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馬肉になる馬を減らすことはできるのか

馬肉になる馬を減らしたい!
馬が馬肉になるのが可哀そうと仰る方をよく見かけます。
正確には馬肉になる元競走馬を減らしたいという意味だと思います。

馬肉になる元競走馬を減らすためにはどうすればいいのか?
私が競馬の世界に飛び込んだここ5年で得た知識を基に解説させて頂ければと思います。

結論

いきなり結論から申し上げると。今すぐ減らすのは不可能に近いです。なぜ不可能なのかを順を追って説明したいと思います。

1.競走馬の需要が高い
毎週木曜日にサラブレッドオークションという、すでにデビューをした競走馬を取引する市場があります。主に一旦地方競馬や他の馬主さんの元で走らせた方がいい判断された馬を地方をメインに走らせている馬主の皆様が購入されている市場です。

ここ数年、特にコロナ禍になってから私の体感ですが取引されている馬の値段が1.5倍に上がっているように感じます。コロナ前であれば30万円ぐらいで取引されていた馬が45万円。100万円で取引されていた馬が150万円という具合です。なぜ値段が上がっているのか?それは単純に競走馬の需要が上がっているからです。

新規の馬主さんが増えているのにプラスして、新規に生産を始める方も増加しており、先ほど紹介したサラブレッドオークションだけではなく、セレクト、セレクション、トレーニングといった主要なセリ市の中間値は確実に上がっています。以前よりも高いお金を払っても馬を買いたいという方が増えている状況です。

ではこの状況が馬産地にどう影響するのか?それは生産頭数の増加です。中間値が上がっているということは、生産すればするほど以前より高い値段で売れるということなので、1頭でも多く生産して利益を出そうとするのは商売としては当然の行動です。

生産頭数を増やすメリットを簡単に紹介します。

A牧場は今まで4頭生産していました。
セリに出品するのはある意味ギャンブルみたいなもので、1頭でも当たれば一気に負債を回収できたりします。その年だけでもなく2,3年前の負債をもです。

(1頭当たりをセリに出すまでのコストは400万円とします)

2016年のセリでの成績は
仔馬A 500万
仔馬B 350万
仔馬C 360万
仔馬D 440万

仔馬4頭の生産費4×400万で1600万
売値の合計は1650万

1650-1600=50で50万円の黒字です。

そして今年のように中間値が上がっている状況で生産頭数を増やすと

仔馬A 600万
仔馬B 300万
仔馬C 500万
仔馬D 350万
仔馬E  800万

仔馬4頭の生産費5×400万で2000万
売値の合計は2550万

2550-2000=550で550万円の黒字です。

仔馬B、仔馬Dはそれぞれ100万、50万の赤字なのですが
需要増加の効果で仔馬A、仔馬Cが例年より高く売れ、更に新規に導入した母馬の仔馬が800万と高額で売れたため大きな黒字を生み出すことができました。

少し出来すぎなパターンですが、生産頭数が増えれば増えるほど、赤字をカバーできる確率が上がるので馬産地全体で生産頭数が増えていきます。

そもそもなぜ引退馬が馬肉になってしまうのかという話ですが、その馬に馬肉以外に選択肢がなかったということを意味します。引退後の選択肢としては繁殖、乗馬の2パターンが主です。

現役時代に成績を残した馬は種牡馬や繁殖牝馬として余生を過ごすことができます。また大人しくて人に従順であったり、飛越の才能がある馬達は乗馬として訓練を受けた後に乗馬になります。しかし残念ながらすべての競走馬が繁殖や乗馬になることはできません。それはなぜか。毎年の生産頭数8000頭という数字が、全国の牧場、乗馬クラブが受け入れることができるキャパシティを圧倒的に超えてしまっているからです。さらに今のように需要が上がり続けると受け皿から漏れる馬が増える一方だと思います。

「だったらそのキャパシティを増やせばいいのではないか?」
という話になると思うので、次はその話をしたいと思います。

2.開業資金、国土、人材問題

乗馬のキャパシティを増やせば命が助かるとお考えになる方が多いと思います。私もその一人ですが。現状乗馬としての受け皿を増やすのはとても難しいです。その理由を簡単に紹介します。

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1.既存の乗馬クラブの馬房は満杯
既存の乗馬クラブの馬房は満杯なところが多く、新規に馬を引き受けることができる乗馬クラブさんはごくわずかです。また引き受けるタイミングというのは、今までいた馬が亡くなった、もしくは乗馬として活躍することができなくなり馬肉等になることを意味します。

行き先がない馬を救い乗馬クラブに送ることができたとしても、その裏では1頭の命が消えて行くかもしれません。


2.新たに乗馬クラブを作るには莫大な費用が掛かる
では新たに乗馬クラブを作ればいいのではないか?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、乗馬をはじめるためにはまず土地の確保が必要になります。お客さんがこれる場所で且つ乗馬場用の馬場を整備できる土地となると日本の国土では本当に限られてしまいます。さらに厩舎や、お客さん用のスペースを考えると初期費用だけでも莫大な金額が掛かります。

