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「樋水の流布」 第二話


「・・・というわけなの」
「そうなんだ・・・芸術家って、変態が多いから、多分」
「えー、そんな、はっきり言うの?」
「もう、行かないで。作家なんて、病んでおかしくなる。一握りの才能の為のものだよ」
「先輩、・・・そうなっちゃうの?前向きに、相談してんだけど・・・」
「そんなの、一本釣りの意味が違う。次、そこ書かせて、そのまま、連れ込まれるだけだよ」

 えー、そんなわけない。違う。だって、論文のこと、天照あまてるのことから見たら、ただのセクハラとかじゃないよ。

 先輩だって、竜ヶ崎先生のファンなのに・・・。まあ、彼氏としては、普通のリアクションなのかもしれないけど・・・。

 先日の帰りにも、ちょっと、渡会さんに尋ねてみた。

「ああ、僕もやられたよ。あの方はね、こちらが本気か、を見てらっしゃる。まずね、ある程度、先生の御眼鏡に適わないと、ここまでのことすら、して貰えないよ。宿題が出ただけいいと思いますよ。えーと、それで、出来次第、僕の方に連絡くれるかな?次の、先生とのアポ取るからね」
「本当ですか?・・・私、大丈夫なんでしょうか?」
「困ってるよね、多分」
「うーん・・・、内容がちょっと」
「まあ、その人の苦手か、その人の開花すべき点みたいなのが、課題になってるみたいだよ。代々の門下生が、同様の課題を出されてる。大概が苦手かな。でも、そこをやっつけると、不思議と、描ける範囲というか、できる表現というか、描けなかったことが書けるようになってたりするんで。必要なことを仰ってるには、違いないんだけどね・・・」
「はあ・・・」
「頑張って。機会チャンスは二度とないと思った方がいいよ」
「え、あ、はい、頑張ります・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「僕が、好きですか?・・・聞いたままの質問ですよ」

 質問、捉え方によっては、凄いダイレクトで、そういう意味かもしれないなって、ちょっと、思ってしまったのよね。でも、当然、ここで聞かれているのは、作家としての先生に師事されたいのか、ということだと思うから。

 小手先の物真似・・・そうかもしれない。でも、先生みたいに書きたいのは、本当だから。

「あ・・・」

 原稿の端に、赤字で書いてある。

『貴女の熱のようなものが感じられない。論文では、熱が溢れていた』

 えー、アマテルと違うよね。意味が解らないのだけれども。多分、先生のことが好きなのだという熱意で書いているから、そういう感じが伝わったのだろう、と思うけど。

 先生の「月鬼の祠」を、もう一度、紐解いてみる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その晩、先輩が部屋に来た。先生の赤の入った論文を見せる。

「つまりは、書け、ってことでしょ。それを」

 んー、そういうことなんだろうけれど・・・。先生は書かない部分を、私には書け、と仰ってる、ような気もするし・・・。

「それ、急ぐの?いつまで?」
「こちらができた時に、アポをとる、って」
「へえ・・・そんなの、おかしいじゃん。忙しい人が・・・流布は気に入られたんだ」
「え?そうなの?」
「違うよ。気に入られたんだ、こっちの方だよ・・・俺が言うんだ、そうだろ?」
「また、そんなこと言う。違うと思うよ、そんな筈ないじゃんか。・・・先輩、それより、就職は?東都教育図書の結果って、そろそろじゃないの?」
「ああ、そう、まだ来てない」
「教科書作りたいんだっけ?」
「って、わけじゃないよ。大手じゃんか。・・・ああ、香蘭舎とかもどうかって、大学の就職課からも言われたんだけど、最近、あの会社は傾向がね・・・」
「何?」
「いや、割に三流というか、まあ、そういう感じの部門で進出してるらしいから」
「そういうって?」
「こっちの方」
「わあ・・・えー、いきなり・・・」
「・・・じゃないよ、来た時は、だろ?」

 後ろから、抱き竦めてきた。
 ちょっと、久しぶりなんだけどな、この感じ。

「んー・・・香蘭舎、の話じゃなくて・・・?」
「なんか、色々やってて、なかなか、呼んで貰えなかったし・・・」
「就職で忙しいと思ってたんだよ。それに、呼んでないけど、来たじゃない?」
「ああ、だから・・・」

 急襲された。
 まあ、いいかと思った。先輩は、惹き上がってたみたいで・・・。

 去年からの付き合いで、何回か会った後に、部屋に来てから、そういう風になって、それが当たり前になってた。付き合って、二年目に入ったけど。

「行くなよ、先生のとこには」
「なんで・・・?」
「だから・・・流布は、俺の、だから」
「うん・・・それはそれ、だから・・・」
「行ったら、どうなるか、もう、知れたことだろ?」
「・・・だから、違うってば・・・」
「何で、言い切れる?」
「えー、どうしたの・・・あっ・・・」

