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思いの行方

※  不快に感じる文章かもしれません。自分勝手で申し訳ありません。でも本音で書きます。こんな人もいるんだ程度で読んでください。

行くかなぁ…どうするかなぁ…。
最後の最後まで悩んで、行くことを決めた今回の広島スタディツアー。
広島が嫌いだからではない。むしろ、今年の8月に訪れてから、絶対にもう一度広島に行く!と思ったくらい好きだ。それから、戦争や原爆のことについて学ぶのが嫌だからでもない。むしろ、もっとちゃんと勉強したい。ただ、自分が感情的になってしまい、場を凍り付けるようなことを言ってしまわないかが心配だったからだ。
広島ツアーをする前に、ツアーで訪れる場所、お話を伺う予定の方たち、広島が抱える問題についてネットにある記事や書籍で予習をした。そこには、必ずと言って良いほど、「原爆」「核兵器」そして、「原発」の文字が並べられていた。どうして、「原爆」や「核兵器」と並べて「原発」と書くのだろうか。これじゃあ、「原発」がまるで「核兵器」みたいじゃないか。イライラした。何にも知らないくせに、原発反対とか言いやがって。何にも知らないくせに、核兵器であるかのように言いやがって。そこで、誇りを持って働いていた人の気持ちも考えてみたらどうなんだ。あの日に、町や家族を守るために、必死になって事故の拡大を抑えようとした社員の方のことも考えてみたらどうなんだ。「お前の家族が原発で事故なんか起こしたから、こんなことになっちまったんだ」と言われて傷ついた当事者家族のことも考えてみたらどうなんだ。原発を真っ向から否定する意味で書いてあるわけではないことは分かっている。分かってはいるけれど、勘違いする人がいるんじゃないかと思うと怖かった。そんなことを思いながら、歯を食いしばって予習を続けた。
胃をキリキリムカムカさせながら、広島に向かった。ツアーでは大久野島や、比治山、平和記念公園を訪れたり、証言者、そして伝承者の方からお話を伺ったり、広島の人たちとのトークイベントに参加したりした。8月6日に広島を訪れたが、私が知らなかった広島や戦争ばかりで驚きが盛りだくさんだった。今回のように案内してくれる方がいなかったら、絶対にスルーしてしまうところへ行くこともでき、本当にご縁に恵まれたなと実感した。でも「原発」というワードを見たり、聞いたりすると、敏感にセンサーが反応して、その人のことを鋭い目つきで見てしまったりしてしまった。「反原発」に反対なわけではないけど、どうしても「反原発」と言う方たちを敵視してしまう。かといって、自分の本当の気持ちを堂々と話すこともできなかった。広島の方たちに怒られるかもしれない、もしくは悲しませてしまうかもしれない、と思ったから。
広島には至る所に碑があった。中には、かつては戦争を美化するような言い方で彫られていたものを改刻した碑があった。戦後にアジア大会が広島で開催されることが決まったことを機に、碑に刻まれている周辺のアジア諸国に関する侮蔑的な表現や、戦争を美化する表現を改めるべきだと県が申し出たらしい。私はその説明を聞いて、スタディツアーでずっと案内をしてくれた広島出身の学生さんに、「アジア大会が開催されることが決まる前にも『改刻するべきだ』という動きはなかったんですか?」と聞いてみた。その学生さんは「あったと思います。でも、皆が皆、改刻を求めたわけではなかった。陸軍の遺族の中には『私の家族は、国家のために果敢に戦った』と思っている、思いたい人もいたと思います。」と、応えてくれた。私は、その回答にずいぶん納得させられた。その遺族の気持ちが良く分かる(戦争と原発事故じゃ、全く状況が違うかもしれないけど)。でも、それと同時に、「私は『東電社員の人たちは悪くない』と『思いたい』だけなのかな?同情の気持ちから、反原発の人たちをにらみつけるようになったのかな?」と、自分自身の本当の気持ちすら分からなくなってしまった。
どこかに感じる「原発に反対と言いきれない」、と言えない雰囲気。原発を、東電社員の方を支持するようなことを言えない雰囲気。誰からか、何か言われたわけではない。でも、そういう空気感がある。だから、何も言えなくなってしまう。対等な対話が大事だ、耳を傾けることが大事だ、と、福島の問題について議論すると必ず出てくるワード。でも、そもそも声を発することができない。自分のことをよく知ってくれている人ではないと、自分の思いを話すことができない(時にはよく知ってくれている人でさえも話せないけど)。「答えなんか出さなくても良い」とか言いながら、実はもう答えが決まっている。そんな社会で、その答えに抗うには活動家にならなくちゃならない。賛成か、反対かをはっきり言わなくちゃいけない。でも、正直、そんな勇気ない。賛成か反対かをはっきり言うなんて無理。だってどちらの思いもよく分かるから。答えを求めるなとか言いながら、答えを出さなくちゃいけない。だから、黙っているしかない。
ツアー最終日に皆で平和記念公園の川沿いに座ってお弁当を食べながら、ツアーで一番印象に残ったことについて話した。その中で、被爆体験証言者の切明千枝子さんの話を聞いた時は、とても勇気づけられたと言った方がいた。「沖縄からツアーが始まって、今回は広島にやって来たけど、その度に色んな活動家の方に出会ってきた。その活動家の皆さんの力を見て、『自分もこうならなきゃいけないな』と思っていたけれど、なかなか踏み出せない自分がいた。でも、切明さんが『ただ対策を練ったり、遺構を遺すだけではなくて、私が体験したことを言葉にして“伝える”ことが、次の世代を守っていく、平和を築いていく唯一の手段だと思う』とおっしゃられていて、原点に戻った気持ちがしたよ。とりあえず、このまま、自分の体験を伝えていこうと思う」とのことだった。私はその言葉にハッとさせられた。確かに、何かに対して賛成・反対をはっきり言うのではなく、とにかく自分の思いを伝える形で良いかもしれない。その方の後に私は初めて、ツアーの中で自分の本音をちゃんと話すことができた。それを聞いた学生さんが、「そういった思い、僕初めて聞きました。その思いを話してくれなかったら気付かなかったです。それに、その言葉を聞いて、勇気づけられる人たくさんいると思います」と言ってくれた。私はその言葉を聞いて、とても嬉しかった。「反原発」の方たちに抗うつもりで自分の思いを言うのではなく、ただ「私の思い」として伝えることは私にもできるかもしれない。誰かの意見に反対するために言葉を使わなくても良いかもしれない。というか、もしかしたら「反原発」などというように、賛成・反対をはっきり言う活動家の方たちも、自分と反対意見を持つ人たちを貶めたいがために活動しているのではなくて、答えが既に決められている社会に抗い、真の対話を実現していくための活動しているのかもしれない。それであれば、私は未来に向けて言葉を発していくことで、今の社会に抵抗することができるかもしれない。例えそれが否定されても、誰かが私の声に耳を傾けてくれていることを信じて。誰もが自分たちの抱く思いを語り合える場ができることを信じて。未来で同じ苦しみが繰り返されないことを信じて。

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