ミヤコ60歳『異世界』に再び転生す【試し読み版】

プロローグ


 利根川都はとぼとぼ自宅に帰っていた。
 年齢は今年で六十歳になる。
 ダンナは五十八歳のときに病気で死んでしまった。
 子供たちは大きくなり、マンションで孫たちと暮らしていた。

「あっ、おみそ汁を買うのを忘れていたわね。まあいいわ。近くのコンビニでレトルトを購入しましょう」

 最近ボケてきた気がする。
 子供たちの世話になるのは申し訳ないので、そろそろ施設に入ることを考える。
 年を取ると、お金を使うことがないから貯金はたまっていた。

「ニャー」

 猫が道でお座りをしていた。
 変わった猫だ。
 野良猫にしてはきれいな毛並みをしている。
 碧い瞳に白い毛並み。
 茶色のまだら模様が美しい。

「まあかわいい。猫ちゃん猫ちゃん。こっちにおいで」

 一目で気に入ってしまった。
 その場に座り手で誘ってみる。
 猫は警戒してか、近づいてこない。

「あっ! そうだ! 煮干しがあったわ。ちょっと待っててね」

 買い物カゴをさぐってみる。
 猫は一声鳴くと、車道に飛び出していった。

「あらあら。危ないわよ。こっちにいらっしゃい」

 買い物カゴを置くと、猫を捕まえようと車道に出ていく。

「ニャー」

 猫が笑った気がした。
 奇妙な感覚にとらわれる。
 意識が現実に戻った。
 耳にサイレンが鳴り響く。

「えっ?」

 トラックがやってきていた。
 運転手が何か叫んでいる。
 耳が遠くなってしまったのか、ごう音が聞こえたと思ったら真っ暗になった。
 鋭い痛みが一瞬したけど、すぐに消えてしまった。


第一章 ミヤコ、雪の女王の依頼を受ける


 ミヤコが目を開けると、世界は真っ白だった。
 きょとんと空を見上げる。
 徐々に寒気と冷たさで意識が覚醒し、あわてて起き上がった。
 地面は雪でおおわれていた。
 おかしい。
 季節は夏だったはずだ。
 朝起きたら蚊にかまれていた。
 夏といえば蚊取り線香。
 皮膚が赤く腫れているはずだ。
 腕をまくってみる。

「あれ?」

 肌が雪のように白く若々しい。
 筋肉が細くなり、血管が見え、シワシワだったはずなのに。
 一瞬誰の腕かわからず、つねってみた。
 痛い。
 間違いなく自分の腕だ。
 手のひらで顔をふれてみた。
 でこぼこの肌だったのに、なめらかでスベスベしている。
 髪の毛もはえてこなくなって、短くしていたはずなのに長い。
 色まで違う。

「あれ? あれ? どうなってるのかしら?」

 訳がわからない。

「お~ほっほっほっほぉ。久しぶりね。ミヤコ」

 派手な女性が手を口に当て高笑いしている。
 胸の谷間がすごい。
 銀色の髪に銀の服装と、宇宙人みたいな格好をしている。
 しおれた白い花の冠をかぶっていた。
 髪は長いロング。目は細くて大人びている。
 年齢は二十代ぐらいだろうか。若い。
 モデルにいそうな女性だ。

「あっ、えっと……こんにちは。お寒いですね」

 ニコリと笑ってあいさつ。
 誰かは知らないが。

「あっ、これはご丁寧に。こんにちは。最近めっきり寒くなりましたねぇ……って違うわ! 私よ私! 雪の女王リーズンよ!」
「レーズン? ああっ、ドライフルーツの」
「そうそう。ぶどうの。甘くておいしいですわね。って違います! リーズンよ! リーズン! 昔戦ったじゃない!」

 リーズンはノリツッコみしてくれるので、意外といい人だった。

「昔戦った……ですか? ごめんなさい。最近ボケてきたせいか、記憶がなくなっちゃって。あれ? 声が透きとおってる?」

 しわがれた声が活性化している。
 呼吸がよく通る。
 吐く息に臭いがない。

「しょうがないですわね。思い出させてあげますわ。それっ!」

 リーズンが腕を上げると、雪から姿見が出現した。
 手品師だったのだろうか?
 鏡には知らない女の子が映っている。
 ピンクの花の髪飾りに、緑の髪の毛。
 チャイナドレスみたいな服。
 スリットからのぞく足が細くてきれいだ。

