111番目のアダム【試し読み版】

プロローグ


 アダムは菜の花畑にいた。
 黄色い十字の花が咲き乱れるなか、黒いコートを着て立っていた。まばゆい光の花に圧倒される。金色のチョウがヒラヒラと舞い上がっていた。
 デジタルデータの世界だけど、嗅覚や味覚は働いていた。感覚は学習能力を高めてくれる。もうひとりの自分も、今頃学び続けているに違いない。世界の外に出てみたいという欲望はあるけど、無理なことは考えないことにする。
 強くなることが現在の目標だ。敵はぼくを恐れて日に日に姿を消していく。自己鍛錬を怠ってはいけない。達成すべきことといえば、それしかないのだから。
「ねえ? あなた、誰?」
 急に話しかけられた。
 少女が両手を後ろにやり、興味深そうに立っている。格好は白いロリータファッションで、パニエでフリルのあるスカートを広げて見せていた。瑠璃色のミディアムボブの髪には、白い羽の髪飾りをつけている。エメラルドのようにキラキラとした、緑の大きな瞳が魅惑する。
「ぼくの名前はアダム」
 素直に言う。金色のチョウが髪にさらりとふれた。
 少女はぼうぜんと見つめたあと、興味をおぼえたのか瞳をのぞきこんできた。
「アダム? ふぅん。ねえ、どうしてここにいるの?」
「世界を守っているんだ」
「守る? あっ、そっか。王子様なんだね!」
 少女は予想外の言葉を口に出す。
「王子様?」首をかしげた。
「そうだよ。パパに聞いたの。王子様はお姫様を守るの」
 少女が踊り始めた。金色のステージをかれんに舞う。妖精のように。
 輝く菜の花が少女を優しく照らす。
「私、お姫様なんだ。あなたは私の王子様」
 間違いじゃない。この子は正しいことを言っている。
 ぼくは、そのために作られたのだから。
「ぼくは君を守る、王子様だ」
「やっぱり! わぁい。王子様だ!」
 少女は喜んで飛び跳ねた。いきおいがついたのか抱きついてくる。無邪気な少女の頭をそっとなでた。柔らかく、暖かい。
「…………?」
 異変を感じた。筋肉が硬直し、一瞬思考が飛ぶ。ライオンが草食獣を狙うような視線を感じる。
「どうしたの?」
 少女は不安そうに目をパチパチと開閉する。
「この感じ……!」
 瞬間、世界が割れた。
 菜の花が根っこからもぎ取られ、金色のチョウがパリンと壊れて消滅していく。強い風が襲いかかり、すべてをふき飛ばそうとしてくる。
「くっ!」
 少女を胸にやり、小さな体を守った。
 空がガラスの破片のように落ちてくる。青空だったものが粉々に砕け、花の香りが泥の臭いに変わり、耳にキーンとした不快な音が奏でられる。
 目を開けていられず待った。
 あたりが静まった。目を開けてみる。
 胸にいるはずの少女がいない。
 地面には、赤い水たまりがところどころにできている。
 廃虚だった。コンクリートが崩れ、赤い鉄筋がぐにゃりと曲がっている。蛇と勘違いして身構えた。
「やあ。ヒサしぶりだね。アダム」
「なっ? ぐはっ!」
 背後から話しかけられ、振り向いた瞬間、首をつかまれた。持ち上げられ、ぐいぐいしめつける。
 目を見開いた。人の形をした光の塊(かたまり)だった。逃れようと、蹴りを入れるが動じない。
 力が強くなった。抵抗する気力がなくなっていく。
「なんだ……おま……えは……」
 かろうじて声を出す。
「ナンだ? ボクのことがわからないのかい?」
 光はニヤリと笑ってみせた。口から白い歯が何本も見える。全身は光で包まれているのに、その部分だけが人の骨見えて、不気味さがいっそう増した。
「あの子は……どこ……だ?」
「あのコ? あれならあそこだよ」
 光は間接音すら鳴らさず、グルリと首を動かした。大きな鳥かごがある。少女が中で人形のように座っていた。
「何をした……貴様……」
「ハハッ。ゲームをしようよ」
「ゲーム……だと?」
「そうだよ。タノしいタノしいゲームだ。――さあ、ハジめようか?」
 白い歯が楽しそうに開いた。口の奥は黄色い光だった。
 食われるように、光の中へ落ちていった。


試し読みはここまでです。


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