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ガスコンロを新調して気づいた「ときめき」と「合理性」の狭間にある「欲求」

「やらなければいけない」のに、ずっとほったらかしになっていたことが、このGWでできた。

それは、記憶にある限りでも10年以上(じっさいはもっともっと使っていたはず)使っていたガスコンロを新しくすること。

これまでのコンロは、点火するときにツマミを回して点けるタイプで、10年以上前から、なぜか左側のコンロは点火まで時間がかかるようになっていた。

その時点で新しく使いやすいものに買い替えれば良かったのだが、人は物にたいして、どうしてこうも合理的判断を下すことができないのだろう。
おそらく「ガスコンロ」という文明の利器(?)を買い替える行為は、こんまり流に表現すると、まったくときめかなかったので、ずるずるとそのまま使っていたのかもしれない。

しかし、グリルの火力まで弱まり、点火するために酸素を送ろうと息を吹きかけながら使うという、原始的な対応をせざるを得なくなった。
それでも、その状態で2年ほど使っていたのだが、ついに右側のコンロに火がつかなくなった。さすがに家族4人分の食事をつくることに不自由さを感じはじめ、コンロが二つ同時に使えないことがストレスになってきた。

はずだった。

というのも、やっとガスコンロを新調したのに、ガスコンロを二つ同時に使っていない自分に気がついたのだ。

朝食をつくるとき、フライパンを使いながら、空いているほうのコンロでお湯を沸かせばいいのに、目玉焼きとハムを焼き終えてから、お湯を沸かしはじめる自分。

あれ?ちょっと前まで、
「このくそコンロのせいで、同時にできることができず、時間が二倍かかるわ、おのれ!」
とぼやいていたのに、なぜわたしは、悠々と一つの調理が終わってから、次の調理をはじめているのだ?

不便を感じて便利なものを持つのに、じっさいにそれを手にしてすぐにその機能を使いこなすわけではなく、慣れるまでにはこうしたタイムラグが発生する。

でも、わたしはガスコンロを新調した時点ですでに満足していた。使いこなしてもいないのに。

これは、いったいどういうことなのか。

人は合理性をもとめて、新しい物や機能、サービスを生み出すが、多くの人はその新しい便利さにときめいているわけではないのだ。(もちろんそれにときめくタイプの人もいる)

では、どこにときめいたのか。それは、古くなったコンロをようやく買い替える課題をなしとげた自分であり、原始的な生活(実はそれも楽しんでいたので、それほど不便ではなかった)を脱け出し、文明に近づいた自分であり、ようするにファンクションにときめいたのではなく、「〇〇な自分」にときめいたのだった。

自分かよっ!

そうだ。人が満足するのは、新しくなったガスコンロではなく、その前にいる自分であり、それを買った自分なのだ。
いわゆる「モノ」より「コト」なのだが、これはマズロー欲求5段階の法則でも説明できる。

5.自己実現の欲求 -才能や技能を発揮したい
4.承認の欲求   -認められ、尊重されたい
3.社会的欲求   -周りから受け入れられたい
2.安全の欲求   -健康や生活水準を維持したい
1.生理的欲求   -食欲や睡眠欲など本能的欲求

古いガスコンロは、「早く調理ができない=食欲を素早く満たせない」ので、一番下の生理的欲求に関わってくる問題だった。

さらに、2番目の「生活水準を維持したい」の点でも、「息を吹きかけて火をおこす」という原始的ライフスタイルからの脱出につながるし、そもそも点火が遅い、また点火しなくなったコンロは安全性に不安があるので、安全の欲求が脅かされたと言っていいだろう。

この1番目と2番目は、欲求のなかでも低次で根源的なものだが、新しいコンロを新調することは、本来この2つの低次の欲求をかなえるものだったはず。

しかし、その低次の欲求は「買う」と決めた時点ですでに満たされてしまうので(メーカーの品質を信頼しているから)、コンロを買ったことで、欲求は高次なものへと移り変わっていく。

マズローは晩年、この5段階欲求階層の上に、さらにもう一段上の段階があると発表していたそうだ。
それは「自己超越」というもので、「目的の遂行・達成だけを純粋に求める」行為だという。

「コンロを買う課題をこなした自分」は、一気に5段階目を越して、最上階層の「自己超越」に当てはまるかもしれない。
「文明に近づいた自分」は、5番目の「自己実現の欲求」を満たしたといえるだろう。

ちなみに、これまでのツマミ部分は、ボタンスイッチになったので、子どもも大人の力を借りずに火を点けられるようになった。これは、家族への「安全の欲求」を満たしたことでもある。
また、わたしが朝寝坊しても、子どもが勝手に朝ごはんを食べ終えているので、睡眠欲も満たされる。

ガスコンロを新調して一番満たされたのは、やはり「生理的欲求」ということで良いのかもしれない。

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