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僕たちのキングオブコント

音楽を止めて窓を開けた。窓の外からは少し肌寒い風と、途切れ途切れコオロギの鳴き声が流れてくる。

さっきまでの風や雨の轟音は落ち着いたようで。

地球史上最大の台風の爪痕は凄まじくて、夜が明けても、まだなお安心できない地域の方や、避難してる方を思うと胸が痛む。


予定されていた現実は、日本中でキャンセルが相次ぎ、代わりに用意された現実に、皆が皆、不安な長い夜を過ごしてる。あいにく、自分の住んでる街はピークを過ぎたような気がして。出来ることと言えば、そんな夜を少しでも柔らかく、優しく出来たらなぁと。
僕なんかの、この夏の思い出を。

きっと、とうの前から顔を出してた季節に、ずっと、少しだけ待ってもらっていて。ようやく。やっとようやく、夏の終わりを受け入れることが出来た。

新しい街に引っ越した。8年住んだ曙橋から、代々木八幡に。同期4人で住んだシェアハウスから、これまた別の同期4人とシェアハウス。いや、いつ一人暮らし出来るんだよ。それでも給料は一個も上がってないのに家賃が3倍になって嗚咽が止まらない。なんでこんな無茶したんだろう。とは言え、慣れ親しんだ街を出る寂しさもあるけど、今回東京に来て初めて一人部屋を持つことと、新しい最寄駅からの新鮮な景色の彩りに、胸を躍らせてる。新しい日々に、胸を高鳴らせている。


「KOC優勝する為に9月〜来年6月までの10ヶ月で新ネタ100本作ります。」


そう宣言したのが1年前。それからキングオブコント優勝に向け、死にものぐるいで新ネタを作った。月10本ペース。あまりのしんどさに途中、身体と心がちぎれそうで、本当に死にものぐるいだったよ。


それでも頑張れたのは、応援してくれたあなた方や、家族や仲間がいてくれたおかげだ。これはもう本当にそうで。それしかないんだよな。


今年の予選、僕らはシードで2回戦からで。年間100本新ネタ作ったのに、2回戦で落ちたら最高に面白いぞなんて、色々と冗談で皆に言われて。僕らもそれはそれでまじ面白いかもなと思ったけど、とんでもない。そんなんじゃ納得出来るかよ。こんなとこで負けるわけいかねえだろ。つってもお笑いの、賞レースの怖さを重々知ってる僕は、正直怖くてたまらなかった。なんせ2年前の準々決勝じゃ、当時の彼女と結婚する為に、世界変えるぞ、絶対幸せにするんだと意気込んで、その年1番スベって落ちた経験がある。気持ちだけじゃどうにもならない。あの日の地獄の温度は、今でもしっかり目と耳と心臓にこびりついてて、僕を一瞬で絶望させるにはもってこいの記憶だ。


予選会場は今年の2回戦は、毎年準々決勝が行われる大井町のきゅりあんホール。もう3年連続ここで落ちてるから、僕らにとっても縁起悪い感じがして、不安が加速した。


それでも、このために100本やってきたんだと気持ちを強く持って、今僕らが出来る最高の2分ネタで勝負した。


出番が来た。明転して、最初のツカミ。信じられないくらいウケた。そこからはもう、ラストまでずっといい感じでウケ続け、オチも綺麗に決まった。自分達でも驚いた。賞レースでこんなに手応えを感じたのは人生で初めてだった。袖に戻り信清と、目を見合わせお互いに声を上げた。その日のトップクラスのウケだったと客席で観ていた関係者の方に言われ、そうか、やっぱりそうか。やってきた100本は間違って無かったんだ。3年間の呪いのようなきゅりあんホールのトラウマを断ち切ることが出来た。結果、僕ら準々決勝にコマを進めた。

そして鬼門である準々決勝。もうずっと、ずっとここで負け続けている。会場は2回戦の時と同じく、きゅりあんホール。吉と出るか凶と出るか。しかし、ネタ時間は5分となり、2分ネタとは全く別物だ。調整の期間が1週間しか無く、その間毎日劇場で念入りに調整した。大丈夫だ、絶対大丈夫だ。あれだけやってきたんだ。あれだけ力を貰ってきたんだ。


準々決勝は14時〜21時までの7時間の長丁場。僕らは最後の方のグループで、出番は20時過ぎだった。そりゃこれだけ長丁場で観たらお客さんもほとほと疲れるに決まってて、会場は今までになく重く、シビアな空気だった。それでも、やるしかないからやるしかない。5分間、夢中で駆け抜けた。2回戦の時より、ツカミが思った以上にこなかったが、焦ることなくやり遂げた。今までとは違う。ハートの強さは、ちゃんとこの新ネタ100本で鍛えられてた。


