GPS【試し読み版】

 黒いオイルが垂れ流されたような海の上で、海原美樹はスマートフォンの画面をフリックしていた。
 情報が上から流れてくる。高校一年生になって、初めてツイッターを始めた。
 ここは埋め立て地だ。バブル期に大規模な整備計画がなされた。予想が外れ、テナントがこず、巨大な負債になっている。大橋にある歩道の近くに車道があるのだけど、深夜になると車はほぼ通らない。
 鉄柵に腕を置き、橋に設置された航路灯の下で文字を打ち込む。初めての操作なのでなかなか慣れない。中学生の頃に仲が良かった親友、早百合とおしゃべりしたくてやめられない。
 ツイッターは鍵つきだ。承認したフォロワーのみ、美樹のツイートを見ることができる。フォロワー以外のユーザーには非公開となり、送信したツイートを読まれることはない。
 フォローしているのは早百合と、あとは映画情報とコンビニスイーツ情報。フォロワー承認しているのは、早百合と間違って承認してしまった企業広告ぐらい。
 おしゃべりを公にするのは、さすがに抵抗がありできなかった。早百合もそうだ。使いやすい別のコミュニケーションツールを見つけたら変えようと思う。まだまだスマートフォン初学者から脱出できない。
『で、先輩とどうなったの?』
 早百合から返信ツイートがきた。
 直球だったから、つい学生服の赤いスカーフを指に巻いてしまった。しばらく黙っておく。ため息をつき、指を動かした。
『……ふられた』
 十分相手に今の気持ちが伝わったようだ。アニメ調のイケメンアイコンから、返信が返ってこない。どうせ企業広告は何万とフォローしているので、こんな会話など見てもいないだろう。
 クルリと向きを変えると鉄柵に背を置いた。こんな気分だからこそ、ここは居心地が良かった。小さい頃から近くの賃貸住宅に住んでいるので、この橋の上が最高の穴場だと知っている。
 潮の香りが心地いい。
 ぼうぜんとしていると、珍しくトラックが車道から走ってきた。クラクションを鳴らす。驚いて、つい横を向いてしまった。
 ――……あれ?
 橋の入り口に、誰かが立っていた。奇妙だ。
 顔が長い。
 いや、違う。紙袋を頭からかぶり、顔が見えない。袋に二つの穴をあけ、こちらをじっと見つめている。
 手には首輪を持っていた。犬用かなと思ったけど、どう見ても大きい。
 ちょうど――人の首サイズの大きさ。
「……何?」
 恐怖。
 この歩道を歩く人はめったにいない。たまにランニングしているおじさんが通るぐらいだ。普通の格好をした人だったら、こんなに不気味さを感じなかった。
 紙袋が動いた。深夜なのでよく見えなかったけど、どうやら男ものの黒い学生服を着ている。前でボタンをしめるやつだ。
「何? 何?」
 スマートフォンを抱いてあとずさった。
 突然のできごとなので、まだ現実感がない。
 目の前の異様な人物が、先輩にふられたショックで見えている幻だと思いたい。一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。紙袋がベコベコ呼吸でヘコんだり、膨らんだりしているので興奮しているのだとわかる。
「フウッ! フウッ!」
 男の息づかいが聞こえてしまう。
 夏の夜の道にあらわれた幽霊であればどれだけ救われただろう。
 しばらくすれば消えてくれるから。
「美樹ぃぃぃぃぃっ!」
 紙袋の男が叫んだ。
 静かな海に響きわたるぐらいの大声で。
 走ってくる!
「やっ、やだぁ!」
 当然逃げる。
 紙袋の男が叫んだ名前は、ごまかしようもなく私の名前だ。考えたくないけど。
 ――男は私を狙ってる!
 こういうときにかぎって、車が車道に走ってこない。橋が終わる所で夢じゃないかと思って後ろを振り向くと、小麦色の紙袋が暗闇の中間違いなくこちらに向かってくる。
「誰かっ!」
 精いっぱいの悲鳴。
 追いつかれたら、あの首輪で何をされるのか想像している暇なんてない!
 逃げる! 足を動かす!
「美樹ぃぃぃぃぃっ!」


試し読みはここまでです。


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因幡雄介

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