「あらかわいい。あなたのお子さま?」
「残念ですけど、私は独身ですわ。あなたよあなた。鏡に映っているのは、あ・な・た」
「はあ、私、なんですか?」
「反応鈍いわね。異世界で私と戦ったじゃない。魔法剣士ミヤコ」
「異世界……あっ!」

 思い出した。
 十六歳のときだ。
 学校で授業を受けていたら、突然異世界に飛ばされた。
 そのあとなんやかんやあって、魔法剣士となり、異世界を救った。
 ……ような気がする。

「ああっ! 異世界で魔法剣士やってましたね。お恥ずかしい。あのときはお世話になりました」
「…………」
「どうかなさいました?」
「あなた。本当に魔法剣士ミヤコなの? 性格がぜんぜん違いますわ。当時は気性があらくて、えらそうで、私の胸ぐらつかんで往復ビンタしたのよ」
「そっそんなことしてましたっけ? ごめんなさい。そういえば、いっぱいバカなことをやってましたね。あんまり思い出せない……ごめんなさい!」

 リーズンにビンタした記憶がよみがえってきた。
 彼女は世界を雪の世界に変えて、雪だるまで序列を決めると宣言した、頭の弱い人なのだ。
 えらそうだと言われたが、そっちのほうがもっとえらそうで、なまいきで、人の言うことを聞かなかったから、手が出てしまった。
 ここは笑ってごまかそう。

「う~ん。おかしいですわ。私の知ってるミヤコはこんなに落ち着いてなかったですわ。熊を一撃で殺すような女だったですわ」

 リーズンがジロジロ見だす。
 熊を一撃は言いすぎだと思った。
 かよわい女の子だったはずだ。
 たぶん。

「あのぉ。申し訳ないのだけれど。そろそろ自宅に帰してくれないかしら? 夏休みだから、明日孫たちがやってくるんです。お料理の準備をしないと」
「孫? あなた、結婚したの?」
「ええ。息子ひとり、娘ひとりさずかりました」
「うっうそでしょ! あなた結婚しないって言ってましたわよ! 永遠の美しさをたもって、男たちをたぶらかして、財と富を手に入れてやるって! どうせ熟年離婚するだろうから、もらえるものは全部もらってやるって! 子供は金かかるし、扱いがうっとうしいから、いらないって!」
「いっ言ってましたっけ? そんなこと?」
「新世界の美魔女になるって夢はどうしましたの? いったい誰なのあなた? ミヤコは? ミヤコはどこにやったの?」

 リーズンに肩を揺すられながら思った。
 若い頃の私ってバカだったんだ。
 過去の自分はイタイ人でした。 

「言っとくけどな。異世界に再び戻されたのは俺も同じだぞ」

 ビクッと、リーズンと一緒に驚く。
 雪が積もった木の陰に誰かいる。
 男性だ。
 眉がキリッとしていて、細目だが、どこか暗い雰囲気をただよわせている。
 髪の毛は黒く、瞳も黒い。
 年齢は高校生ぐらい。

「あなたは、マナト!」
「ええっ? マナトですって!」
「ミヤコとともに異世界からきた『灰燼のマナト』。私の雪だるまを一瞬で灰にしてくれましたわね」
「マナト君! 元気でしたか? まだまだお若いですねぇ」

 なつかしさで涙が出てしまった。
 指をそっと目にやる。
 年を取ると涙もろくていけない。

「……誰だよそれ?」
「えっ? マナト君じゃないの?」
「違うよ」

 男は暗いオーラを木から出し始めた。
 陰鬱で陰険。
 その言葉がよく似合う。

「なんですって? 私をだましたのね! なんて人たちでしょう! さすが、この雪の女王を倒した勇者たちですわ」

 名前を間違ったリーズンは、強引に罠にひっかかった状態にしている。

「あらあら。ごめんなさい」

 ペコリと頭を下げた。
 何年も会ってないのだから、おぼえているわけがない。
 年賀状も、手間なので、今年で終わらせていただきますと返事を出したばかりだ。

「俺はシビトだよ」

 男は顔を木に隠し、幹に額をつけたまま名前を言う。
 わざとなのか腕がダラリとたれた。
 おぼえられていないことが、ショックだったらしい。
 ちょっと悪い気がした。

