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私は就職ができない07_エージェントが天使だった件

【前回までのあらすじ】
フリーランスから会社員に戻りたいとエージェントに号泣しながら訴えつつ、面談のために着るスーツを所有していないことを理由に就職活動から目をそらしていた私は、42歳のぽっこりお腹がキュートながらも内実は小汚い自営業者だった

ギークリーの面談は有意義なものとなった。面談帰りの電車内で私は思わず、「職業を獲得した」とガッツポーズをしてしまったのだ。彼等ならば、私を就職させられるはずだ。それだけの能力がある。エージェントは有能な人材に見えた。ひどく幼い顔立ちをした妙齢の女性ながら、信頼のおける傑物のようだった。つい先日もフリーランスから正社員への帰還を希求する自営業崩れの田吾作を就職させたと豪語していた。私は彼女の強気な姿勢に気圧されながらも、「私も何とか……」と懇請し、「いいよ」という言質を取った。

面談は90分の長丁場で、正直な話、妙齢の女性と密室で2人になるのは息苦しかったが、背に腹はかえられない。汗をかきかき、私は自身の経歴を開陳した。ところどころ経歴を脚色しているが、改変とまではいえない微妙な線で職務経歴を話した。希望の職種や転職軸などについても、エージェントの女性からの質問に答えるかたちで、2人で固めていった。私が20代の若者だったら、あるいはエージェントの女性に恋心を抱いたかもしれない。

しかし私は40を超えた小汚い自営業者で困窮し、夢も希望もなく、仕事も先細り、およそ欲望などというものはすべて枯渇し、おまけに採用面接に着ていく服がないことについてうじうじと思い悩む人生の落伍者だった。目の前の妙齢の女性については、天使にしか見えなかった。天使に対して特別な感情はわかず、ただひたすらに慈悲を求めた。とにかく、職業を与えてください、と。

有能な天使はヒアリング後に間髪を入れずに、50件ばかりの求人票を私に投げつけた。「ここから応募したい企業を選び腐れ」というような意味のことをいった。私は「御意」としかいえず、干からびた芋の皮を投げつけられたホームレスのように紙の束を大事そうに抱え、舐めるように字面を追った。天使は部屋を出て行った。「20分で見腐れ、青二才が」というような言葉を私に投げかけたりなんかして。

私は何枚かの求人票を閲覧したが、まったく無為な行為だった。なんといっても、私は実のところやりたい仕事など無いし、希望する業界も、理想の将来像もない。社名がアラビア文字で書かれていても、スワヒリ語で書かれていても、求人票に天使がほじった鼻くそが付着していても、別段どうでも良かった。うすうす気がついていたが、私には就職したいという思いがなく、本当いうと焦りもないし、絶望も失望もしていない。収入ha
減っているが、たぶん私は別段思い悩んでいない。

私は自分を見失っていた。就職することが怖かった。自営業を5年も続けたのだ。今更どうやって会社員に戻ればいいというのか。私はエージェントの女性がせっかくプリントアウトしてくれた求人票を脇に押しやった。そして、泣いた。突っ伏して泣いた。なぜ私はこんな狭苦しく、薄汚い部屋で求人票を見ているのだろう。そもそも字が細かすぎてよく見えない。これ以上ないってぐらい、泣いてしまった。

涙が乾いたころ、天使が舞い戻ってきた。「どや?」という。「いいね」と返答し、「なら、全部応募しとくわ」と言われた。私は狼狽した。まさか。通常、こういった求人は一度家に持ち帰り、精査した後に、マイページから応募する流れのはずだ。結句、1件も応募せず、就職活動が尻すぼみになるまでがお約束ごとのはず。ギークリーはおそろしい組織である。転職活動のお作法をこれほどにも悪逆に打ち破る組織が存在していることに私は絶句して、その後少し小水を漏らすなどして震えつつ、うろたえた。

「いいですよ」と絞り出した私の声は私の声じゃない誰かの声のように聞こえたが私の声だった。天使は微笑み、何事もなかったかのように、次の話題に移った。彼女は今後のスケジュールについて説明を始めた。スムーズに行けば2ヵ月後ぐらいに内定が出るという。内定後、1〜2ヵ月で入社するという。となると、首尾良く行けば4ヵ月後には会社員となる。

8月、私は職業を得ることになった。ここまで強引なやり口に私のこころは逆に平静になった。やるならやろう。就職するなら就職してやろうではないか。いや、就職させてみろと私は思ったのだ。目の前の器量の良い女性ならばできるはずだ。頑張れ、天使。

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