ひもとかぜ(前編)

ドラマ形式の動画作品用に書いている作品になります。
内容は全て無料で読めます。

■仕事場
誰もいない職場、辺りは暗く、たまにペンで何かを書くことだけがしていた。そんな静けさの中に不意にチャイムが鳴った。
この時間、ここに来る人が誰かは見当出来た。

彼女はいつも通り酔っぱらっていた。社長の友達でこの時間に社長に会うために来るのだが素面で来たためしがない。
「彩さんは?」
「社長、今日はいないですよ。」
僕の声は耳に入ってない様子でサッと中に入って社長の椅子に座ってしまった。とりあえず僕は仕事を片付けてしまおうと急いだ。(社長にLINEで連絡はした)

「ヒナが会社に来たって?」
鶴田さんからの電話だった。
「今日はいないって言っておいたはずなんだけどね。」
「どうしましょ?」
「どんな感じ?」
「酔ってます。」
「そうね、、、まぁ最悪、会社、私の席で寝させておいていいよ。」

ヒナさんは酔って寝てしまった。このまま会社に置いていいか考えてみた。時間だけが経過していった。
意を決して、ヒナさんを起こして家に帰ってもらおうと思った。会社を出るまではその作戦が成功したようにも思ったが外に出た途端にまた寝ようとして、会話もできなくなった。どうしようもなくなって、自分の家に連れて行くことにした。
人って思っている以上に重いんだなって感じながら彼女を僕の家まで連れてきた。

学生のころ、同じように記憶がないくらいに酔って倒れてしまった僕を介抱してくれた先輩のことを思い出した。

大介はヒナを布団に寝せて、自分は小説の続きを書き始めた。明け方、大介は散歩と朝食を買いに外に出た。

大介が外に出る音でヒナは起きた。夜中、誰かが確認するように見守っていてくれたように感じていた。ヒナは部屋をいろいろと調べた。
今の若い世代とは不向きに本が積まれていた。窓際に写真が飾られていた。コンクリートの隙間に生えている草の写真を見て、ふとその写真を手に取って、しばらく見ていた。
そして机にあった本をサッと開いてみた。本の内容はよくわからないことばかり、、、急に喉が渇いて、冷蔵庫を開け、入っていたペットボトルのお茶を飲んだ。

そこに大介が帰ってきた。
「起きていたんですか?」
大介はヒナが起きていることが意外に思った。
ヒナはお茶をグイっと飲み干すと、
「あんた、セックスしたいの?」
大介はそんなことを言われるとは思わなかったから驚きよりも怒りに似た感情を抱いた。
「そんなつもりはないです。」
「じゃ、なんで?」
「自分も似たような経験があって、、、」
大介のことをスッと見て、
「別にセックスしてもいいよ。」
ヒナはからかっているようにも、無感情にもみえる言い方でそうつぶやいた。
「酔いがさめたなら帰ってください。」
「『ひも理論』って何?」
机にあった本についていたずらをする子供のように話すヒナ。
「帰ってください。」
大介が本気で怒っていることを感じながら、
「お風呂、入ってもいい?」
声も出したくない大介は視線で返答をした。
ヒナは手のジェスチャーで答え、帰る支度をした。

■ヒナと鶴田
鶴田は大介に昨日のことで電話していた。
「昨日はごめんね。」
「あの人に甘すぎですよ。」
「なんかねぇ、可哀想なとこ知ってるからさ、ほっとけないんだよね。」
大介はまだ苛々が収まっていなかった。

ヒナは鶴田の帰りを持っていたかのように会いに来た
「根津くん、怒ってたよ。」
「あの子、根津って言うんだ、下の名前は?」
「大介よ。一度くらい挨拶してるはずよ。」
「あんた何したの?」「根津くんのこと好きなの?」
「タイプじゃなーい。」 「でも、面白そうなこだなって思って。どういう人?」
「真面目な子よ。まぁでも論理的で少し理屈っぽくて、面倒な時はあるね。」
「童貞でしょ、モテなさそう。」
「喧嘩でもしたの?」
「少しからかった。」「写真やってるの?」
「写真?」「写真は知らないけど、彼、小説を書いているって言ってたわ。」
部屋にあった本について理解したヒナ
「なんで?」
「うん、彼の部屋にカメラがあったから、、、」
鶴田は元カレへの未練、愚痴を聞かされると思っていたから少しほっとした。

