答えにならない答え 本に触れない書評

最も強く心に残る、インタビューや人生相談の類。
それは往々にして、質問にちっとも答えていないようなケースである。
(以下、引用はすべて記憶によるもので、全く正確ではない。)

かつて井上陽水がライブをやったとき、それを放送したテレビ局は、楽屋で彼にインタビューした。
「陽水さんは、なぜ今回のライブをやってみようと思ったのですか?」
すると井上陽水はにわかに不敵な笑みを浮かべ、

それはプロモーターに聞いてくれたほうが早いんじゃないの?
僕はここではお金で呼ばれた身だからね。
決められた日の、決められた時間に、決められた場所で、決められたものを、決められた通りにやるだけだからね。
と、いうのをタテマエということにしておいて、いっぽう本音はというと……
で?
どういう質問だっけ?

もうこの時点で、インタビューは大成功である。
このインタビューは、すんどめにとって忘れられないものになった。
聞かれたことにはまだ全く答えていないにもかかわらず、いや、全く答えていないからこそ、とてつもなく印象深いインタビューとなった。
質問の答えは完全に未知のままだが、何より、井上陽水という人が一体どういう人なのかが、まるで鮮血のように明らかに表現されている。

昔、『週刊プレイボーイ』に赤塚不二夫の人生相談が連載されていた。
その中に、中小企業で働く30代男性からの、こんな相談があった。

うちの社長は、東南アジアで知り合った女の子にすっかり入れあげてしまい、会社の経営そっちのけで、逢いに行ったりプレゼントを贈ったり、そんなことばっかりしています。
ぜんぜん仕事に身を入れてくれません。
前は、われわれ社員のことを思い、社員の家族のことを思い、リーダーシップを発揮し、われわれといっしょに汗だくで働いてくれる、いい社長でした。
なんとか社長の目を覚まさせて、以前の社長に戻すには、どうすればいいですか?

まあざっとこのような、極めて興味深い相談であった。
ところがそれに対する赤塚不二夫の答えというのが、

いや、俺はその社長、好きだよ。
社長はその歳で純愛をしてるんだよ。
会社のことも家庭のことも忘れるぐらい、本気で恋してるんだよ。
いいことじゃないの。
羨ましいよ。
とめる必要、ない、ない。
それより問題はあんただ。
あんた、まだ若くて将来あるんだから、そんな会社やめちまえ。
やめてもっかい勝負に出ろ!
これでいいノダ。

という次第で、質問の答えにまるでなっていない。
相談者はあくまで今の会社にとどまる前提で、社長の目を覚まさせようという明確な目的意識の下、その目的を達するにはどうすればよいか、と方法論を尋ねている。
にもかかわらず赤塚不二夫は、お前のその目的意識が間違っているとばかり、相談の前提からひっくり返してしまうのである。
かくして、まともに方法論をアドバイスした場合よりも1000倍、この人生相談は印象深いものとなった。
すんどめは、この人生相談を生涯忘れないであろう。

インタビューにならないインタビューが印象に残るという逆説的な構造をそのまま取り込んで、書評にならない書評を印象に残すことに大成功した大天才。
それが誰あろう、阿川佐和子である。
あるとき新聞に、城山三郎の著書に対して阿川佐和子が書いた書評が掲載されていた。
ところが阿川は、本の内容に見向きもせず、自分が若いころ城山三郎にインタビューをしたときの思い出話に紙幅の大半を割いているではないか。
阿川いわく、城山先生は大変な聞き上手で、
「君は僕の本を読んでどう思ったの?」
とか、
「ふむふむ、それでそれで?」
などと、巧みに阿川の話を引き出して、ついに阿川ばかりがしゃべってしまい、ぜんぜんインタビューにならなかった、という。
この書評はそういうエピソードに終始して、結局どういう本なのか、さっぱり分からないのである!
城山へのインタビューなのに城山がぜんぜんしゃべらなかったエピソードをつづりまくることによって、本の批評なのに本のことがぜんぜん語られない謎の書評ができあがっているのである。
そして何より肝心なことには、このことによって件の書評はすんどめにとって忘れたくても忘れられないものとなり、それまで一度も著作を読んだことのなかった城山三郎という作家に対し、
「面白そうな人だな……」
すんどめは初めて興味を抱き、その興味が後々まで残って、数年後、実際にすんどめは城山の『硫黄島に死す』を読んだのであった。
かくして阿川佐和子は、城山の読者を1人増やした。
書評にならない書評を書くことで、書評の目的を鮮やかに達成してみせる阿川。
彼女を天才と呼ばずして、だれを天才と呼ぼう。

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