 私は狡かった。会話の一つ一つを、心に刻むように聞く。
 結局は、経験測がないと描けないから。
 今日は、ちょっと、取材的な心持になる。先輩、ごめんね。

 今の、この感じを、どう、紙の上に載せるのか・・・、相手の所作、感触、臭い・・・今回は、アマテルがテーマじゃないけど。その月鬼に惹きつけられた日女の娘は、そう、狂ったようにしがみ付いて・・・そんな感じ。でも、ただ、そう書いたんじゃ、どうしょうもないから・・・

「流布、・・・流布、何、考えてんの?」

 ハッとして、先輩の目を見る。今の私、どうなってる?
 先輩は、私の「心、ここにあらず」を見抜く。・・・あああ、これは、妻が月鬼に心奪われた、日女の夫の気持ちかな・・・?

「ごめん、先輩・・・」
「もう、先輩っての、やめない?名前で呼んでよ、こんな時ぐらい」
「・・・んーと・・・」
「流布」
「うん・・・けいちゃん」
「よかったな、間違えて、なくて」
「えー」

 明らかに、『けいちゃん』は焦ってる、というか、なんか、激しいというか、慌ただしいというか・・・

「行かないで、流布。・・・俺だって、先のこと、心配で・・・落ちたら、また、受けないと・・・」

 甘えてきた。初めて、そうなった時、男の人も甘えてくることも、初めて知った。びっくりしたけど、彼は、色んな感じを見せてくれる。案外、素直な人だ。かっこつけたり、甘えたり、って、対人的には、マイナスかな、と思うけど、臆面なく、そういう所を見せてくれるのは、その実、嫌なことではなかった。齢は上だけど、そんな時、可愛いな、と思えるんだよね。

 ・・・人前では、色んなこと、テキパキやってて、「人に譲って、偉いんだ」って褒めたら、それが嬉しかったって、二人きりになった時、崩れるみたいに、しな垂れかかってきた感じで・・・。
 
 崩れるぐらい、蕩けた顔する。そんな時だよね、多分、今も・・・

「流布、流布・・・気持ちい・・・」

 確かに、もしも、先生がそうだったとしたら・・・なあんて、まあ、百歩譲ってもないけど、『けいちゃん』としては、こうなるんだろうな・・・。

 うーん・・・。私の知っているのは、ここだけだからな。すること自体がいいのも、最近は解ってきたけど。私より『けいちゃん』からの評価の方が、情報としては、大きいのかもね。

「さりげなくて、サークルでは、全く、彼女然としないから、周りとのバランスはバッチリだし。一応、俺の、だから、皆も、そこは弁えてくれてるし。気遣いは要らなくて、ちょっと、俺が崩れそうになっても、受け止めてくれるから、喧嘩にもなんないし」
「ふーん、そうなんだ」
「えー、そんな感じ?・・・まあ、そうか。それが、流布なんだな。俺にとっては、これって重要で、大変なことで、楽屋裏のそういうの、流布は知った、その上で、外では、俺を立ててくれている」
「そうなの?普通にしてるだけだよ」
「それかあ・・・無理してないんだよね?それがまた、いいんだよね」
「うふふ、『得難い』?」
「・・・よせって、それも、竜ヶ崎語録だろ?いちいち・・・」

 眉を顰める。大作家先生に、嫉妬している彼氏だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「流布、いいか?・・・これから、頭、ぶっ飛ばしてやるから・・・」
「えーっ、あっ・・・」

 先輩も、竜ヶ崎先生、好きなのにね。なんか、最近は、就職のこと、将来のことばかり話している。東都教育図書に入れたら、大手だからね。凄いと思うよ。最終に、残ってるなんてさ。勿論、応援はしてる。

「つまりね、俺が、東教図書に入る。流布が作家になるのは、いいとは思う」
「うん、解んないけど、それ」
「そんな感じなのか?」
「だって、まだ、解んないよ。・・・でも、やなんでしょ?竜ヶ崎先生の所に、私が行くのは」
「まあ、なんていうか。弟子として、デビューするのは、悪いことじゃないと思うけど」
「いいの?」
「気をつけろよ。それだけ」

 えー、結局、いいのかな?どっちなんだか・・・。

 恵一は、彼氏で、先輩の『けいちゃん』・・・なんか、気を良くしたのかな。さっき、就職して安定したら、って、その先のこと言われた。まだまだだよ、そんなの、と思ってるから、半分にとってる。イライラしてたみたいだけど、色々としながら、頭の中で、私とのこと整理して、決めて、口に出した感じだった。

