20230214_番外編_マジックなしマジッククッキング

「さて、ようやくみなさん集まりましたね?」

ばさらがメガネをくいっと上げる。
集合予定時刻から二十分遅れでぽぽふが到着したことで、
彼女の眉間にはややしわが寄っている。

「ふわわぁ……なに、するのぉ……?」
「事前にお話ししたはずですが。まぁ、改めてご説明しましょう。
本日みなさんにお集まりいただいたのは、ずばり……」

ホワイトボードに向かいマジックを手に取ったばさら。
がががっと、力強い筆跡で。

『バレンタインチョコをつくる』

さて、ここからはしばし一昨日の話。
バレンタイン前ということもあり、それにちなんだステージを多く行うプリマジスタたちに紛れ、
になやサニ、いっと、むらさき、くれないもステージを行った。
珍しく縁のあるメンバーが集まったことでにな達はステージ後にしばらく歓談したが、
その際に我らマナマナも卓を囲んで話していた。

その席でばさらから提案されたのが、我らマナマナからパートナーへのバレンタインプレゼント、という訳だ。
なんでも、ばさらの育った薗頭家とその仲間たちの間では、
バレンタインにマナマナからチュッピへ、ホワイトデーは逆にチュッピからマナマナへプレゼントを渡す習わしがあったとか。

プリマジスタジオになってから、我らマナマナ自身がステージに呼ばれることも多くなり、
パートナーとのより親密な関係を築くためにもこういう日頃の感謝はすべきという
ばさらの熱い主張によって、今日集まることになったわけだ。

場所は魔法学校の調理室……ではなく、調合室。
まぁ道具は一式揃ってはいるだろうが。唯一の魔法学校生徒であるぺったに任せたらこうなった。

「それで、吾輩のマスターにふさわしきチョコレートの創造クリエイトには、どうすればよいのでしょうか?」

市販の板チョコを大量に抱えたぺったが決め顔で尋ねる。

そう、ここは魔法学校。つまりは魔法界な訳で。
我らはみな人の形をとっている。
いつものマスコットのような姿では調理もままならないから、という理由ではあったが、昨日からこちらに来ているらしいばさらとぱたひらは旅行半分であろう。
実際、二人はいろいろと魔法設備を見ては楽しんでおり、今も調合炉に火を入れるのをぺったに教わりながら四苦八苦している。
あのタイプの炉はちょうどいいところに火種を飛ばさないと火が付きにくいのだ。

わしは向こうから持ってきたカセットコンロを点け、湯せん用の湯を沸かし始める。
青くゆらぐ火を静観しながら、久しぶりの魔法学校に意識を向ける。

ここに学生としていたのは何年前であったか。
最後に研究発表のために訪れたのはいつだったか。
わしはいつから、あの研究所にこもっていたか。

正式な手続きでチュッピたちの世界に行かなかったわしは、
その移動魔術の際に多くのものを失った。
向こうで目覚めた時、ぷにゃぷにゃのスライムになっていたのはさすがに焦ったのぅ。
いくらマジの才能が皆無であったからといって、
あそこまで体内にワッチャを貯めておけぬ体質だったとは。
正式な手続きを踏んでいたら、そのせいで拒否された可能性すらある。

まぁそこで一度体がふっとんだおかげで、
魔法界に戻るとこのように少女の体へと転身したというわけだ。
小学部に通っていた時ですらもうちょっと大きかった気がするが、
そもそも少女ですらなかった訳だし、気にするだけ無駄だろう。
スタジオにてになと並ぶ際にも、このように可憐な姿のほうが花があってよい。
ほぼお尋ね者のようなものだったし、その辺も含めふっとばしてくれて助かった。

