自分の軸を振り返る

高校二年の春、衝撃が走った。
当時流行っていたLINKIN PARKの新しいアルバムMETEORAを地元の駅のCDショップで買い求め、家に戻り封を開け、CDをかけつつ、歌詞カードに書かれたリリックの意味など僕にはわからなかったが、その背景に敷かれていたアートワークを見た瞬間、僕は自分の求めていたものをついに探し当てた気がした。

なんだこのめちゃくちゃカッコいい落書きは。。。!!

グラフィティアーティストのDELTA。
彼は文字のような図形のようなグラフィティを描くアーティストだが、LINKIN PARKのアルバムアートワークで僕はその彼のアートに初めて触れた。

もともと絵を描くのが好きだったが、はっきりとそこから興味がアートに全振りされた。

音楽とアート。
衣と食と住くらい密接にくっついた共犯関係。
そんなカルチャーを知れば知るほど僕はどんどん好きになっていった。

建築物を感じさせるデルタのアートに感化され、建築がまず好きになった。
その当時高校生の僕の中でめちゃくちゃ輝いていたのは、プラダ青山や中国の鳥の巣スタジアム、最近ではハンブルクのエルプフィルハーモニーで有名なヘルツォーク&ド・ムーロンだ。
表層を自在に操り建てられた強く美しい建築は今でも好きだ。難しいことは分からない、ただ、強くて美しいなあと思う。

そして高校生の僕はそこからグラフィックデザインの方へシフトする。

当時から今まで変わらず一番憧れのデザイナーはピーターサヴィル。
JOY DIVISION / NEW ORDER を擁したファクトリーレコードのデザイナーだ。
彼と一緒に働いていたマーク・ファローがペットショップボーイズのアートディレクションなどをしていくように、カルチャーを刷新していく才能、創り出すビジュアルに、もはや過去の出来事であったが僕は熱中した。
サヴィルから同じイギリスのTOMATOやトムヒングストンスタジオへ。
いつからかレコードジャケットのデザインをしたいと思うようになった。
学生の頃が一番その気持ちが強かった。

今。
好きなデザイナーは変わらずピーターサヴィルだ。
彼の独特な文字の扱い方、一見これでいいのか?と思う文字間だけど、それでも理屈抜きに、突破していく強さを持ったアートワーク。洗練された、という言葉だけでは言い足りないくらいの溢れ出ている美学。
そういうものに僕はこの十数年間ものあいだ、取り憑かれている。

今。
レコード、CDは全く買わなくなった。
音楽はもっぱらSpotifyで適当にその場に合わせて流す。
もしくはポッドキャスト。
大切なレコードはターンテーブルではなく壁に飾られている。

新しいジャケットを見て心ときめく、という体験をここ数年していない。(唯一というか唯二?、デヴィッドボウイのThe Next Day と、遺作となったブラックスター、この2つはカッコいいなあと思った。さすが。)

別にそれが悪いこととは思ってなくて、世界的に見てもジャケットはもう画面の中に収まって、それを注視する熱もなくなった、というのが僕の感じている感想だ。

あれほど仕事としてやりたかったジャケットデザイン。
いくつか有名なアーティストのジャケットもデザインさせてもらったこともあるが、それとはまた違った、ピリッとした空気をまとったナイフのような危険さと鋼鉄のような美、官能的な佇まいが同居しているサヴィルのジャケット。

ピーターサヴィルは当時そのデザインを完成させるまでに1年かけるとか、イベント当日の開演直前にイベントのポスターを納品するとか、愛すべきアホで完璧主義者だったようだが、その姿勢が僕はすごく好きだ。そこらへんを描いた映画24アワーパーティーピープルは、今数えたがもう2年くらい見ていない気がする。

ウイスキーを飲みつつぽちぽち打って、とりとめのない文章になってしまったが、自分が好きなものを再確認するため勝手に振り返ってみた。
思うまま綴ったので推敲しない。オチも何もない。多少文章がおかしいかもしれないが偽りのない、自分のための今現在の備忘録。

やっぱり僕はピーターサヴィルが好きだ。

でも棺桶に入れて欲しいのはクラッシュのロンドンコーリングだ。

#デザイン

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