20220504_赤の他人

波乱のフラッシュエレメンツフェスから数日。
GWということもあって連日にぎわうプリマジ会場であるが、そこにむらさきの姿は見つけられていない。

フェスのステージは、洗練された見事なものだった。
それだけ努力を重ねたのだろう。
だがそれを軽々と超えていたいっとはほんと、うん。
天才肌というものだろうか。すごいなぁ。

「あ、サニ先輩! お久しぶりです!」

噂をすれば。いっとが手を振ってこちらに近づいてきた。

「フェス以来ですね」
「だね、ステージは見てたけど」
「あ、ありがとうございます! えへへ、プリマジって楽しいですね!」

変わらず元気いっぱいないっとはあれから毎日ステージをしていた、とはになからの情報。

「むらさきとは一緒じゃないの?」
「あ、それなんですけど……」

元気に陰りが差したと思えば、その理由はすぐに分かった。
フェスの翌日から熱を出して寝込んでいるとのこと。
ただ今朝通話した時はだいぶ元気になっていたとか。

「最近見ないとは思ったんだよねぇ」
「昔から、長期休みにちょくちょく風邪ひくんですよねぇむらさきちゃん。
本人曰く、緊張がゆるむとかなんとか」

そんなに緊張しながら日々生きてるの……?

「そうだ、今日そろそろお見舞いに行こうかと思ってたんですけど、
よろしければサニさんも一緒に行きませんか?」
「えぇ、いきなりお邪魔じゃない……?」
「サニさんが来れば燃えますよ、むらさきちゃんはそういう子です!」

謎の信頼は友達故か。

「私もサニさんとお出かけできるなら嬉しいです!!」

そっちが本音かな?

「お見舞いならになたちも行きたいのにな~?」

どこからともなく、ぷにゃを抱えたになが現れた。

「あ、になさん! お久しぶりです!」
「お久しぶりなのにな~話は聞かせてもらったのにな~」
「どこから?」
「むらさきちゃんが熱出したって辺りなのにな~」

なぜ今までは隠れていたのか。

「それでは時間もいいですし、お昼食べてお土産買って向かいましょう!」
「にな~」

………………
…………
……

さて、むらさきと言えば。
荒っぽさもありながらその佇まいはどこか気品も感じ、
プリマジ会場にも送り迎えしてもらってるし、
なんかいいところの子なのかと勝手に思っていた。

で、連れてこられたここと言えば。
ずいぶんとこう、年季の入ったアパートである。

「イメージと違うって顔してますね?」

見透かすように見上げてくるいっと。

「まぁ、正直に言うと」
「ですよねー、私も最初はちょっと驚きました。
雰囲気もそうですけど、私服とかも結構いいもの持ってますし」

そうなんだ。

「ま、お家のことはあまり聞かないであげてください。いろいろ訳アリみたいなので」
「もちろんなのにな~」

やや小声で塗装のはげかけた階段を上がり、二階の奥へと進んでいく。
と、一番奥の扉が開いておじさんが出てきた。
通路狭いし壁に張り付くかぁ。

「あれ、いっとちゃん?」
「あさぎおじさん、こんにちはー」

ん、知り合い?

「お友達とお見舞いにきたんですけど、おでかけでしたか?」
「あぁうん、買い物行くところだったんだ。
丁度いいっていうとあれだけど、むらさきの面倒見てもらっていいかな?
だいぶ調子良くなってるし」

思えばこの人、むらさきの送り迎えしてる人か。

「ありがと、じゃあこれ鍵ね。後ろのお友達にもよろしく」
「はい、確かに。ではお気をつけてー」

言いながら壁にひっついてすれ違うおじさんに軽く会釈。

「じゃあ入っちゃいましょう」
「今の、むらさきのお父さん?」
「あー……むらさきちゃんの保護者さんですねー」

ちょっと泳ぐ視線。
なるほど、これもそんなに突っ込まないほうがいい話だな。
気を取り直して、いっとがガチャっと鍵を開け扉も開ける。

「あれ、忘れ物ー?」

閉じたガラス戸の向こうからむらさきのややかすれた声が聞こえる。
でも元気はありそうだ、ちょっと安心。
あとなんというか、普段より気の抜けたというか、とげがないというか。

「もー、ほんとおっちょこちょいなんだか、ら……」

と、いっとが返事をしないままガラス戸を開けたことで、むらさきと対面する。
くたびれたパジャマ姿にぼさっとした長髪にまんまるおめめ。
ぽぽふみたいに掛布団にまでくるまっている。
うん、完全にオフだねこれは。

「こんにちはーお見舞いにきたよー」
「いいいいっと! サニとになまで……!」
「こ、こんにちは」
「なのにな~」

………………
…………
……

熱以外の理由で真っ赤になってたむらさきの顔も落ち着き、持ってきたスイーツなどをつつきながら談笑する昼下がり。
そこにチャイムが響いた。

「お、今度こそあさぎかな。いっと、出て」
「はーい」

言われる前から立ち上がり始めていたいっとが玄関へ向かう。
と言っても、あのガラス戸の向こうだが。

「当たり前のように人を使うね」
「病人ですからー」

悪びれもせずプリンを一口。

「あれ、どちら様ですか?」
「むらさき、いますよね」
「あ、ちょっと……!」

玄関のざわめきからすぐにガラス戸が開くと、そこには紅色の長髪をなびかせた見知らぬ少女がいた。
傍らには赤っぽい蝶の羽の妖精みたいな小人。
マナマナの、パートナー?

「むらさき、やっと見つけた」
「な、なんであんたがここに……!?」

最初に私たちを見た時より明らかに動揺しているむらさき。

「連れ帰る。ばさら、お願い」
「了解です、マナマナ!」
「あわわわ」

妖精がカードを掲げると、その光によって浮き上がるむらさき。

「や、やめてくださいー!」

するとどこからか可愛げな声。
むらさきの髪留めが光ると、こちらもまた紫色の蝶の羽を持った妖精みたいなのになった。

「やっちゃって、ぱたひら!」
「うん、マナマナー!」

同じようにカードを掲げると、浮き上がったむらさきの前にクッションのようなものができて、むらさきを受け止めた。

「ふん、ぱたひらがわたくしに敵う訳ないでしょう!」

力強い掛け声と共に赤い方の光が強まると、クッションがはじけた。

「ぴゃうー」
「ぱたひ、らっごほごほっ」
「っ、ばさらやめっ」
「は、はい」

少女の声に光が弱まり、むらさきはそっと元の布団の上に戻された。

「風邪、引いてる……?」
「そ、そうなんです、私たちもお見舞いに来てまして!」

後ろから前に回りこんだいっとがそういうと、
少女は無表情のまましばし硬直。
一瞬の出来事すぎて、私とになは完全に置いてけぼりをくらっている。

「そう、だったのね。
じゃあ、今日はとりあえず帰る。またくるね、むらさき」

それだけ言うと少女は髪をなびかせ、
玄関で一礼してから出ていった。

「……えーっと」

強張った表情で布団にくるまるむらさき。
その横で仰向けに転がる、ぱたひらと呼ばれていた妖精のようなマナマナ。
そのぱたひらにハンカチで風を送っているいっと。

「なに、いまの……?」
「赤の他人よ」
「無理があるのになぁ」
「むらさきちゃん、ちょっとは話してあげたら?」
「はぁ……まぁ、巻き込んじゃったのはあるし。仕方ないか。
わたしん家の面倒な事情、ちょっと話してあげる」

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