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デザインの余白

Tシャツと肌の間をさらりと風が通り抜けていった初夏の夜。時刻は22時。甲州街道を走るトラックが吐き出す排気ガスの匂いと、途切れることなく闇に流れ溶けていくヘッドライトとテールランプの光。そしてそれらに照らされカラフルに染まる、今よりも少しだけ若い、自転車を漕ぐ妻の姿。

まだ20代半ばの妻(当時はまだ僕の彼女だった)との同棲時代、一人暮らしのふーちゃんが熱で寝込んでいて困っていた夜のこと。
僕は叔父から譲り受けたクロスバイク、妻はホームセンターで買ったカゴの曲がったママチャリで夜の甲州街道を出発した。

当時住んでいた渋谷区初台から片道1時間近くかけて西武新宿線沿線沿いの、当時ふーちゃんが住んでいたアパートの部屋のドアノブに、ポカリと身体に優しそうな妻の料理と、そして細かく刻まれた林檎の入ったビニール袋を見舞い品としてそっとぶら下げに。

僕らはさながら夏の夜のサンタクロースだった。

もともと妻の小学生以来の親友のふーちゃん。
テキスタイルデザイナーの彼女は僕たちによく靴下(もちろん彼女がデザインしたものだ)をプレゼントしてくれた。
デザインも素敵だが、僕らに合わせて靴下を選んでくれる彼女の人柄も素敵だ。

アパートのドアノブにそっとプレゼントを置いてきた夜から数年後、僕は彼女から彼女自身の屋号のロゴデザインを依頼されることになる。
テキスタイルの新しい可能性を追求するための、“彼女にしかできない仕事”のためのロゴ。

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僕の仕事は、クライアントの職業あるいはその人自身と向き合い、理解することから始まる。
その人が大事にしているものを見つけ出して、それを少しでも人々の共感ポイントにヒットするよう磨き精査していく。
描く線、文字を、意識を、外に向けて増幅させていく。

大事なことは1つの本質を掘り下げていくこと。
要点はシンプルである方が理解のスピードが早いから、その分コミュニケーションのやりとりの質が高く、強い。

そしてもう一つ、デザインする上で大事にしていること。

それは余白を残すこと。
この世に完璧なイメージなんてないから、僕なりの、またクライアントなりのあるべきイメージを提示する。
目に触れた人が一瞬でも立ち止まり思考してもらえるよう余白を残して。

すると、触れた人の中でその完璧でないイメージの残りのピースをその人の頭が勝手に補完して、そうしてそのイメージはその人のものになる。
企業もしくは個人のブランドイメージに、個人的な感情が生まれ私情が挟み込まれる、と僕は思っている。

完璧にせず(仕事としては完璧に)、何かが引っかかるよう(それは心でも、頭の中でも)、一瞬でも立ち止まらせること。
人の心の空いているスペースに、思考の入り込める少しの余白を与えること。

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ふーちゃんは自らのアイデンティティであるテキスタイルの領域に“余白”を見出した。
その余白に彼女は『押し寿司』を置いた。

今彼女は、“テキスタイル”と“押し寿司”を融合させ、見て、触れて、香って、味わう、センスフルな押し寿司を作る『テキスタイル・押し寿司デザイナー』として活躍している。

彼女だからこそできる新しい手法でこの世界とコミュニケーションを図っている。

彼女自身の仕事を立ち上げる時、ネーミングの相談、そしてロゴのデザインを依頼された。

彼女の屋号は最終的に、feel / fiber / fuseから、そして彼女の名前の語感から“fuufuufuu”と名付けられた。

ロゴは彼女自身の持つ“余白”のようなものを探っていく。そこで浮かび上がる要素をとりこぼさずにすくい上げてカタチにしていく。

そして最終的にはハミングしているような、口笛を吹いているような軽やかなイメージのロゴが僕と彼女両者納得の上選ばれた。

フゥーと息を吹くと飛んでいく綿毛のようにも見えるそのロゴは、あえて少しアンバランスに調整し、自然物に近づけるよう意識した。

彼女の作る押し寿司に、絶対的なルールはない。その無限の可能性を、あえて不完全で隙のあるデザインに落とし込んだ。
見る人が、委ねられたその人自身の内省的な感情によって余白を埋めることで、想像し、愛着をもってもらえるように。


名刺は“クレーンレトラ”という、柔らかく温かみを感じさせる紙を選んだ。まさにご飯のような紙。
“押し”寿司なのでもちろん活版印刷。
特色のクールグレーで刷ることで全体を引き締め、バランスをとる。

本質を探れば選択すべき事柄は自ずと決まってくる。
ふんわりと柔らかい紙に活版印刷。

シンプルな思考でデザインを進めていく。


彼女の作る押し寿司は各種レセプションやワークショップなどのイベントごとに着々と評判を高めている。
そして今月号のフィガロジャポンに掲載されるというふーちゃんからの嬉しい知らせに、僕は妻と一緒に喜んだ。
fuufuufuuの立ち上げ時に声をかけてもらい、楽しいお酒を飲みながら今後の展望や想いを聞いていたので本当に嬉しい。(ふーちゃんおめでとう!これからも応援しているよ!掲載紙買ったよ!)


彼女の大事にしているテキスタイルと、そこに見つけた余白。

ロゴは一見あまり関係のないようなデザインにも見えるけれど、それは時に糸のようにも見えるし、食物の繊維のようにも見える。
人によってはもしかしたらもっと違うもののように感じられるかもしれない。

デザインの余白は、レイアウト空間としての余白だけでなく、人の心の隙間の、思考の入り込むことのできる余白こそが大事なのではないかと最近よく考える。


数年前の自転車に乗った僕ら夫婦とふーちゃん、そしてロゴ。

そんな風にして人生の出来事が、それらの間の余白を埋めていくように紐付いていく。僕は少しでも理想に近づけるように、日々淡々と物事を紡いでいく。

新たに生まれるであろう、まだ見ぬ余白のことを想いながら。





fuufuufuuのインスタはこちら↓

Photo:押し寿司の写真は彼女のサイトから


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