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人生は25億秒。軽度の殺人はNG

「⚪︎⚪︎不動産の△×です。マンション投資につきまして、大変お得なお話がございます。今1〜2分ほどよろしいでしょうか」
これは今日の13:14に私にかかってきた電話である。いわゆる営業電話。
当然ながら、よろしいはずはない。それはこの不動産会社の人も分かっていて言っているのだろう。ノルマもあるし。気の毒なようでもあり、てか悪いと思っているならやるなよ、とも思うし、ひょっとして何も感じていないかもしれない。最初は相手の迷惑になるかも、という苦手意識がありながらも、何百何千とかけるうちに平気になったのかもしれない。あるいはいつまで経ってもなれないけれど、生活のためだと割り切ってやっているのかもしれない。声は若い男性、多分20代前半か半ばくらいだろう。こういう電話を1,000回やって10件くらいは話を聞いてもらって、そのうちの1つが成約しちゃったら、元が取れるみたいな仕組みなんだろうか。法律で営業電話禁止にはならないかなあ。今日強く感じたのは、単純に、時間は命なんだよな、と思った。
突然、見ず知らずの人間、つまり通り魔に、いきなり包丁でずぶりとやられたら、私の命は無くなります。このケースで、私の残りの寿命が50年あったとしたら、その通り魔から、50年の寿命を奪われてしまった、という風にも解釈できるわけですよね。
つまり、人の時間を奪うということは、その相手を数万分の一とか数十万分の1とか、殺しているのと同じ意味になるわけですよね、つまり軽度の殺人とみなせるのではないでしょうか。
グーグル先生によると、寿命80年として秒にすると、80年×365日×24時間×60分×60秒で25億2288万秒、人生は約25億秒らしいです。分単位だと、42,048,000分≒4,200万分。ここから睡眠時間(人生の3分の1)を差し引くと、実質の人生の時間は4200万×2/3=2800万分!!!
つまり、「1、2分お時間よろしいでしょうか、を言い換えると、あなたの命の2800万分の1か、1400万分の1を無条件でこの見ず知らずの私のために差し出してください。ちなみに私は当然ですが1、2分で終わらせるつもりはありません、10分(人生の280万分の1)でも20分(人生の140万分の1)でも好きなだけあなたから奪いたいと思っています」
これ書いてて、結構エグいなって感じてきました。だって、たとえば280万円しか持ってなくて、この280万円はもう本当に増えないお金で、このお金で一生やりくりしないといけないのに、見ず知らずの人間からいきなり1円とか2円とか奪われたら、激怒して然るべきじゃないですかね、もっと我々はテレアポに怒っていい。
「いやいや、そんな息の詰まるような考え方だと、人生楽しめないぜ。ぼんやりするのも大事大事」と、僕の中の楽観主義者が言っている気がしますが、ぼんやりするのは、自分で決めたことだから別にいいのよ、後悔はないわけですよ。見ず知らずの人間から不当に奪われるのはやっぱり納得がいかないんですよね。だから職務質問とか、警官のくせに軽度の殺人やめろ。わかりやすい悪人おるやんか、と思うわけですよね。まぁ私もそれなりの年齢になって職質は受けなくなりましたけど。

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