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レンガの中の未来(五)

(五)建前

「今回のような案件は正直申し上げまして困惑と申しますか、なんと申したら良いか…。本インペリアルスクールの校風と申しますか…。多額のご寄付を頂いている事には大変感謝しているのでございますが。」

「とんでもございません、こちらこそこの度は申し訳ございませんでした。こちらの不手際でこのようなことになりまして。」

ノルギーは学校長との面談を終えると、各教員に会釈を機械的に繰り返し教員室から退出した。教員室を出ると一気に気分が高揚した。

全てが画策であった。一種の達成感に近い感覚かもしれない。社会的体裁だけは保てたか。帰宅後の夜、ノルギーは夫とテーブルに座り本日の内容を話し始めた。

「ああ、せいせいした。あんたにも校長の顔を見せてやりたかったわよ。というか、そもそもあんたの変な親切心から始まったんだからね。」
「まぁそう言うなよ。」

夫は、手酌でワインを自分のコップに注いだ。

「だって本当の事じゃないか。私は何度でも言うよ。はっきり言ってイリンは目障りなんだよ。」

「おい、イリンはまだ何も判っていないかもしれないが、もう六歳なんだぞ。」

「ふん、態と分かるように言ってやっているんだよ。ああ、憎たらしいったらありゃしない。明日からの課外学習は留守番にさせるからね。」

シノーの弟であるイリンは今年六歳になる。「今は」学校には行っておらず、ノルギー夫婦の家で過ごしている。夫はシノー、イリンの父親の旧友であり、母親が死んだ時に預けられた。

その家は比較的裕福な家であり、使用人も一人いる。ノルギーの夫はその家の養子であり、立場が弱い。ノルギーの勝気な性格がそれを増長する。

ノルギーにはイリンと同い歳の息子ロギンがいるが、イリンの才覚に嫉妬している部分があった。それは、休日に定期的に訪問する家庭教師ーによるコメントがきっかけだった。

ロギンとイリンに対してその家庭教師は、日頃の学習内容の進捗や将来どのような職種に就きたいかなどのアドバイスを行っている。まだ六歳ではあるが、そういった教育が早すぎる事はないという事で、定期的に訪問している。

それは、授業後のいつもの会話からであった。

「いつもお世話になっております。本日も有難うございました。」

「はい。いつも楽しい時間を過ごさせてもらい私も感謝しておりますよ。早い内から自分を自己分析して将来に備える。それに越した事はないと考えますよ。」

使用人が運んできた紅茶を口に含ませると、更に続けた。

「ところでイリン君というのは最近思ったのですが、記憶力が抜群ですね。さっきも各国の位置関係と領主名のテストをしていたんですが、数分で記憶してしまっていましてね。いやぁ、それには驚きました。一種のギフテッドというやつですかね。その他幅広い教養を身に着ければ、イリン君は素晴らしい人物になるでしょうね。計算能力はこれからでありますが、彼なら直ぐに身に着けるでしょう。」

何を言う、イリンがだと?

「はぁ…。ロギンのほうは如何でしょうか。」

「彼も頑張っていますね。」

「何かイリンと比較してロギンの長所はありますかね。」

「そうですね、彼は健康ですし、イリン君をはじめとする同年代の子と能力的な長所はこれから見出す事になりますね。」

「分かりました、本日も有難うございました。」

冗談じゃない、何のために毎月数千ビースも出していると思っているのだ。ロギンがイリンより劣っているはずがない。

ノルギーは頭の中で何度も繰り返した。あんな身分の子供が自分の息子より劣る要因等あるはずがない。何とか貶めてやりたい。そうだ、この手を使おう。ノルギーは子供の頃に肉体的精神的虐待を受けていた。

その時感じたのは、肉体的虐待はその場は痛いが、一過性である。精神的虐待はずっと継続する。ならば、後者を有効活用する以外に方法はない。

使用人に、イリンには両親がいない事を態と周囲の子供に分かるように流布するよう命じ、それが見事功を奏したのである。

イリンは友達に本当の親と暮らしていないことで誂われ、手を出してしまった。それにより自宅待機、保護者であるノルギーの学校への「謝罪」となったのだ。

 翌日、ロギンはノルギー、その夫とともにインペリアルスクールの課外学習へ向かった。ロギンと夫は既に外で待機している馬車に乗りこんでいた。

「お前は留守番だよ、分かったかい。」

「うん。」

「うん、じゃなくて分かりましただろ。」

「分かりました。」

ノルギーは、シノーが近日中にこちらに来る事は分かっていたが、そんなことはお構いなしにイリンを使用人だけの環境を強いた。


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