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二律背反

 その日、僕はお洒落なイタリアンレストランにいた。

 偶然、美咲と休みが一緒になり、以前から美咲が行きたいと行っていたお店に行くことにした。

 その店は地下鉄で20分ほど乗ったところの非常に近い場所にも関わらず、今までなぜだか行く機会に恵まれなかった。楽しみだねと嬉しそうに微笑む美咲に、うんと僕は微笑み返す。吊革に掴まりながら電車に揺られていると、乗客がちらちらと僕の方を見ているのがわかった。

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タイトル未定

※お試しの投稿です。まだ完成していません。

第1章
 彼女は何の変哲もない街角でずっと一人で戦い続けていた。

 僕が彼女と出会ったときの話をするためには少々遠回りをしなければならない。
 違和感はずっとあった。それは中学生のときからかもしれないし、高校生のときからかもしれない。でも、少なくとも僕は中学生のとき、毎日夜遅くまで働く父親の姿を見て、僕は一生アルバイトでいいと思っていた。休みは日曜日

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背中

「パリピ、パリピってうるさいんだよ。楽しんでる奴らの仲間に入れないからって僻んでじゃねえよって思うわ。なあ?」
 佑人はコーヒーに砂糖を大量に入れながら訊いてきた。
 彼のこの光景を見る度に顔を顰めそうになる。大学生にもなってという思いを無理矢理引っ込めた。彼は小学生のときからコーヒー牛乳やカフェオレばかり飲んでいた。
「確かにそうだね。文句言ってくる連中ってどいつもこいつも教室の隅っこにいるよう

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non title

 煌々と光を放つ都会のビル群に囲まれた会場には大勢の観客が押し掛けていた。
 僕は大事に握り締めたチケットに記載された座席番号を確認し、席へと急ぐ。自分の座席を探し出し、ふうっとため息をつく。緊張感が拭えず、落ち着かなかった。まだ時間はたっぷりとあるのに。
 陽が沈み、鈴虫が鳴いていた。
 僕はただ鈴虫が奏でる音色に耳を傾けていた。彼らと出会ってからの約7年間が走馬灯のように思い出された。終わりと

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初速と終速

初速と終速

 最近、平成最後の夏という言葉をやたらと目にするし、耳にする。
 だからなんと言うのだろう。ツイッターには平成最後の夏なんていうハッシュタグが並ぶ始末だ。

「平成最後の夏には絶対彼氏を作るぞ」「平成最後の花火大会はいい思い出に」「平成最後の夏ってエモいよね」などの言葉が次々に網膜に焼き付いては消えていく。

 おそらく地球は滅亡しないだろう。来年も再来年もこの先もずっと多少の気候変動を伴いながら

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縁側

サンダル履きの足をぶらぶらさせながら、風鈴の音色に耳を傾けている。

風鈴の涼しげな音色は心を落ち着かせてくれるけれど、なぜだか今日は空しく響く。どうしてこんなにも寂しいのだろうと自問するも、理由ははっきりしている。私は気づかないふりをしているだけだ。

ゆうちゃんと呼びかける声がして、振り向くと居間からおじいちゃんがカルピスを持ってきてくれた。

「ありがとう」よく冷えたコップを受け取ってお礼を

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居酒屋

僕は昔から雑音が嫌いだった。

外出するときはいつもイヤホンをしているのが常だった。僕の耳に流れてくるのは、決まって美しい歌声や均整の取れた楽器群の演奏だけだった。自分とは人生が交わることのない人たちの些末な会話は耳に入れないようにしていた。

その日、僕は2年ぶりに大学の友人と再会した。社会に出て、2年が経ち、積もる話も多くあったので、楽しみにしていた。

集まったのは僕以外に中尾と谷口だった。

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蛇行する感情④

蛇行する感情④

エピローグ午前8時5分。

市営地下鉄の1番出口から一斉に人が吐き出される。人の流れを掻き分けるように階段を下り、改札口を抜けると、ちょうど電車が到着したところだった。ホームにはすでに人が溢れ返っており、車両に人がこれでもかと押し込まれていく。テレビのバラエティ番組で、主婦タレントが激安スーパーで人参の詰め放題をしていた様が想起され、苦笑せざるを得ない。

ここまで来るのに本当に時間がかかってしま

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蛇行する感情③

蛇行する感情③

後悔毎日、6時半に起床する生活はさすがに身体に堪える。定年退職をしてから約3年の間、橋本淳士は毎朝10時に起床するという、バリバリの営業マンをしていたサラリーマン時代と打って変わった悠々自適な生活を送っていた。

そんな日々が激変したのは娘の麻子が育児休暇を終え、職場復帰するときだった。保育園に空きがなく、孫の愛を預けられないことが発覚したのだ。育児休暇を愛が2歳になるまで延長することもできたが、

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蛇行する感情②

蛇行する感情②

疑念1年前の今日、前田孝太郎は痴漢の疑いをかけられた。あの日も今日みたいな電車の混み具合だった。

いつも時間に余裕を持って家を出る孝太郎はその日に限って寝坊してしまった。急いで身支度を済ませ、最寄り駅へと駆けた。

階段を駆け足で降りたところでちょうど電車が到着した。いつもの孝太郎であれば、駆け込み乗車はせず、次の電車が来るまで待っていた。ただ、その日はその電車に乗らないと遅刻してしまう。閉まり

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蛇行する感情①

蛇行する感情①

プロローグ午前8時5分。

市営地下鉄の1番出口から一斉に人が吐き出される。人の流れを掻き分けるように階段を下り、改札口を抜けると、ちょうど電車が到着したところだった。ホームにはすでに人が溢れ返っており、車両に人がこれでもかと押し込まれていく。テレビのバラエティ番組で、主婦タレントが激安スーパーで人参の詰め放題をしていた様が想起され、苦笑せざるを得ない。

人々は今日も満員電車に乗り込み、各々の目

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