今までと違ったのはそれだけじゃなかった。今回の100本コントで、単独でゲストで出てもらったり、新ネタのコントをいただいたり、色々と切磋琢磨してきた芸人仲間の方たちから出番前に熱いエールを沢山貰った。自分たちも予選に出て、言わばライバルであり敵でもある僕らに、グッと強く拳を握ってくれた。僕もそれに強く握り返して。こんなことは今までなかった。今から闘いに行くのに、人にエールを送ってる場合なんかじゃないのに、事務所関係なく、痺れるような熱いエールを貰った。甘っちょろい考えかもしんないけど、僕はこれが全てだと思った。お互いに本気で、その本気が魂がビシビシ伝わって、それが分かるから。熱くなるよ。そりゃたまらんよ。この世界をまた好きになった。

東京の準々決勝の1週間後、大阪の準々決勝終わりの夜に結果発表がある。その日の昼は1日休みで、相方の信清と、うるとらブギーズの佐々木さんと3人で、生前お世話になった舞台監督さんのお墓参りに行った。


僕だけ早めに先に着いたもんだから、お墓の近くで、お互いに好きだったバンドの歌を爆音で流して買ってた金麦を飲んだ。2人と合流した時にはもうロング缶2本空けていて、気づけばアルバムは2周目に入ってた。


終わりで近くの居酒屋に入って、普段全く飲まない信清も佐々木さんも飲むって言うから、すっかり楽しくなってベロベロになってしまった。レモン水のような薄いレモンサワーと、蜂蜜のように甘いジンジャーハイボール。だったら無理すんなよって言いたいけど、僕らたまにどうしようもなくカッコつけたい時がある。そうなったらもう、しょうがねえもんな。家に帰ったら気づいたら爆睡してて、LINEの着信音で目が覚めた。時計は12時を過ぎてて、LINEの通知が唸るように来ていた。


「おめでとう。やったな。」


仲間たちからのお祝いの言葉だった。まだ酔いが覚めてないのと寝ぼけてるので、把握するのに時間がかかったけど、そのおかげで、ゆっくりと、染みるようにじんわり実感出来た。ゆっくりゆっくりと、次の勝負に向けて覚悟を決めた。


準決勝の余韻に浸っていたらジャングルポケットの斉藤さんからDMが来た。電話番号を教えほしい、と。


教えるとすぐに斉藤さんから電話がかかってきて、


「良かったな。頑張ってるからな。お前が報われなきゃ嘘だよ。
本も読んでさ、頑張ってるの知ってるからさ
愛されてるよおまえは、大丈夫だ。
しっかり休んで、決勝に向けて努力だ。」

溢れるほどの熱量でエールを貰った。普段仕事で一緒になる事も滅多に無いし、ほぼほぼ話せる存在じゃない大先輩から、こんな熱を貰えるとは。恐れ多さと嬉しさと全部重なって、正座して一言一句心臓に刻んだ。

僕なんかの何倍も何十倍も努力して先を走ってる斉藤さんに、頑張れよじゃなく、努力だ。と言われたのがなによりも痺れた。

目的を果たすために、全てを尽くして努める。ただ闇雲にやるだけじゃなくて、考えて考えて考えてもがいて、今出来る全てを尽くすことが大事なのだ。

僕たちは四年ぶりに準決勝に進出した。でも目的は優勝だ。圧倒的な過程と結果。じゃないとこの愛に返せない。

それから準決勝の2日間でかけるネタを叩きに叩いた。死ぬほど信清と話しあって、やる2本のネタを決めた。あいつと出会って10年、1番話し合った気がする。

準決勝当日。四年ぶりの赤坂BLITZ。初日のネタは、絵描き歌。作ってきた100本コントで1番手応えがあって、自信のあるネタ。でも賞レースでかけるのは今回が初めてで、やってみるまでどうなるか全くわからない。不安はあったが、それを上回る自信があった。それはなんだか、100コントの1番てよりも、今までやってきた何年もの芸人人生で1番、自分たちらしかったからかもしれない。

出番が近づく。僕らの前の大阪の同期、ビスケットブラザーズがネタをする。本当なら集中しなければいけないのに、あまりに良いネタで会場も大盛り上がりで、思わず袖で笑ってしまった。素晴らしく良いネタだった。おかげでリラックス出来たのか、緊張はあまり無かった。信清にネタ前に話してた。


「ネタ終わり、袖でガッツポーズしてる画しか想像出来ねえわ」

「俺もだよ。夢でみた。ぶちかましてたわ」


出番が来た。舞台に板着く。明かりが差す。僕らのネタが始まる。


そこから5分間。人生が変わる5分。全身全霊で叫んだ。自分たちの熱に、会場のお客さんの笑い声が混じる。空気が轟々と盛り上がっていくのを感じた。全部を、全部を出すんだ。

