性犯罪から子どもを守る「日本版DBS」 なぜ法案提出は見送られるのか

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要約
・日本版DBSの内容について与党内から異論があり内容が再検討される見通し
・異論の内容の1つは「義務化の対象が狭い」というもの
・学習塾等にまで対象を広げるのであれば、法律上定義されていないこれらの職種を定義するという作業が必要になってくるためかなりの時間を要する。
・対象を広げるべきだという意見は理解できるが、現状では学校等に導入して、様子を見ながら対象を広げていくというやり方の方が現実的ではないか。
・「すべて変えなければ意味がない」ではなく「できることからやっていく」という姿勢の方が良いのではないか。
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1 法案提出見送りへ

子どもと接する職場に、従業員の性犯罪歴を確認させる「日本版DBS」について、秋の臨時国会への法案提出が見送られる見通しとの報道が数日前(23日)出ました。

法案について与党内で見直しを求める声が多くあったようで、理由としては
「義務化の対象を広げないと実効性が伴わない」
「(犯歴記載の)期間が短くては意味がない」
といった点が挙げられています。

2 学習塾やスポーツクラブは義務化の対象外

こども家庭庁は、学習塾やスポーツクラブについては、義務化の対象とせず、制度利用を望む事業者を政府が認定する仕組みを想定していました。

これに対し、与党関係者が学習塾等も義務化の対象にしなければ実効性がないと、見直しを求めたものと見られます。

この点について、世間では子どもを性犯罪から守るために、義務化の対象は幅広く設定するべきだという声をよく耳にしますし、有識者会議でもそのような意見は見られます。

しかし、学習塾等が義務化の対象とされなかった理由や、その議論の過程を見ずに、目的の重要性を主張するのみでは建設的な議論とは言えません。

学習塾等まで義務化するためにはどのような課題があり、そこをどう乗り越えていくかということまで議論できる世の中であってほしいとの思いから、私は今この原稿を書いています。

3 対象は無限定であってはならない

今回の記事では有識者会議の報告書をベースに話を進めていきます。

まずDBSの制度の導入にあたって留意すべき点として報告書内では①職業選択の自由に対する制約、②プライバシーに関する制約の2つが挙げられています。

前科に関する情報は守られるべきものというのが判例でも示されている考え方ですですから、DBSの導入にあたっても前科情報は事業者が厳重に保管しなければなりません。
そう考えるとDBSが導入されれば、かなりしっかりとした情報管理ができるところしか子どもに関する事業ができなくなります。ですから職業選択の自由に対する制約ということについては、前科者だけではなく、事業者にも発生するということも頭に入れておく必要があります。
そして、プライバシーについて前科者本人はもちろんですが、前科者の情報に触れた人が被害者を推知することができるということから、被害者に対する2次被害の可能性もあります。

確かに子どもの安全を守るということは重要で、DBSの導入すること自体にの可否ついては、有識者会議では大きな論点にはなっていません。

しかし、上で述べたような理由から、子どもを守るという目的において必要な限度において行うべきであって、無限定であってはならないという意見が有識者会議では上がっています。

4 学習塾等の範囲をどう定めるか

学習塾等を義務化の対象とするのか、認定制度にとどめるのか、どちらにしても「学習塾等」を定義することが必要です。

認定制度においても、制度を利用する者は前科というかなり重要な情報にアクセスするわけですから、「潔白を証明するために利用したい」といって手を挙げた事業者全員に無警戒に利用させるべきではありません。ですから定義が必要で、さらに審査の手続きなども決めなければなりません。

学校や保育園は法律で定義され、何年も運用されていますから、定義づけや審査の手続きは比較的容易です。

しかし、学習塾等は純粋な民間事業ですから法律上定義されていませんし、それを審査、管理する役所はありません。

子どもを守るという目的において必要で、かつ、前科情報の管理ができる事業者に限定するために、定義が必要です。

どのような定義が必要か、ということについて報告書の中で上がったキーワードが①支配性 ②継続性 ③閉鎖性の3つです。
つまり、子どもに対して優越的な地位にあり(①)、密接な人間関係があり(②)、親などから気づかれにくい立場にある職種は(③)、性犯罪のリスクが高く特に注意が必要であるためDBSの対象に入ってくるという考え方です。
この3つの要件に加えて、秘密を守れるかどうかということもチェックが必要です。

そして誰がどのように対象の事業者を審査していくのかという制度設計についても1から作っていく必要があります。

5 「認定制度ではなく義務化」 は可能なのか

私個人の意見としては学習塾等を義務化の対象にしていくこと自体には反対ではありません。

しかし、以前の私の記事でも書きましたが、その前提として現在完全な民間事業である学習塾等を、許認可性にしていく必要があると思います。

憲法学者の宍戸先生も有識者会議の中で下のように述べています。

「それ(義務化を広げること)ができるのであれば何よりと思いますが、それをやる場合には、ボランティアあるいはPTA 等でこどもに接することがある人を含めて、資格制ないし届出制なりを一気に課すか、何らかの公的な規律の下に置くということを真面目に考えないといけないのではないか、それを今やろうとすると、恐らく1年、2年で済まない世界なのではないか。まず、取りあえずこれ(認定制度)を導入し、丸適マークの普及を見つつ、さらにその先に進んでいくということが大事なのではないかと、私は思っている次第です。」

学習塾を義務化の対象とするのが理想だとしても、学習塾というものが大きな役割を演じている日本において、これらを全て国の管理下に置くということはかなり大変なことでしょう。さらに、宍戸先生も述べているようにPTA等も含めるとかなりの時間がかかりそうです。

与党内で異論を唱えている政治家の皆さんがどれくらい有識者会議の検討結果等を踏まえた上で意見を言っているのか、新聞記事だけではわかりませんが、「すべて変えなければ意味がない」という極端な考え方ではなく、「できることから変えていく、時間のかかることは時間をかけて変えていく」という考え方の方が良い結果が生まれるのではないかと私は考えています。

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