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萩くんのお仕事 第四話

 では、改めて・・・。

 しゅうは、朱莉あかりの部屋のドア前で、深呼吸で立つ。

「朱莉さん、本当に、この度は、申し訳ありませんでした。覗き呼ばわりされても、仕方ないです。ドラマの方は、仕切直しますので、一度、ドアを開けてください。お顔を見て、謝りたいと思いまして」

・・・・・・

 だよな。当たり前か。
 あ、スマホ、また鳴ってる・・・神崎さん、ごめん。

カチャッ

 え?

「どうぞ」

 あれ?早っ。いいのかな?

「失礼します」

 綺麗な部屋。無駄がない。本棚に本がいっぱいだ。あれえ、これって、スメラギから逆輸入版の本もあるね。文学少女だ。・・・読んでないわけじゃないんだね。その手(恋愛小説)。当の朱莉ちゃんは、デスクの椅子に掛けて、後ろ向いたままで・・・。

「あの、・・・先程は、本当に、すみません。ドラマの件は、企画から、切り直しますから・・・あ、え?」

 泣いてるのかな?・・・泣く程、悔しくて、涙が出たのか?

「ああ、本当に、申し訳ないことをしました。アパートも探して、出ていくので、許してください・・・」
「・・・違うの、ドラマのことは、好きにしていいですから」

 何かあったんだ。マジ、会社でかな?

「あの・・・大丈夫ですか?何か、あったんですか?」

 くるりと、朱莉ちゃんは向き直った。涙の頬を手の甲で拭う。

「こんなこと、お母さんとか、芽実には言えないから」
「え?」
「自分が解らなくなって・・・」

 んー、これって。そゆことね。男だ。わかっちゃうんだなあ。あいつじゃないね。会社関係。混乱して帰ってきて、意味わかんない、更に、俺、馬鹿作家の件で、大混乱になったわけだ。

「大丈夫ですか?よければ、俺でも?言いませんよ。お母さんにも、妹さんにも」
「書かない?」
「とんでもない、書くわけないですよ。あはは」

 ダメな笑い方してしまった。ラジオじゃないんだ。馬鹿。

「いいネタかもよ。・・・ずっと、仕事で組んで、お客様先を回っていた上司がいるんだけど、完璧な仕事ぶりで、成績も良くて、尊敬してて」

 うん、お相手のスペックね。ありそうだな。真面目だから、お手本みたいな男に憧れる。あああ、予測がもう着いた。好きになっちゃったのかな?

「いいご主人で、お父様なのでも有名で、完璧理想で、こんな方とお仕事できるの、嬉しかったの・・・それが」
「・・・」
「・・・もう、どうしていいか?」

 まさか、やられちゃった、とか?

「妻と解れるから、付き合ってほしいって」

 はあ、まだだった。セーフ。よかったあ、って、俺、そこ心配してるの?お母さんの気持ちになってだから、そうなるが・・・。やだなあ、良いネタじゃねえか。書かない?聞かれる件だよね。っていうか、なんだ、その上司?マジ、ドラマじゃないんだぞ。

「聞いたら、ネタになるでしょ?ドラマのあれ、見せて」
「え、あ、はい、・・・」
「この志芸野さんの役って、決まってるの?」
「ん、まだだけど、軸になる役には、間違えないですね。このまま行けば」
「彼の役に、ぴったしだわ」
「え?」

 なんだ、なんだ、あんなに嫌がってたのに。壊れちゃったのかな?朱莉ちゃん。

「どうするの?それって、ああ、俺のドラマは、とにかく、現実にその・・・」
「憧れてはいたけど、最初は、そんな風に思ってなんかいなくて、急に、こないだの業績達成で1位とった日、夜、お祝いって、初めて二人でご飯食べに行って」

 あああ、想像するな。若い子とかが行ったことのない、いい店の個室とかかな。っていうか、やっぱり、できちゃったのか?