更に維持費の問題もあります。乗馬クラブの馬の維持費は1か月あたり約7~12万円です。1年で84万円~144万円程かかる計算になります。

厩舎に在籍する馬の殆どが預託馬(お客さんから預かっている馬)であれば維持費に関して気にしなくていいかもしれませんが、新規で乗馬クラブを開業タイミングでいきなり全馬房預託馬というのは非現実的な話です。

3.人材の問題
乗馬クラブを運営するためには人材の確保が必須です。しかし生き物を相手にする仕事なので、人材の確保がとても難しいです。人を雇うといろいろとお金もかかりますし、育成にも時間が掛かります。不慣れな方ばかりで運営してしまうと、事故は勿論ですが、体調管理が上手く行かず医療費が増え運営できなくなるという末路を辿ることになると思います。

とても簡単にまとめましたが以上の3点の理由により、新規で乗馬クラブを作ることの難しさをお分かりいただけると思います。

3.多くの人の生活がある

キャパシティを増やせないとなるとやはり生産頭数を減らさなければ、競走馬が馬肉になるということを無くすことはできません。しかし現在競走馬の需要が増えている為難しいと最初に説明させて頂きました。

では仮に国の政策等で年間の生産頭数が抑えられた場合何が起こるでしょうか?馬肉になる競走馬は確かに減るかもしれません。しかしその裏で多くの方が失業することでしょう。

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・生産牧場のオーナー、スタッフ
・調教師、厩務員
・獣医
・肥育場
・競馬用の飼料(牧草)を生産されている方々
・馬運車

と、この他にも多くの方が職を失うことになると思います。

「でも頭数が減れば馬肉になる子が減るんでしょ?」
と思われるかもしれませんが実はそう簡単な話ではありません。ただでさえ需要が高い競走馬の頭数が減れば1頭当たりの値段が高くなり、乗馬クラブが簡単に馬を仕入れることが難しくなります。飼料を販売するところが減ると1頭当たりの維持費が高くなります。となると今よりも乗馬クラブの経営が難しくなり結局今と変わらない、むしろ失業者を増やし今乗馬クラブで生活している馬達の生命を脅かすのではないかと懸念しています。

ただただ生産頭数を抑えるだけでもこれだけのデメリットが生じてしまう可能性があるということをご理解いただけると幸いです。

4.ではどうすればいいのか?

お恥ずかしい話ですが、私には正解は分かりません。

そもそも馬肉を減らすこと自体が正しいことなのか私には分かりません。

よく馬肉の話題になると肥育場の方々を悪のように語る方が多いですが、むしろ役割が無くなった競走馬を放置せず、最後まで面倒を見てくださる肥育場、屠畜上の皆様に感謝しなければいけないのではないかと思います。

生き物は元々種を繋げることを目的に生きています。人間は賢くなりすぎたせいでその本来の目的を見失っているかもしれませんが、多くの生き物が自分たちの種の保存のために日々命を懸けています。

馬もそうです。サラブレット達は品種改良され、人間に頼りながらですが種の保存のために命を懸けてターフを駆け、子供を産み馬という種を繋げて行っています。

人間の手で品種改良され、人間に頼らないと生きていけない馬達のことをただただ憐れむのではなく、なぜ馬肉になってしまうのかと理解するのが私たちができる1歩目なのではないかと思います。その上で馬産に携わる皆さんたちの意見をしっかりと伺い、どのようにこの問題に向き合っていくか話し合っていかなければいけません。

一部の愛護団体様は馬主、牧場さんを批判し、競馬廃止を訴えます。

しかし彼らは競馬場が廃止した後の現実を受け止めようとはしていません。

競馬場廃止=今いる馬達がどうなるか。ここまで読んで頂いた方は理解して頂けると思います。そんな彼らの一方的な声を馬産地は受け止める訳がありません。その結果が何も変わらない現状なのかなと思っています。

私個人も競走馬として生まれた馬達は最後まで競走馬として生きて欲しいとは思いますが、現実はそう甘くありません。ただ1頭でも多くの馬に余生を過ごせる環境を与えたいと考えています。その為に引退後の馬がどのように人と触れ合うことができるのかというのを広める活動をしております。引退馬という存在を知らない方に知って頂ければ、引退馬市場にお金が沢山流れるようになり、引退馬として活躍できる馬が増える(キャパシティが増える)のではないかと考えています。

この記事を読んで頂いた方で「馬肉になるのは可哀そう」とお考えになられていた方は、競馬の歴史や、どれぐらいの馬が馬肉になっているのか一度お調べになってみてください。この問題に向き合うためのスタート地点はまずそこからだと私は考えています。

最後まで読んでくださりありがとうございました。雑な記事で恐縮ですが、読んでくださった方に新たな視点を得て頂ければ幸いです。

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