「シビトですって! ……ねえ、ミヤコ!」
「あっ、はい」

 リーズンが小さな声で話しかけてくる。

「誰ですの?」
「さあ?」
「あなた仲間だったんでしょ! 異世界に呼び戻されたとか言ってますし」
「わかりませんよ。あと十年ください。思い出しますから」
「思い出す期間が長すぎですわ!」

 リーズンにツッコまれるが、思い出せないものは思い出せない。
 シビト、シビト、シビト……。
 ダメだ。
 近所で見えない妖精を追いかけている、おじいさんしか思い出せない。

「そりゃおぼえてないよな。俺はミヤコたちの仲間に入ってないもんな」

 シビトは背中を向け、雪を掘り始めた。
 穴に入るつもりだろうか。
 この寒さでは死んでしまう。

「ごっごめんなさいね。今思い出しますから。ええっと、ええっと……」
「俺はお前が話しかけた、村人Aだ」

 シビトはこちらを向き、キラリと白い歯を光らせた。

「そりゃおぼえてないですわよ! 私と戦ってすらいないなんて! 何しに異世界に戻ってきましたの!」

 リーズンがカンカンに怒った。
 村人A、村人A、村人A……。
 だめだ。
 話しかけたことすらよみがえらない。

「とにかく。そんな所にいてはだめよ。私と一緒に暖かい所に行きましょう」
「えっ? 俺と子作りしましょう?」
「暖かい所ですよ。お耳が悪いんですか?」
「すまん。年を取って耳が悪くなってしまったんだ。俺は六十歳で定年退職して、委託契約で働いてたからな。最近仕事を辞めたんだ」
「あらそうなの? お勤めご苦労さま」
「ありがとう。そんなことを言ってくれたのはミヤコだけだ」

 シビトは涙もろいのか、シクシク泣き始めた。
 いろいろとあったのだろう。
 年を取るといろんな人生を送るものだ。

「なんですの? この落ち着いた会話」

 リーズンがぼうぜんとながめている。
 そんなことより、元の世界に帰らないと。
 定番だが、何かを解決すれば帰れるだろう。

「それでリーズンさん。何かご用?」
「あっ、そうそう。実は今大変な事態になってますの」
「あらあら。何かご病気? がん?」
「そうそう。年を取ったら病気が多くなりますのよねぇ。って違うわよ。冬が終わらないの」

 リーズンは腰に手をやって言う。
 そうか。今は冬なのか。
 どおりで雪が積もっているわけだ。
 シビトの頭は、すでにアフロみたいに白いものが盛り上がっている。

「妹が塔に閉じこもってしまいましたの。季節の引き継ぎをしたのですが、まだ早かったようね」
「はあ。私たちはどうすれば?」
「妹を塔から出してほしいの。そうすれば、春の女王が塔に入れますわ。身内の問題は、身内で解決する。それが決まりですの」
「はあ……」
「やる気ないわね」

 リーズンが顔をしかめる。
 そりゃそうだ。身内で解決すればいいのに、どうして私たちを再び異世界に転生させたのか。
 早く元の世界に戻って料理の準備をしなければ、孫たちがきてしまう。
 異世界に呼んだ理由がマヌケすぎた。

「村人Aでも解決できる問題だといいけどな」

 ぬっとシビトがあらわれる。
 長身だし、意外と顔が整っている。
 だけど暗いオーラはそのままだった。
 服も地味で、村人が着てそうな服装だった。

「わかりました。妹さんを塔から出しましょう。お手伝いしますよ」

 ここは協力しておいたほうがいいだろう。
 リーズンは融通がきかないから、問題を解決するまで帰してくれないだろう。
 孫に会うためだ。

「えっ? 本当ですの? 昔のあなたなら『どうして他人の問題を、私が解決しなきゃいけないのよ!』って逆ギレして、チョークスリーパーをかましましたのに」
「俺にいたっては『ぼそぼそぼそぼそ何言ってるのかわかんないのよ!』って、パイルドライバーをくらわせてくれたな」