反応はとても良く。終わり礼をして、舞台袖に。それでも、もっとイケたな、もっとイケたはずだと2人で話した。その時、ああもっと行けるな、僕らどこまでも行けるわと思った。

そしてその夜に、KOCの事前番組収録。こんなひな壇に座っての豪華な収録なんて初めてで、どうしようかと不安と期待で息巻いていた。案の定、思った通りに綺麗にスマートになんかいかなかったけど、特技披露をきっかけに信清と喧嘩のくだりになり、良くも悪くも自分たちの良さが200パーセント出せた。


あまりにも長い喧嘩くだりに、スタッフの方たちはもうやめてくれって手を振ってたけど、周りの芸人さん方が笑ってくれて、終わりで極上に褒めてくれたから、なんだかもうそれだけでとても嬉しかった。


そして2日目。自分たちの中でも、予選を勝ち抜いて来たネタで、自信のある、それでいてもし決勝でテレビでもハネるであろうポップなネタを披露した。これと、もう一本、自信のあるやつで悩みに悩んだが、2人で何度も話し合い、このネタに決めた。


このネタで全てが決まる。思いの丈を全て乗せて、駆け抜けた。


反応は悪くないが、昨日のネタの方が断然良かった。そうか。しかし、こればっかりはしょうがない。僕らは今出来るベストを尽くした。それだけだ。


僕たちのネタの前に出番だった後輩のそいつどいつも、初めての準決勝で。かましにかましていた。終わりで、刺身がウケ過ぎて泣いてて、それを松本が笑っていた。これってもう、かけがけのない景色だ。いやおかげでその後の僕たちがちょっとくらったじゃねえかよ。ふざけんな。まあ面白かったからしょうがねえよな。


全てのネタが終わり、会場での結果発表。心臓が、ドクドクと全身が脈打つ。手が届いてる。3回目の準決勝、1番手応えを感じた今年、ずっと気が気じゃなかった。決勝に呼ばれるのは10組。1組目から呼ばれていく。身体が熱くなってるのか冷めてるのかわからなくなって、自分が今どんな顔してるのかもわからなかった。ずっと泣きそうだった。ただただ名前のわからないこの感情を、わけもわからない涙を堪えていた。そしてもう我慢出来ずに溢れるかと思った瞬間。


うるとらブギーズ!


全身にビリビリっと電気が走って、涙が引っ込んだ。


おおおお!!った、咆哮するうるブギさんに、共鳴するかのように感情が爆発した。

ずっと、ずっと何年も一緒に新ネタライブをやってきて、優勝を夢見て。6年も上の大先輩だけど、ずっと一緒に闘ってきて、面白いのに、もがいてきたのも、ずっと知ってたから、僕は同志だと思ってたから、なんだかもうたまらなかった。嬉しくて嬉しくて涙は本当に一瞬で引っ込んだんだ。なんか全部吹っ飛んだんだよ。

10組目が発表された。僕らはとうとう呼ばれることは無かった。

それでも、一緒に闘ってきた仲間たちや先輩後輩たちが呼ばれて、なんだかずっと変な気持ちで。悔しいはずなのに、どこかずっとふわふわした気持ちで。そのまま会場を後にした。

それから3週間ぐらい、シークレット制度の為、決勝進出をしたかを言うことは出来なくて。応援してくれてたお客さんにもなにも言えなくて、申し訳なく、それでもそのせいか、ずっと感情はふわふわしていて。決勝当日まで、嬉しいのか悲しいのかなんなのか、自分の気持ちが全然分からなかった。

決勝当日、自分の家で男性ブランコの平井や、同居人のみんなで観た。

そこでのトップバッターのうるとらブギーズさんがとんでもない高得点を出した。圧倒的な確かな技術と笑いと実力で。歴代史上トップバッターの最高得点を叩きだし、大会は最高に盛り上がった。


そして、中盤でのどぶろっくさんの大爆発。
予選でも圧倒的にウケてて、僕もそれを観て腹抱えて笑ったもんだから、なんの文句もない。


そして決勝はうるとらブギーズさん、どぶろっくさん、ジャルジャルさんの3組。


ここにブギーさんがいるという現実が誇らしく、ずっとドキドキした。


結果、優勝はどぶろっくさんだった。下ネタをあんなミュージカルで圧倒的にバカバカしく極上に仕上げられたら、それはもう優勝だ。


それでもブギーさんも優勝してもおかしくなかったし、実質僕は発表寸前まで、ブギーさんが優勝すると思った。惜しくも2位だったが、日本2位だ。優勝という新ネタライブを立ち上げ、それでこの結果は、もうかっこよくてならない。夢をみせてくれた。またしても僕は助けられた。夢をみたんだ。