「少し前から、考えてたことだけどね。早いかもしれないけど。流布とのこと決まっちゃえば、いいんだ。作家なら、家にいてできる仕事だし、ダメでも、俺が食わせるから」

 ・・・なんか、偉い。まだ、学生なのに、もう、そんなこと考えてるんだ。でも、不思議なんだけど、こっちとして、他人事みたいに感じられるのは、何故だろうか・・・。別に、先輩が好きだし、うーん、とにかく、真面目で、頑張り屋で、努力家で、まあ、優秀なのが、少しずつ解ってきて、こんな人から告白されてたんだ、っていうか、紅一点の妙なんだ、と思ってた。絶対数の関係で、東都大に行ってたら、こんな確率では、出逢わないだろうし・・・



 まあ、こういう言い方もシニカルで面白い。こんな風に、恋人とのこと、客観視できるのは、作家としては、悪くない癖だな。


 癖、なんですか?これって・・・。


 ふふふ、そうですよ。癖ですね。まあ、普通だったら、運命の出会いだったとか、十倉坂大に行って良かったとか、そんな素敵な感じにもできそうですがね。貴女は、そういう、よくある、単純な感じには、書かない人です。


 うーん・・・そうなんですか?


 その言い淀む感じ、が、貴女の癖なんでしょうね。いい意味で、受け取る方は、イライラしますね。彼は、そんな、貴女の癖を、利点として受け取っている。都合の良い、自分のカバーに回る部分、補完してくれる存在として、気に入っていますね。ぼかというのは、白黒をはっきりつけない、ということですからね。グレーゾーンは甘いんですよ。その幅が大きいということは、お相手を許す幅も広い・・・ああ、どうでしょうか?それに、重ねて、きっと、相性も良いのでしょうね。うふふふ・・・。


 あ、ちょっと、待って、・・・先生?・・・竜ヶ崎先生?


・・・・・・・・・


 ハッと目が覚める。軽く汗を掻いてる。横を向くと、自分じゃない人の匂い。ああ、そう、先輩、来てたんだっけ。

 んー、何時だろう?喉が渇いた。わあ。見降ろした先を、見間違えたと思った。左の脇近く、うっ血の痕が見つかった。押すと少し痛む。今日は、『けいちゃん』は、激しかった。

 うわあ、夏でなくて良かった。ノースリーブが無理そうだな、若干。まあ、いいや。

 ん?夢を見ていたのよね。ああ、竜ヶ崎先生に、なんか、添削されていた。『シニカル』だとか、『言い淀む』だとか。・・・まじ、ヒントかもしれない、これ。

 さっき、時計見たら、深夜三時を回っていた。私は、熟睡中の、恋人を残して、ベッドを抜け出して、添削の指示に従って、原稿を書き直した。

 わかんないなあ・・・でも、いいか。要は、この月鬼が、日女の娘を初めて浚ってきた、その件だから。一文で終わらせずに、事の感じの印象を残す。要は、その場面に関することを、もう少し匂わせろ、ってことなんだろうけれど・・・。

 じゃあ、娘の視点に切り替えればいいのかな・・・、私のできるのは、それだから。今、先輩から聞いた言葉、受けた感じ、逆の立場では、その言葉しか解らないわけで、彼♂の言葉と、私♀の感覚をなぞれば、いいんじゃないの・・・かな。

・・・・・・・・・・

 次のアポイントの日がやってきた。結局、あの晩に書いて、翌日に、渡会に連絡すると、大学の講義に差し支えないようにと、休みの日に、先生は合わせてくれると言う。なので、すぐ次の講義のない日に、また、竜舌庵にお邪魔することになった。

「あー、そのまま、入って、ノックして上がればいいから。え?今度は、中野の桜もなか?学生さんなのに、偉いなあ。僕らの分まであるの?また。ありがとう。じゃあ、棒茶淹れてきて、出すんで。ああ、場所、解るよね?」

 渡会は、そういうと、玄関でスリッパを勧めて、そのまま、中野の菓子折りを持って、消えてしまった。なので、私はそのまま一人で、前回と同じように、長い回廊を歩き、離れの竜ヶ崎先生の部屋に向かった。一息ついて、ノックする。

「はい、どうぞ」
「失礼します。樋水です」

 ドアを開け、一礼すると、先生は、ソファに掛けて、ちょっと、待ち構えてらしたように見えた。

「早かったね。じゃあ、見せて」
「はい」

 今度は、原稿用紙の形式で印刷してきた。それと、赤字の部分を頑張ってきた。熱が、入っていたかは、解らないが・・・。シニカルと熱、って正反対だし、アマテルと私もあまり似てないと思うんだけど・・・。アドバイスが解らない。って、シニカルについては、私の夢で、勝手な材料にさせてもらった部分だし・・・って、あれは夢だったんだけど・・・。

