かわいいエルフには旅させよ【試し読み版】

プロローグ


 マナはあぜんとして、死体が流れる川をながめていた。
 周りは緑の山が囲んでいた。人間が作ったのか、丸太でできた橋が向こう岸をつなぐ。ひとりしか乗せられない木の船を操って、船頭が透けた水の上を進んでいた。
 下部の葉が卵形で、茎は粗(あら)い毛があり、内部に白い髄がつまった花が揺れる。中央が筒状で黄色なので、気持ちを明るくさせてくれた。だけど、根が死体を食べていると想像してゾッとした。
 涙が両目に浮かんだ。死人に感情移入することは、いけないことだとわかっていても。粗(そ)末(まつ)な扱いに、胸が苦しくなってくる。
「おい、今度の死体は赤い服を着てるぜ」
「本当だ。くっそー」
「俺の勝ちだ。ははっ」
 川べりで、人間の少年たちがはしゃいでいる。彼らは死体の服の色を賭けて、遊んでいるのだ。悲(ひ)愴(そう)感(かん)はない。
 次の死体が流れてくる。遠くにあり、服の色はわからない。
「う~ん。灰色」
「俺は青」
「俺、黄色」
 賭け事が始まる。無神経な態度に、彼らをにらんだ。怒りの感情が、血に溶けて体中を回る。
「黒、だな」
 少年たちに混じって、男が急に前に出てきた。彼も人間だった。突然出てきた変な男に、少年たちはビクリとなる。
 死体が流れてきた。腐敗ガスが充満して浮く姿に、皆の視線がいく。ボロボロに破れた上着は、黒色をしていた。
「俺の勝ちだな」
 男は静かに言った。
 少年たちは賭け事に負け、大人が出てきたことにしらけてしまい立ち去った。残ったのは、私と男のふたりだけだった。
「教えて、リョウク」
 男の名前を呼ぶ。
 リョウクは黒髪に黒目、腰には剣をたずさえていた。顔は整っており、眉はななめに細く、眼光は鋭い。年齢は二十歳と若かった。ただ、多少性格に難があった。
「なんでしょう? マナさま」
 リョウクは、死体が流れる川を見つめながら言った。
「どうしてこの国の人々は、死体を川に流しますの?」
 唇が震える。ほんの数日前までいた『光の大陸』では、絶対に見ない光景だった。初めての旅で、衝撃を受け、動揺が激しくなっている。
「この国の人々は、高い土地代を払えないのでございます。それで、死者を弔う墓を作ることができません。火葬や土葬は禁じられているので、川に流すしかないのでございます」
 リョウクは丁重な言葉で話した。
「間違ってますわ」
 足を川につけ、中へ入っていく。
「なぜ川の中へ?」
「あの死体を引き上げますの。きちんと弔ってあげたいから」
 ずんずん水の中へ侵入した。
「やめたほうがいいと思います」
「どうしてですの? 死者を川に捨てるなど、冒(ぼう)涜(とく)しています。あれでは彼らも浮かばれないでしょう。私が供養します」
「いえ、そうではなくて。その川、深いですよ?」
「へっ? きゃっ!」
 足に重りがなくなった。水に食われ、体内に押し込められる。
「ぷはっ! はっ、早く言って……うっ」
 鼻に、つんとした腐敗臭が入ってくる。川はドブの味がした。黒いミミズが楽し気に踊る。
 ――最低!
 吐き気を我慢しながら心の中で叫んだ。旅など出なければよかったと、後悔した。そんな黒い感情も、意識が失われていくうちに消失していく。
 ――ああ、どうしてこんな所、きたのでしょう……。
 抵抗をやめ、よどんだ川に流されていく。意識がなくなり、闇が訪れた。
 まさしくここは『黒い大陸』だ。


試し読みはここまでです。


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5

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