■川での再会
ヒナは河川敷で座っている大介をみた。寂しそうな彼の表情をみて、一度は通り過ぎようと思ったが足の向きを変えて、彼の元を言った。
「写真でも撮ってるの?」
大介は声かけられたことに驚いたし、まさかヒナに声かけらあれるとは思わなかった。
この前の件もあり、あまりかかわり合いたくなかったし、なんて答えていいかもわからなかった。
「それとも、小説のネタでも考えているの?」
「この前は、ありがと。」
ヒナがこんなことを言うのが意外で初めてはっきりとヒナのことを見た。
「地元にこんな川が近くにあって、よく遊んでいて、だから川に来ると落ち着くし、チカラももらえる感じがするんです。」
「私も同じ。川が好き。」
「東京にいるとビルとか道路とか無機質なところばかりでどこかでリセットしたいなって思う時、ここに来ることが多いな。」
ヒナがそんな感覚を持っていることも意外に思う大介。
「わかります、そんな感覚。」
「小説、書いてるんだってね。すごいね」
ヒナの言葉は素直な気持ちで言っているような感じがあった。
「大したものは書けてないですよ。」
「それでもさぁ、、自分で思ったことを形にすることができるって、私は凄いと思う。」
「そんな、、、それにまだまだ書き始めたばかりでゼロから書いてるって感じじゃなくて、昔の作品、漱石なんかを参考にして書いてますよ。」
ヒナは大介が自慢せずに話した姿勢をみて、この人は誠実な人だろうなと感じた。
「偉いね。」
ヒナは優しく言葉を発した。
「作品、読んでみたいな。」
大介は言葉が上手く出てこずに何とか「はい。」と言って答えた。
二人は黙って、雲の流れる様子と川の音を聞いていた。

「綺麗ね。」
「私、久しぶり、誰かと川のそばでこんなに話したの。」
「僕もです。」

■待ち伏せ
ヒナがアパートの前で待っていて、驚く大介。
「どうしたんですか?」
「そーいえば、ちゃんとこの前のお礼もしたいなと思って。」
大介はヒナに会えたことが少し嬉しかった。
「レトルトやカップ麺ばかりだと体によくないよ。」
「料理、作ってあげる。」
そういって強引に僕の部屋に入ってきた。

ヒナは料理は得意ではないと言っていたがそれなりに手際よくやっていた。
煮込んでいた鍋を弱火にしてヒナが「火、見てて」と離れた。
僕はトイレかなと思い、うんと答えた。
しばらく、ヒナが戻ってこないのが心配になって、探しに行ってみるとトイレではなく部屋にいた。
「何してるんですか?」
「これ、あんたが書いたの?」
「勝手に見ないでください。」
「うん」 「でも、見せてくれなさそうだなって思ってさぁ。」
確かにと思う大介とその表情で察するヒナ
「鍋の火、大丈夫?」そうヒナは呟いた。
「佐々木さんが確認してください。」
ヒナから原稿を奪う大介、台所に戻るヒナ。

出来上がった鍋を二人で食べ始める。
「美味しい?」
「はい、美味しいです。」「料理できるんですね」
「鍋だったらさ、スープ買って、具材を切って、煮るだけだから簡単だよ。」
「スポーツ選手じゃないけどさ、いいモノ食べたほうがいいパフォーマンス、いい作品はできるんじゃないかな。」
大介はそんなことを考えてくれていたんだと感じた。
一人で食べることが多かったし、誰かの手料理というのも久しぶりで懐かしいなと思った。
(自炊したらとかでも一人だと食材が余るだのいろいろヒナは話し続けていた)

「食器は流しに置いといてください。」「お茶、飲みます?ペットボトルのお茶しかないけど」
お茶を飲み、ヒナが話し始める。
「大介って、すごいね。」
「何がですか?」
「小説、、、あーいうの作れるって凄いなって」
「まだまだ全然です。コンテストにも落ちてばかりだし、認めてくれる人もいない。友達なんかもよくここが駄目とか言ってくるし。」
「、、」「この前も言ったけど、自分の考えを形にできるって凄いなって思う。私は馬鹿だから文章のことはよくわからない、確かに上手ではないのかもしれない、でもきちんと自分の言いたいこと、考えていることはわかったよ。」
「そんなこと言われるの初めてだな、、」
ヒナは何かを思い出すように
「日本人って減点方式で考える人、多いからね。」「悪い点、欠点を言える人は多いけど、いいところを言ってくれる人、少ない。」
「そうかもね。」
今までとまた違うヒナを見ているように感じた大介
「そういう人たちって相手を思って言っているわけじゃなくて、マウントとりたいとか、ストレス発散とかで言ってんじゃないかな。」「自分が傷つきたくないから正論っぽい言葉を利用しているだけで言葉の暴力を振るいたいんだと思う。もっと責任をもって発言しろって。」
ヒナは自分がヒートアップしているのを感じ、落ち着こうとお茶をゆっくり飲んだ。
冷静になって、少し間ができたことで次に何を話せばいいかわからないまま時間が過ぎた。
「お茶、飲む?」
空になったコップを見た大介が声を掛けた。
「ううん、もう大丈夫、、私、そろそろ帰るね。」

