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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㉖

 話の経緯はこうだった。

 電話口の増岡という男はあるバンドのマネージャーをしていた。メジャーデビューして半年くらいのバンドで、デビュー前から増岡が面倒を見ていて、メジャーデビューに関しても増岡が尽力したらしい。つまり彼が発掘し育てたようなバンドだったわけだ。で、増岡の所属しているマネージメント会社はかなり大きな事務所で有名アーティストを多数抱えているとのことだった。そして彼のそのバンドは絶賛売出し中で、世間でも名前を知られ始めた、とても勢いのあるバンドらしかった。

 自分で発掘して育てたといっても、会社もボランティアではない、稼いでもらわないと困るってことで、会社の上司からバンドを売ることを至上命令とされていたようだ。しかしそのバンド、増岡も重々承知していたのだが、見た目は抜群、演奏はそこそこ、作詞作曲能力ゼロという、完全ビジュアル重視のバンドだった。デビューアルバムもクレジットこそメンバーが名を連ねていたが、実際は全曲外部のものだったらしい。業界では良くある話みたいだ。そんなわけでバンドは常に曲を必要としていた。もちろんバンドがというより、会社が、ということだが。ただ、売出し中で人気も出つつあるバンドなわけだから、ゴーストライター的役割りだとしても曲を提供したがる人間はいそうなものだったが、実はそこがこの話の大事な所で、増岡が私の所に電話をかけてきた理由でもあったんだ。

「よくわからないのですが」

「それはそうだろう、あまりに突然の話だから。混乱するのも無理はない」

「いや、そんなに売り出す気があるなら、大きな会社なんですよね、いくらでもやりようがあるんじゃないですか、プロの作曲家に頼むとか」

私は幾分疑いも込めた口調で、増岡に問いかけた。

「なかなかに鋭いね、君は。ポイントはまさにそこなんだ。今君にこうして電話している理由もまさにそこにあると言っていい」

「というと?」

「我々は会社という組織で動いている。言い方は悪いがアーティストやバンドというのは、我々にとってはお金を生み出す道具みたいなものだ。道具は使うためにあるし、使えなくなったら直したり交換すればいい。ただ直したり交換するのにも時間と費用がかかるんだ。だから道具は大切に扱うし、できるだけ長く使いたい、それが生み出す金が多ければ多いほどね。だからこそ道具がすぐに故障したり、投資した費用が回収できなかったりしたら大損害なわけだ。いかに長く道具を使い、利益を生み出すかが我々の仕事だ。」

私は、理解はできたが納得はできなかった。バンドを道具と言い切るその傲慢さに腹が立ちもした。

「だからスケジュールはもちろん、楽曲制作はもちろん、メンバーの容姿や健康管理などまで我々が管理する。場合によっては行動や言動だって制限させてもらう、パブリックイメージが全てだからね。それにより世間が必要としているバンドが誕生する。そしてうまく回りだせば莫大な利益が生み出される。つまりバンドが売れるために最大限の努力をしているわけだ。バンドにとっても悪い話じゃないだろう、夢にまでみたスターダムへと登りつめることができる。誰も傷つかない、お互いが幸せになる、ウィン・ウィンの関係てやつだ」

 私は増岡の顔を想像したが、うまくいかなかった。年齢は40前後だろうか。自分の周りに40前後の人間がいなかったせいもあるのかもしれない。低く無機質なその声はどこか別の世界からのものに思えた。この電話はいつのまにか異世界と繋がっていたのかもしれない。そんな馬鹿げた考えが浮かぶほど、声に特徴がなかった。掌から砂がこぼれていくように、話すそばからその声を忘れていってしまう。おそらく次に増岡から電話がかかってきたとしても、誰だかわからないだろう。

 
「ただし、だ。そこは人間のやること、間違いや失敗はある。我々の思い通りに動いてくれない時もあれば、我々の計画通りに進めたとしても上手くいかない時だってある。でもそれはどこの世界だってあることだろう?」

増岡の声に少しだけ苛立つ様子が感じられたが、黙って聞いていた。

「さらに厄介なのはアーティストってやつだ。いやアーティストって言葉そのものが問題なのかもしれない。その言葉に踊らされて、自分は真のアーティストだなんて考え始めると実に面倒だ。我々が周到かつ綿密に用意したレールに乗せる。見た目や評判だけでも「金の卵」にしつらえるわけだ。にもかかわらずそのレールにさえ乗っていればいいものの、自我だか自意識だかアーティスト性だかなんだかわからないが、そんなものに目覚めると大抵はうまくいかない。

レールに乗ったら脱線しないよう気をつけて乗っていてくれればいいんだ。乗せたからには責任を持って前に進めていく。ただし途中下車は許されない。我々はそこでも細心の注意を払う、いかに我々が敷いたレールの上を、速くスムーズに進めせるかを。それなのにだ、それなのに「アーティスト性」ってやつが邪魔をするわけだ。自分には才能がある。自分のイマジネーション、クリエイティビティは唯一無二のものだ。他人の力など必要ない。自分の力だけでやっていく、などと言い出すわけだよ。冗談はやめてくれ。君くらいのちっぽけな才能なんて、世の中にごまんといるんだよ。君は、君たちは我々の言う通りやってくれさえすればいいんだよ。だが、彼、彼らは止まらない。こうやって我々のレールからはみ出していく、はずれようとするものが現れる。結果はわかるだろう?」

  増岡は冷静さを失っていたことに自分でも気づいたのか、話を止め、咳払いを小さく一度した。

 「すまない。少し喋りすぎた。ようするに今話したようなことが、私のバンドで起こりつつあるってことなんだ。だが先程言ったように我々はレールに乗せた以上進めていかなければならない。彼らは自分たちの曲でやってみたいと言い出している。もちろん我々だってそうさせたいさ。ただし、それが我々の求めるクオリティを持っていれば、の話だが。だが残念ながら彼らにはその基準を超えるようなものは作れない。断言できる。未来永劫書けないかどうかはわからない、それは誰にもわからない。だが今の時点ではその可能性は限りなくゼロだと言える」(続く)

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