と、もう沸騰している。
少し冷まさねばならんか。

周囲に目を向ければ。
やたらデカい姿となったぽぽふは、部屋の片隅に座ってうとうとしている。
ばさらとぱたひらの顔はいつの間にか黒くなっているが、無事火は付いたようだ。
今は中の吊り金具に水の入った鍋をひっかけるのに苦労している。
あれも無駄に特殊な金具のため、魔法で鍋を操作しながら金具を操作する必要がある。
のが教科書通りの手法だが、先に自分で炉に入って準備をし、出てから火を付ければ楽である。
ぺったも分かっているのだろう、苦労する二人を見ながらやや邪悪な笑みを浮かべている。

湯を冷ましているうちに、板チョコを細かく砕いてボウルに入れておくか。
整った市販品をわざわざ別の形にすることに何の意味が、と最初は思ったが。
形が変われば、失われるものがあっても、新たに加わるものもある。
まぁ、そういうことだ。

………………
…………
……

さて。
炉内で水をひっくり返したためいろいろ大変なことになっていたばさらぱたひらぺった組を置いといて。
わしはまたチョコを湯せんしていた。といっても、これは最後のコーティングに使う用。
先に溶かしたものはある程度固めてガナッシュ状態となり、今は起こしたぽぽふが丸めている。どことなくひんやりしたぽぽふはチョコの加工に向いているのだ。
丸めたものに溶かしたチョコをまとわせ、ココアパウダーをまぶせば、いわゆるトリュフチョコの完成である。
比較的お手軽ながら手作り感の出せるものとして、わしらのような初心者にも人気らしい。

それらの工程を無事に終え、ぱたひらの用意したかわいらしい諸々でラッピングしていく。
横の机では調合炉を諦め保炎炉に移した火で湯せんを行うばさらの姿。
保炎炉というのは、簡単に言えば魔法をガスとして送り込むカセットコンロのようなものだ。
着火機構がついてないので自分で火を入れる必要はあるが、まぁカセットコンロだ。大人しく使えばよいものを。

………………
…………
……

かなりの時間が経って。
ようやく向こうさんが作っていたブラウニーも完成したようだ。
あれだけ魔法に拘っていたように見えたのに、ホットケーキミックスは偉大だと褒めている。
とにかく、無事終わったようでなによりだ。

「ばさらよ、お疲れ様であったな」
「え、えぇ、焼き上げの調合炉操作をぺったさんがやってくれて助かりました」
「そうだろうな。ところで、ただただ待ちぼうけをくらったわしやそこで寝ているぽぽふに言うことはあるか?」
「……予定終了時刻を大幅に過ぎてしまい、申し訳ございません」
「うむ、謝罪があればよろしい」

パートナー分に比べると簡単に入れただけのトリュフを差し出す。

「えっと、こちらは……?」
「このような機会がなければ、チョコの用意などしなかったからな。お礼と、あと毒味を兼ねて食べてくれ」
「そういう時は毒味と言わないほうがいいですよ。警戒のない、素の反応が見られますので」
「構わん、素などさっき見飽きた」
「そ、そうですか……では、素直にいただきます。よろしければ、私たちが焼いたブラウニーも後ほど召し上がってください」
「もちろん」

………………
…………
……

「ぷにゃが……作った……? これを……???」

家に帰るやすぐに、どこ行ってたのにな~?と聞かれたので作ったものを差し出した反応がこれだ。

「語尾を忘れてるぞ」
「あ、いや、だって……手作りチョコだし、なんかかわいくラッピングまでされてるし……」
「ばさらたちに誘われてな。わしは手伝ったまでだ」
「そ、そうなのにな」
「なに、溶かして固めて飾っただけだ」
「それが大変なのにな~」

ちょっと落ち着いた、というより納得できたようだ。
そのチョコに関しては手伝ったは正確ではないが、まぁいいだろう。

「ふふ、ありがとなのにな~」
「構わぬ、日頃の礼も兼ねている」
「んん~なんのお礼なのにな~?」
「……そういうのは聞き流せ」
「はっきり教えて欲しいのにな~~~」

ばさらがおまけにと持たせてくれた茶を添えて、我らはしばし甘い時間を過ごしたのだった。
こういうのも、たまには悪くない。

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