終わりで、平井と近所の代々木八幡宮にお参りに行った。いや初詣じゃないんやからと笑う平井を無理矢理誘って、願った。

願いというより、強く約束した。人生を、この生命を全てかけて、夢中になるんだと。

神社の前で平井と別れて、なんだかこのまま帰るのもなと思い、ガードレールに座っていつものようにコンビニで買った金麦を飲んだ。ぼけっと座り込んでたら、ふと携帯の音が鳴って。見たら母親からのLINEだった。

「テレビみたよ。映ってたね。嬉しかった。あきらめず、頑張ってね」

その場で倒れ込んで、わんわん泣いてしまった。


ずっと泣けなかった。終わったのに、なんだか全然前を向けずに、この感情の行き先が分からずに、ずっとモヤモヤしていた。この一年死にものぐるいでやってきたこと、それでも優勝は出来なかったこと、決勝にも行けなかったこと、それでも沢山の人に応援してもらったこと、力をもらったこと、それが嬉しかったこと、全力を尽くせたこと。いろんな、いろんな思いがあって。それでもやっぱり僕は、悔しかったのだ。悔しくて悔しくてたまらなかった。全身がちぎれるような悔しさと無念。そんでそれでも、褒めてもらいたかった。なんてわがままな感情だ。

それを、福岡の片田舎から。賞レースのことなんて元よりお笑いのことなんてちっともわかってないし、僕は決勝には行けなかったことだけは事前に伝えていたけど。観ないだろうなと思って決勝のことなんか何も連絡してなかったけど。出番前の決勝進出者が発表される場面でチラッとだけ映る僕を、楽しみに観てくれたのだろう。そんな些細な1秒を、死にものぐるいの1年で得たたった1秒を、褒めてくれて。ちゃんと見ていてくれて。僕はもうたまらんかった。たまらんかったなあ。溜まってた感情や全部、一気に溢れ出した。頭が上がんない。全部お見通しなのだろう。

諦めろなんて、一回も言ってくれんもんなぁ。僕はそれが苦しいけど、それが嬉しくて、ありあまるほどに嬉しくて、頑張らんとなぁと思う。

ごめんと、謝るのは違うから、ありがとうを2回だけ返した。

よく見たら、女の子のイラストのLINEスタンプも一緒に送られて。母ちゃんからスタンプなんて初めてだったので検索したら、

「うごく!メンヘラちゃん。6(ネガティブ)」


100個ツッコミたかった。

もうすぐ60、還暦になる田舎の農家のお母さん、しっかりメンヘラだった。しかもうごくし、6て。シリーズ全部買ってるやろ。
(ネガティブ)て。映ってたね、も皮肉で全部言ってたのか。ちょっと情報が多すぎる。

なんにせよ、こんなに僕がすぐ高鳴って泣いてしまうのは、全て大メンヘラの血筋のせいだろう。

30過ぎた男メンヘラはだいぶヤバい。早くなんとかしよう。親が元気なうちに旅行とか全部、欲しいもん全部買ってあげたい。

親父は親父で、あんなに芸人になるの反対してたのに、今じゃすっかり応援してくれている。


こないだ親戚の姉ちゃんに聞いた話によると、謎に僕の代わりに両親が地元のラジオに出たらしく。何故か代わりに僕の本をプレゼンするという、どういうことか全くわかんないんだけど。これお父さんに内緒やからねと、姉ちゃんにその時の録音したCDを送ってもらって聴いたら、

「我が子に言うことじゃないかもしれないですけど、好きなこと夢中にやってるあいつが羨ましいっすわ」

と言っていた。なんだよそれ。ずりぃなぁ。僕は息子に言わず、そんなことラジオで言っちゃうあんたが羨ましいよと思っちゃったよ。

この一年、ずっと応援してくれたあなた方、どうも本当にありがとう。100本コント携わってくれた芸人さん方、スタッフさん方も本当にどうもありがとう。そんで母ちゃん父ちゃん、信清も、本当にどうもありがとう。
もうちょっとだけ、とことん付き合ってくれ。手が届いた。確かに届いたんだ。次はいけるよ。抱きしめるんだ。

きっと僕ら全然大丈夫。全然余裕だよ。
夢中なんだ。


読んでいただきありがとうございます。読んで少しでもサポートしていただける気持ちになったら幸いです。サポートは全部、お笑いに注ぎ込みます。いつもありがとうございます。言葉、全部、力になります。心臓が燃えています。今夜も走れそうです。