白雪の記憶【試し読み版】

プロローグ


 青い鳥がいた。
 羽は鮮やかな青。脇腹はきれいな黄色。クチバシの周りは白い。つぶらな黒い瞳が見つめている。
 ルリビタキだ。小鳥の名前を思い出した。鉄柵の窓の間から何も鳴かず、ぼくをながめている。
 窓の外は白い。何もない色。何一つ混ざらない、純粋で、無(む)垢(く)な純白。
 ぼくはあおむけに寝ている。体は動かない。首や手や足に、冷たいものが絡まっている。
 意識は遠い。まぶたが重い。気配がとなりでした。敵なのか、味方なのかもわからない。
「完全に記憶…………自分の名前…………なる…………」
「かまわん…………望んだ…………俺はただ…………付き合ってやるだけさ」
「ウキャキャ…………人格が復活…………万事うまくいく…………」
「そうだな…………いくといいな。さあ――苦しむがいい」
 獣の甲高い声が聞こえる。もうひとりは誰だったか。
 呼吸が一定のリズムを刻み始めた。意識をたもてない。両目を閉じて、暗い闇の中に身を委ねていた。

   *

 耳に、何かが動く音がした。
 目を開けると、黒い固まりのような虫が頬(ほほ)をゆうゆうと歩いている。手をのばし捕まえる。ただの地面だと思っていたのか、あわてて逃げようとする。表面の油が小さな光を反射した。
 興味をなくし放った。虫は闇の中に逃げていく。
「うっ……」
 上半身を起こそうとすると、首が何かにひっかかった。手で探っていくと、冷たいものがふれた。不快になりおもいっきりひっぱると、簡単に取れた。
 首の部分の違和感はなくなったけど、手足に何かある。両手をひっぱると、それも簡単に音をたてて壊れた。鉄の輪だった。
 両足には鎖のついた鉄の輪がある。片手で輪を持ち、にぎりしめ砕く。もう一方の鉄の輪も簡単に砕けた。
 台の上からおり周りを見回す。牢(ろう)屋(や)だった。石の台の上に寝転がっていたようだ。
 見たことのある鉄柵の窓。外は暗い。
 牢(ろう)屋(や)の出入り口である、鉄のドアが閉められている。押すと、鍵が壊れ簡単に開いた。
 壁は黒いレンガでできている。光は何もない。目が闇に慣れてきて、牢(ろう)屋(や)の外がわかってきた。
 縦に長い鏡があった。自分の姿がよく見える。細身で筋肉質。髪と瞳は闇と同化するぐらい黒い。容姿は眉が柔らかい曲線を描いており、目が大きい。笑うと優しい表情になるだろう。
 十代の少年のように若かった。服は着ておらず裸。
 鏡の周りにはいろんなものが置かれていた。
 とげつきの首かせがある。重量は五キロぐらいあり、とげは骨に食い込む鉄製のやつだ。
 鉄のむちがある。あれでたたかれれば、皮膚がめくれ、筋肉が見られる。
 あのゆりかごは、つり拷問と呼ばれている。滑車、鉄のベルト、三(さん)角(かく)錐(すい)の木製の台があり、下から責(せ)めることができた。三(さん)角(かく)錐(すい)の先端が、肛門や膣(ちつ)に激しい痛みを与える。
 頭痛がする。違和感に気づいた。
 どうして、こんなに拷問器具にくわしいのだろう?
 あれは頭蓋骨を粉砕する冠。
 あれは足を砕く靴。
 あれは皮膚を切り裂くハサミ。
 拷問器具をよく知っている。
 金属の表面に、どす黒い液体がつき乾いていた。床には赤黒いものが流れ、排水溝に続いていた跡がある。どこからか、腐った肉の臭いがただよってきた。
 何かの気配がした。ギロチンの上に小さいものがいる。
 青い鳥、ルリビタキだ。剥(はく)製(せい)のように、羽も開かず、鳴き声も上げず、魚のような無機質な瞳でじっと見つめられている。
 恐怖を感じた。あんなに小さい鳥なのに、怖くてしかたがなかった。
 逃げだすように、石の階段を上がり続ける。石は冷たい。
 はだしだった。肌が寒い。どうして裸なのか理由がわからない。
 わからないという言葉が頭をグルグル回り、次から次へと疑問がわきだす。
 なぜここにいるのか?
 どうしてここにきたのか?
 ぼくは何歳なのか?
 男なのか? 女なのか?
 名前は?
 ぼくは、誰だ?
 気づいたら外にでていた。どこなのか知るのが怖くなり走り続けた。
 暗い森だ。木の隙間を抜けていく、風が異様な音を立てる。太陽がなくても目はよく見えた。
 体力はあり余っている。枯れた木の枝や鋭い葉で、皮膚が傷ついても再生していく。小石が足裏に食い込んでも痛みを感じない。
 となりの木々の間から、白い光が見えた。走っているぼくに並走している。幽霊のように揺れる光は、小さな女の子だった。
 女の子は、けわしい顔つきでにらんでくる。怖くなり走る速度を上げた。少女はいつの間にか消えていた。
 頬(ほほ)に、冷たいものがつたう。泣いていた。涙が流れ続けた。
 走りながら、誰かに聞きたくてしかたがなかった。
 教えてほしい。ぼくは、人間? 


試し読みはここまでです。


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因幡雄介

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