつだってハンジは自分の側にやってきて、厚かましく友人だ何だと喋りながら、数年間の、調査兵団の過酷な歳月を共に生き延びてきた。


ハンジの隣はただただ居心地が良かった。
今月は生き延びても来月は死ぬかもしれない残酷な世界を生きているのに、夏の終わりの陽だまりのような温かさがあった。

それだけでリヴァイは充分だった。
呆れるほどに充分だった。
それ以上何を望むというのか。

大体付き合うにしろ恋人にしろ、ハンジがそんな器用な真似をできるはずがないだろう。

恋人でもない友人の前で服を脱ぎ、寝落ちし、自室の鍵を開け放ってねぼけ眼で介抱を頼むようなぶっ飛んだ人間がハンジである。
警戒心というものがまるでない。まだ10歳のガキの方が貞操観念がしっかりしていると思う。部下の苦労が伺い知れる。

他人に容赦なく己の好意をぶつけるくせに、その中身は100%の純真な親切心か好奇心である。下手に勘違いしやすい野郎はすぐ惚れ込んで地獄を見るだろう。その上恋愛中枢とやらが機能していないのか、惚れた腫れたの話題にもハンジは全くの無頓着と来ている。


現に、古残組の愉快なメンバー達による開催真っただ中の賭けに関しても、あずかり知らぬのは中堅以下の兵士とハンジだけである。

…こちらはもう半年近くも頭を悩ませているのだ、いい加減気付けと言いたい。
いややっぱり気付いてほしくない。


そうこう考えている内に、ふと隣のハンジがピクピクと不規則に震えているのが見えた。

何をしているのかと思えば突然、勢いよく量の手を机の上に放り出し、顔を突っ伏した状態で声高らかに笑い出した。

ハンジ「うっひゃっひゃっひゃ!!!ふはははっははははは!!!!」

ミケ「どうした急に。笑い上戸か?」

ハンジ「あははっははははは!!!ぅあっはははふぁっは!!!」

リヴァイ「おいどうした、狂ったのか」


何をしても笑うばかりで手が付けられぬ。
机の上にあった酒瓶は彼女の一撃によって机の上をゴロゴロとさまよった後、パリンと儚い音を立てて砕け散った。
思わずリヴァイは舌を打ったが、隣の酔っぱらいには当然聞こえなかったようだ。

ハンジ「うわっはっはっはは……んっふっふっふふふwww」

リヴァイ「おい酔っぱらい、今のどこに笑う要素があったんだ。とりあえずてめぇが割った瓶を片付けるからどけ。帰って寝ろ。」

ハンジ「ふっふふ…いやだってりヴァイがさ…んっふふっwwへっへっへwwwあっはっはははははははwwww!!!!」


どうやらツボに入ってしまったようである。


リヴァイ「今すぐ眠るか?あ”ぁ”?」
ミケ「リヴァイ、相手は酔っぱらいだから」
リヴァイ「うるせぇ。眼鏡かち割んぞてめぇ」
ミケ「リヴァイ、リヴァイ。相手はry」