 とか、思ってる内に、先生は、原稿を読み始めておられた。その間に、渡会が、お盆に、例の桜もなかと、棒茶の湯のみを乗せて、入室した。

「うん、ありがとう。ああ、いいね。今度は、桜もなかだね」
「僕らの分まで、ありがとうございます」
「いいえ、皆さんで、どうぞ」
「じゃあ、失礼しました」

 渡会が出て行くと、先生が、こちらを向かれた。

「はい、解った。・・・リクエストに素早く応える力があるね。こういうの書いて、って言ったら、書けちゃう方かもしれないね」
「えー、」
「これ、すぐ書いたでしょ?」
「すぐ、あ、はい、お伺いして、その後・・・」
「じゃなくて」

 先生は、一瞥して、ニヤリとされて・・・

「わざと手を借りたの?」
「えーと・・・」
「男の」

 ちょっと、声が出なかった。先生は、その後は、何食わぬ顔で、棒茶を啜ってらっしゃる。

「うん、生々しい」
「あ・・・えー・・・」
「思いきったことをする」

 そんな、つもりはなかったんだけどな。結局、そうなっただけで。
 ・・・つうか、バレてる?!

「いえね。これはね、紙の上のものを、皆が、嗜好するんだ。まあ、それだけでなくてね、自分で体現するのが、一番、素敵だしね、気持ちいいことだし、良いことなんだろうけど、そうそう、上手く、その機会に恵まれる人間ばかりじゃない。しかし、紙の上・・・つまり、作り物、創作物は、シェアができるし、いつでも嗜好できるが、その人間の実体験じゃない。しかし、君の書いたものに、何かを想起させるアイコンが、読んだ人との呼応要素としてあったとしたら、・・・それが、その人の実体験、まあ、経験測を喚起させてやれることもある。あるいは、こうなったら、いいな、という願望とも言える。経験測の喚起をするのは、どんな人物か、君は解るかな?」

 ゆっくりだけど、わあ、と話してきた。先生の長尺のお喋りは、熱が入ってるな、と対談を、繰り返し聴く中で思ったことがあるけど、それと同じ感覚だ。でも、これは、私にだけ、向けられているのよね。今。

 えーと、質問は・・・

「経験のある人・・・です」
「そうだな。では、もう一方、それを願望とするのは?」
「経験の少ない人・・・とか、だと思います」
「君は、どっちをターゲットにしようと思う?」
「えーと、」
「作者として」
「そうですね・・・どなたでも、読んで下さる方が、いいとは思いますが・・・」
「今回は、身を切った感じですね。まあね、これは息を吸うのと同じで、誰もがすること、できることで、大きくは、共感性を呼ぶ部分ではありますよね。まあ、生まれた時から、というわけにはいかないから、ちょっと、喩えが違いますが・・・いいでしょう。オーソドックスで」
「あ、ありがとうございます」
「で、君は、今、大学は、えーと、何年生だったっけ?」
「二年生です」
「大学の勉強は、積み残してない?留年とか、単位不足とか」
「はい、それは、大丈夫です」
「まあ、そうだな・・・、そうすると、年齢で言うと、おいくつになるんだっけ?」
「二十歳です」
「ああ、なるほど。それは、それは。成人おめでとうございます。今は、親元から大学に?」
「あ、ありがとうこざいます。いいえ、アパートに、一人暮らしです」
「地方出身なの?」
「そうじゃないんですけど」
「じゃあ、親元から離れるという手続きは、済んでますね。居留を変えることは可能ですか?」
「え?」
「この屋敷の、この回廊を、ぐるっと、回るんです。玄関から、この僕の部屋に来る方じゃなくて、反対に伸びてる方の突き当りに、この部屋に似たような間取りの書庫、というか、蔵のような所があるんです。明かりが取りにくいですね。というのは、部屋の半分以上が、地下に埋まっているんですよ」
「はあ・・・」

 なんか、嫌な予感がする・・・。

「書庫の掃除を、貴女にお願いしたいんだけど。綺麗になったら、そこをあげます。住んでいいですよ。家賃は要りません。条件は、私の弟子になることです」
「え・・・、じゃあ、合格、ってことですか?」
「まあ、そういうことになります。やってみますか?樋水流布」

 名前、なんか、呼ばれた。竜ヶ崎先生に。

 やっぱり、これがこのまま、ペンネームになる。瞬間、そう思った。

                           ~つづく~


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