「・・・」
「ああ、好きになっちゃったのかな?」
「・・・」

 顔伏せて、泣きだした。できちゃってるんだな、もう。あああ、お母さーん。これは、お母さんの社長とのよろめきどころじゃなくなったかもしれない。そりゃあ、幼馴染に勝ち目はないな。そもそも、全幅の信頼と憧れと、完璧な社会人のグローバルスタンダードが、その上司だったとしたら、この生真面目な朱莉ちゃんが・・・だろうなあ。あああ、志芸野さん、合い過ぎる。ヤバい、描きたい。ヤバい・・・それで、色々されて、良かったら、もうダメだよね。大人の手練手管で・・・。

「書いていいよ。だから、相談に乗って、今後も」
「え?えっと・・・」
「そのまま、書いていいから、銀行員のままでいい。あの人、絶対、別れないから」

 んー、もう、時、既に遅しなのか。はあ、最高に面白いじゃないか、これって。・・・どうしよう。俺、人でなしだ、人非人じゃないか。

「いいの、見せてやったらいいの」
「えー、それは、どうかな?・・・不味まずいよね」
「どうせ、今、相談に乗ってる、羽奈賀さんの役、八尋さんがやるんでしょ?」
「・・・えー、こんなこと、描けないよ、ダメだから、朱莉ちゃん」

 長女は、同行の上司と不倫関係。口約束に乗せられて、関係を結んでしまう。別れるとの言葉を信じて・・・。それが履行されることはない。意趣返しにライブドラマ?

 面白すぎる。俺の中の悪魔が囁く。ごめん、極悪非道の萩様とは、俺のことだ。

「あ、あの、とにかく、それを描くかは別で、この内容がドラマ紹介として、ネットに上がっても、異論はない、ということかな?」
「むしろ、お願いします」
「あー、えーと、まずは、ドラマに関する取材の許可ね。じゃあ、局に、この文面オッケーで送りますから、はい・・ああ、よかった。これで、済みました」
「すきやき、食べるんでしょ?どうぞ、沢山、食べてね。お母さんが喜ぶから」
「え?・・・ああ、ちょっと・・・」

 朱莉ちゃん、先に部屋を出る。へえ、ふっきれたのか?階段を下りると、心配そうな母と妹を他所に、茶碗にご飯を山盛りにして、着席する長女。

「頂きます」
「えっと、お姉ちゃん?」
「あー、お腹空いたー」
「どうなったのかしらね?」
「ああ、なんか、まだこれなら、発表後も、内容変更がかけられる時期なんで、許可を頂きました」

 次女の芽実ちゃんが、ジッと見てきた。ん?何、その探るような顔は?

「えー、萩さーん、あー、萩さんスペック発動?」
「馬鹿な、それ、言わないで、ほら、お母さんが・・・」
「ラジオなら、聴いてますから」
「うそー、お姉ちゃん、一言も、そんなこと、言わないじゃん」
「あんただって、その時間は、部屋に籠るでしょ?」

 あー、やっぱ、そうだったのかあ。

「まあ、何がともあれ、よかったわあ。はい、卵、要りますか?萩さんは」
「あ、・・・はい、二個」

 萩さんに昇格したのか、フランクになったのか。お母さんまで。そうか、朱莉ちゃんもリスナーだったんだな。

 まあ、まずは、よかったぁ。とにかく、今日の所は、仕事に穴もあけずに済んだし。でも、朱莉ちゃん、ダークホースで、ドラマティックだね。真実は、ドラマよりなんとかっていうし。社長の線は消えるのかな?それは、ひとまず、置いておいて・・・。志芸野さん、銀行マン、何度もやってるからな、もう、想像ついちゃうしなあ。大人の色気炸裂だ。とすると、女優、少し、骨のある子がいいかもしれない、うーんと・・・

「ほら、とりますよ。お肉、いっぱい、食べてください」
「なくなるよ、萩さん、お肉」
「まぁ、お客様、差し置いて、朱莉、取りすぎじゃないの?年頃の娘が、みっともない」

 ああ、それ、今、ダメなワードです・・・お母さん。
 ぐっさぐさ、朱莉ちゃんの心に刺さってる筈。って、え?