 プロレス技をくらったリーズンとシビトは、痛みを思い出すかのように涙を浮かべる。
 雪の女王はかつて敵だったが、村人Aはストーリーにすら関係のない存在だ。
 過去の私は暴力で何かを支配する性格だったのか。

「もっもう! そんなことはいいから! 早く塔に連れていってください!」

 少し強めに言うと、リーズンは体を震わせ案内を開始する。
 シビトはものすごく顔をゆがめていた。
 本当にバカね。過去の私。
 雑談もなく歩き続けた。
 シビトはさっさっと木に隠れつつ、ついてくる。
 よほど私が怖いらしい。
 協力してほしいんだけど……。

「着きましたわよ」
「えっ? 餅を?」
「違うわよ。塔に」
「すみません。年を取ると高音域が聞こえにくくて」
「私の声は電子音じゃなくってよ!」

 リーズンは投げやり気味に言う。
 シビトが木から出てきて、

「俺はたまに水たまりの精霊の声が聞こえるけどな」
「それはすごいですわね? なんておっしゃってるの?」
「『お前はもうすぐ死ぬ。ひとり孤独に死ぬ。誰もお前を助けない。ほらほら。貯金がもうすぐなくなっていくよ』とか」
「無視なさって! それ死に神だから!」

 リーズンの顔が青くなった。
 聴覚が良くなっている。
 若さってすばらしいと改めて思う。
 胸もたれていない。
 重いけど。

「この塔に妹さんがいるのですね。入り口はあそこの扉ですか?」
「そうよ」

 リーズンはコクリとうなずく。
 塔は茶色のレンガを積み重ねてできていた。
 かなり大きくて、でかい。
 東京タワーを超えていると思う。
 こんな所でひとり暮らしとは。
 お掃除大変そう。

「扉を開けられないのですか?」
「がっつり、鍵がかかってますわ」
「ふぅん」

 扉に向かう。
 深い堀があって、透明な水がためられてあった。
 アーチ型の橋の先に、はね橋がかけられてある。
 堀は塔の周囲を囲ってあるのだろう。
 敵の攻撃から守るためだ。
 はね橋は、上げられるようになっているに違いない。
 冒険の感覚がよみがえってくる。

「鍵がどこにあるのかわからないのよ。困りましたわ」
「あっ、もしかして」

 はね橋を渡り、扉のそばに置かれた植木鉢に近づく。
 花が咲いていたようだが、茶色く枯れていた。
 持ち上げて下をのぞいてみると、予想通りの物があった。

「見つけましたよ。鍵」
「なっなんですって? なぜそこに鍵があるとわかったの?」
「私もよくやるんですよ。家を出たときに鍵をなくしちゃうと入れないですから」

 てへっと頭を拳で軽くこづく。
 シビトはふっと鼻で笑い、

「俺もよくやるな。家のなかで鍵をなくして。妻に見つかって問い詰められたぜ。――真奈美の家の鍵だと白状しちまった」
「愛人宅の鍵ですのね! このケダモノジジイ!」

 リーズンのなかで、シビトの評価は下がりっぱなしだ。
 シビトは、いまさら異性に嫌われても、気にはしないのだろう。

「ミヤコはさすが魔法剣士ですわね。褒めてあげてよ」
「魔法じゃありませんよ。次から塔の管理会社に連絡して、合鍵を作ってもらいましょう」
「管理会社なんてなくってよ」

 両手を広げてあきれるリーズン。
 ないんだ。管理会社。
 シビトが片手を上げ、

「俺が鍵を管理してやろうか?」
「あんたに鍵を持たしたら、夜這いされてしまいますわ!」
「そんなことはしない。冷蔵庫の中身をあさるだけだ」
「よけい怖いわ!」

 リーズンがきつく怒る。
 かなりきてますね。シビトさん。


試し読みはここまでです。


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因幡雄介

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