■ひも理論
「ひも理論、って何?」
最近、ヒナは何度も家にやって来ている。本なども気まぐれにか読んでいるようだが物理の話はわからない、それにひも理論などは興味があって勉強している人しかわからない話だろう。
「物理の最新の理論、考え方だよ。」
「どういう話?」
「そーだな、、、」「うん、この世界って何次元だと思う?」
「次元?何それ?」
「この世界がどういう世界か?というのを科学的に示すものって言えばいいのかな。」「アニメなどを2次元とかいうけど、それは縦と横の二つの次元で構成されているからそういわれている。」
「じゃ、この世界は?」「何次元?」
「もう少し考えてみればいいのに、、、」
ヒナは考えるよりも大介の声や表情を見ていたかった。
「少し前までは3次元、そして3次元プラス時間の時空間という風に考えられていたんだ。でも、量子論、原子などの小さい粒子の研究を進めていく中でもっと多くの次元、10次元、11次元が必要と云われている。」
「へぇ~。」
大介の言っていることについていけないながら関心はあったので相槌を打つヒナ。
「今の自分、自分だけじゃなく多くの人は4次元の物体すら想像、イメージするのは難しい。」
「4次元ねぇ、、ふぅーん、、、」
考えているように、思い出すように思案しているヒナ。
「4次元だけではないけど、この世界は人類には見えない、感じない次元が多く存在しているんじゃないか? そう考えるといろいろなことが想像できそうで楽しい。」「その見えない次元を多くの人が感じることができれば、この世界はもっと良くなるんじゃないかな。」
無邪気に語る大介をみて、小悪魔のような微笑をみせたヒナ、大介に近づきながら、
「見えないけど、何かわかる感覚があるってこういうことでしょ?」
そう言って、大介の目を自分の手で隠した。
大介は自分の唇でヒナの体温を感じた。驚いたまま、少しの間、何が起きたのか把握できずにいた。

ヒナは大介から離れると、
「キスするときになんで目をつぶるかっていう話、聞いたことある。」
「視界という感覚をなくすことで、二人だけの夢の世界に行こうとしてるんだって、、」

ヒナは大介の方を向くと大介は身動き一つしていなかった。
「帰って。」
大介はヒナの方を向きもせずにそう言った。

■鶴田と大介

「ヒナのこと、怒ってる?」
「、、、」
無言の大介をみて、察する彩。
「あの子さぁ、本当に反省してるみたいだし、、、」「本当に、後悔してる。」
大介はこちらを向かずに聞いている。
「人の心って見えないからさぁ、あの子、あー見えて純なところもあってさ、、、」
「何も言わないんだ、」「私が悪いって、それしか言わないの。」
「何があったかは聞かないけど、会ってくれないかな?」「今日の夜、謝りに行かせるから。」
大介は何も言えずに無言のまま、、うなずいた。

大介は帰り道、考えていた。この前のこと、自分のこと、ヒナのこと。
最初のキスが自分の思い描いたものではなかったことで感情的になったこと。なぜヒナがあんなことをしたのか?ということ。
「偉そうに、、ひも理論か、、、」

ヒナは今にも泣きそうな顔で、「ごめんなさい。」と言った。その後も言葉を発しようとしたが言葉が出せずに無言の時間がしばらく続いた。
大介はそんなヒナの姿をはじめて見て、驚いた。
「ひも理論。」
大介から話始めた。
「見えないものを見ようとする、偉そうに言っておきながら何も見ようとしてなかった。」
ヒナはやっと顔を上げて、大介を見た。
「正直、あなたのしたことに許せない感情はある、、、けど、それ以上に自分が未熟で間違っていたなって思う。」「僕の方こそ、ごめんなさい。」
ヒナは泣きそうな顔を必死にこらえながら、自分が悪いというように頭を横に振っていた。
「鍋でも、、どうですか?一緒に?」
大介はその場の空気を壊すように言葉を発した。

二人で鍋食べながら、ふと大介がヒナに聞いた。
「この前、キスのこと、なんか話していたけど、あれって何?」
「キス?」
「目をつぶるとかなんとか」
「なんでキスをするとき、目を閉じるか?っていう話?」
「私も聞いた話だから詳しくはないけど、視界という感覚をなくすことで他の感覚を鋭くなることがあるらしくて、二人の特別な世界に(心が)いきたいから目をつぶるんだって。」
「へぇー、視界をなくすことで見える世界?」
「うん、お客さんの中に目が見えない人の体験をするイベント(ダイアログ・イン・ダークネス)に行ってきたって人がいたの。」「目が見えなくて、他の感覚、その人は音に敏感になったって言ってたけど、いろんな感覚が鋭くなるって話してたの。」
「へぇー、、、目が見えない感覚かぁ。」「そんなこと、意識したことなかったな。」
「私も自分が経験したことはないからよくわかんないけど、キスの話もそのお客さんがしてて、キスの方はなんとなくわかるなって思って。」
「ふーん、、そうなんだ。」
大介の声のトーンを聞いて、ヒナは前みたいにいたずらをしようと思ったがそれはやめて、大介から視線を外して、食べ始めた。

大介も何を話せばいいかわからず、
もう鍋の季節も終わり、二人で食べるのはしばらくないのかなと

ヒナは帰る間際、そっと台所の引き出しに自分の指輪を一つ奥の方に隠し、置いていった。

前編終了

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