数十秒間の大爆笑のうち、たっぷりと息を吸って吐いて、はー、はー、と息を整えながら、ほにゃほにゃとした酔っぱらいは彼らを見やってこう答えた


ハンジ「だってリヴァイがいきなりお友達なんて言うからさ!!!」

リヴァイ「…は?」

訳が分からない、といった表情のリヴァイを余所に、ハンジは続けて口を開いた。


ハンジ「今まで一度も言われたことなかったから」

ハンジ「リヴァイはすげぇ良い奴だけどさ、ちゃんと親友だってわかってるけどさー、」

ハンジ「リヴァイはさー、いっつもクソメガネーしか言わないからさー」

ハンジ「一方的な押し付けかもって思ってたけどそんなことなかった」

ハンジ「一瞬凄い照れくさくなったんだけどさ…」

ハンジ「…凄いうれしかった。最高の誕生日プレゼントだった。」


酔っぱらいはひどく上機嫌な赤ら顔で、ニマニマと口角を上げながら、そう、幸せそうに微笑んだ。


取り残された男達の周りにはよく分からない空気が流れた。

ミケは、僅かに身をかがめ、口元のひげを抑えながら、微振動を繰り返していた。


リヴァイ「………ハンジ、あのな」
ハンジ「なんていうか幸せだった…」
リヴァイ「おい、止めろ、ハンジ、少し」
ハンジ「もっかい言ってほしい…」
リヴァイ「頼む、一回黙れ、ハンジ、」
ハンジ「ちゃんと友達って思ってくれてた」
リヴァイ「やめろ……おい、おいミケ……何を笑ってやがる…??」
ハンジ「もっかい言っ」
リヴァイ「黙れクソメガネ!!!」


ミケの腹筋は限界を迎えていた。

腹を抱えて向かいに突っ伏す大男に報いを入れるべく、リヴァイは男の脛を思い切り蹴り上げたが、あまり効果はなかったようだ。
ついでに足も踏んでやったが、大男はただ微振動を繰り返すだけであった。
机の上の鮮やかな空瓶はパリンパリンと砕け散り、余す事なく無残な姿へ果てていった。
それすらも、今のリヴァイにとってはどうでもいい事柄であった。

全くどうしてくれるのかこの奇行種は。
机周りは凄惨で、すぐ横の床には酔っぱらいの山が積み上がっており、正面には人目を憚らずに笑い出した腹立たしい大男もいるが、もはや何も手につきそうにない。

唯一の幸運な出来事と言えば、食堂に残った殆どの者が泥酔状態に陥っていたため、先程の恥ずかしい告白のような何かを聞かれなかったことだろうか。
リヴァイは己がザルであることを初めて恨んだ。
もう一人のザルはいまだテーブルに突っ伏して笑っていた。

せめてこれ以上の被害を出さないようにと、熱さにうだった頭で誰に言うでも無い言い訳を唱えつつ、いつの間にやら夢の世界へ旅立っていった隣の酔っぱらいを拾う。

時刻は午後11時半、あと半刻でこの酔っぱらいの誕生日が終わりを迎える。
結局祝いの言葉は掛けてやれなかった。

もしも部屋に行く途中、ハンジが目を覚ましたなら、その時はちゃんとおめでとうと言ってやろう……プレゼントだって、一応部屋に用意した物がある。これはまた明日渡そう。

んへへ、と幼子のような声を出す己の友人を肩に抱き、リヴァイは食堂の出口に向かう。

今日の日をもって、名実共に“オトモダチ“になったハンジは、明日からもリヴァイの一番の仲良しとして駆け寄ってくるのだろう。

それはなんだか、酷くむず痒いような、うれしいような、腹立たしいような―――


ミケ「なんだ、お持ち帰りか?」
リヴァイ「黙れ…寝かしつけてくるだけだ…」
ミケ「どうせならそのまま一緒に休んで来い。どうせ明日は公休日だ。」
リヴァイ「口元のひげ全部引っこ抜いて燃やすぞクソが」
ミケ「…それは勘弁してくれ。先月ナナバに褒められたばっかなんだ。」

自分のアイデンティティを取り上げられてはたまらないと、ミケはおどけて手のひらで口ひげを覆い隠した。

リヴァイがハンジを担いで食堂を出る頃、夜空には白い月が中央に昇り、虫の音が涼やかに鳴り響いていた。深い濃紺の夜空はどこまでも広く鮮やかで、夏の星座の終わりと共に、吹きはじめた秋風が中庭の一面を優しく揺らしていた。


―――彼らの後に残されたのは、食堂の末席で極上の酒の肴を手に入れたザルの大男と、一連の騒動から守り抜かれた一本の高級ボトルであった―――











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