「まじ、なくなるから、萩さん」

 わ、朱莉ちゃん、逞しいんだな。開き直ったかな。まさか、ひょっとして、さっきの話、もう一年以上、続いてるんじゃないのかな?まあ、教えてくれそうだから、おいおいだな・・・。

「遠慮してるのね、これどうぞ、はい」
「あ、ありがとうございます・・・あ、うま、美味しいです・・・」

 奥さん、山盛り、ありがとうございます。

 うーん、美味い、味の沁みた肉に絡む卵を味わいながら・・・うーん、女優のブッキング。真面目で、美人で、しっかり者で、行動力のあるタイプね。ああ、あの子がいいんじゃないかな。朝ドラ女優の。目の大きな子。美人系もいいけど、一途で真面目な感じが前に出るのもいいな。えっとお、波多野朱璃はたのじゅりだっけか。あ、朱莉ちゃんと一文字一緒だな。いいかもしれない。メールしよう、神崎さん。

「ああ、食事中、すいません。ちょっと、仕事のメールさせてください」


「娘役、長女に、波多野朱璃希望」

「よさそうですね。真面目な銀行勤めのなんか、ありそな予感ですね」

「あります。多分」

「でしょうね。不倫当り」


もう、神崎さん・・・透視能力あんのかな?


「お忙しいのね」
「昼夜関係なくでしょ、こういうの」
「まあ、・・そうですね、ない時は、全くないんですけど、ここ数年は、休みなしですね」
「じゃあ、ラジオお休み?」
「ごめん、そうなるかな、しばらく、忙しくてね」
「ご馳走様。あー、美味しかったあ・・・萩さん、ごゆっくり」
「ああ、ありがとうございます」

 朱莉ちゃん、また、二階に上がっちゃったな。

「うーん、やっぱり、美味しいね。人が多いと、鍋いいかも」
「今度、優馬くん、つれてらっしゃい」
「うん、でも、もう、受験勉強本格化するから」
「そうなのね。偉いわ、流石ね」
「芽実も、優馬くんと同じ大学行きたいんだけど・・・お金あるかな?」
「何、言ってるの?ちゃんと、お父さんが残してくれてるわ。大丈夫よ」

 お、次女の彼氏の名前が出たぞ、もう、アイドルっぽいなあ。受験勉強開始ってことは、芽実ちゃんの1つ上だ。・・・、進学資金の話かあ、良いエピソードじゃないか・・・

「ねえ、羽奈賀さんは、大学どこ?」
「ああ、東都の演劇学科だけど・・・」
「まあ、東都大なの?優秀なのね」
「いやあ、演劇なんで、中でも、最低ラインです」
「って、東都大卒よ、国の最高学府、一番じゃないの」
「わかるよ、羽奈賀さん、頭いい、って思う時あるよ、ラジオ聞いてて。知ってる?文系の萩さん、理系のカミユさん。高学歴のパーソナリティーって、言われてて」

 えっとお、ああ、独自ラインの人ね。R18系専科。一度、参考に聞いたけど、すごい数式とか出して、〇〇できる確率とか、〇〇曲線とか、なんか、やってた。アプローチが全然違うのね。面識はないや。リスナー、色々な聴き方してるのな、参考にしとこう。

「えーと、で、優馬くんは、どこ、受けるの?」
「うん、そこ」
「そこって、東都大?」
「萩さん、勉強教えてー」
「こらこら、・・・すみません」
「いやあ、もう、ダメだ。何も覚えていないよ。学生の時のことなんて・・・、まぐれだから、俺のそれ・・・」

 進学校だよな。女子校の桜耀おうよう学園だよね。(制服でわかる俺ってヤバい)トップクラスだからね。優馬くんは、どこの学校だ?

「その優馬君は、どこの学校なんですか?東都目指すなら、いいとこでしょうね」
「青光中央だよ」
「あはは・・・、近いね、ここから」
「ご存知なの?」
「OBです」
「まあ・・・じゃあ、優馬くんコースねえ」

 お母さん、面白い。そのまま使える。

「わあ、縁があるんだねえ、きっと」

 どうやって出会ったのかなあ・・・とかね。逆に。地元なのかな?そしたら、お姉ちゃんと同じ路線だよね。幼馴染で。まあ、それは、それで・・・。

 はあ、ひとまず、美味いすき焼きにまでありついて、迷惑な奴だなぁ・・・悪いと思っています。・・・また、何かでお返しできたらと思うけど、まずは、良い脚本を上げることだな。よし、頑張るぞ。

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 萩くんのお仕事 第四話

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 今回は、長女、朱莉ちゃんのプライベートが明かされ、萩は、家族も知らない秘密を知ってしまうことに・・・。
 さて、どうする萩? 次回、第五話では、いよいよ、台本作りに入れるのか?お楽しみになさってください。

 ここまでのお話は、こちらのマガジンから読めます。


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