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郵便ポスト (1分小説)

303号室の郵便ポストを開けると、一枚、「リーチ」と書かれた白い紙が入っていた。

近くで、麻雀店でもオープンするのかしら。深くは考えず、バッグの中に入れる。

午後、団地のエントランスで井戸端会議をしていると、606号室の奥さんが「変な紙、ポストに入ってなかった?」と聞いてきた。

「もしかして、『リーチ』って書かれたやつ?」

ピンときたが、他の奥さんはキョトンとしている。へぇ、紙が入っていないお宅もあるんだ。


【翌朝】

郵便ポストを開けると、今度は『Wリーチ』と書かれた紙があった。

たまたま隣にいた203号室の奥さんが、のぞきこんできた。

「Wリーチなんて、そうそう出ないわよ」

興奮しているご様子。話によると、これはビンゴゲームらしい。

「縦、横、ななめ。どれかの列が入居者で埋まると、その列だけ家賃が半額になるの」

奥さんは、勝手に、他の人のポストまで次々と開けていく。

「アナタの場合、どうやら縦と斜めの列がきてるみたい。私は、縦だけがリーチなの」

団地は、築40年。

老朽化がすすみ、転居者があとをたたないため、オーナーが、苦肉の策として、このビンゴゲームを考案したのだという。

「ポストの状況とウワサから考えて、403号室か808号室に入居者がくれば、あなた、アガリよ」


【その翌日】

郵便ポストを開けると、「ビンゴ!」と書かれた紙があった。

ラッキー!誰か、入ってきたんだわ。家賃3万で、家族4人が住めるなんて、夢のよう。


【3年後】

「お母さん。また天井がミシッって言った。こわいよ」

ヒビだらけの部屋の中、息子が泣きそうな顔をしている。

すぐ上階で、布団をパンパンと叩く音がする。

私は、いそいでベランダへ飛び出し、
「また、変な紙入ってなかった?」
と見上げると、403号室の、丸々太った奥さんが身を乗り出した。

「ええ、立ち退き命令でしょ」

階下の、203号室の奥さんの声も聞こえてくる。

「いい加減、オーナーもしつこいよね。自分が考えたゲームなのに、今さら何が立ち退きよ」

団地の上階から下階まで、縦一列だけが、きれいにベランダに並ぶ布団。

「みんな出ていったけど、私たちだけは、とことん、ねばりましょうよ」

リアル・ビンゴゲームは、まだまだ続く。

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