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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)⑱

 カズマサはそのきっぱりとしたもの言いに驚かされたが、さらに信二郎は続けた。

「君は神様を信じるか」

 初対面の人間に聞くような質問ではないことはカズマサですら解ったが、それでも答える。

「いや、特に信じなくもないです」

「信じなくもない。面白い言い方だ。では君が信じるべき魂のありかはどこにある?」

 カズマサは少し怖くなってきた。この男は何の話を始めたのだろう。危険な男なのか。そんな男とナナミは仲が良いのか。

「待ちなさい、待ちなさい」

 カズマサの反応を察してナナミが間に入った。

「あのさ、信ちゃん、見て、引いてるでしょ、マシュー君。からかわないでよ」

 冗談ぽく信二郎を睨む。

「ごめんねマシュー君。ふざけてるだけなのよあの人。ホントはあんな人じゃないのよ」

 呆気にとられたカズマサは信二郎の方を見たが、彼はすでに兄とのレコード談義に花を咲かせていた。

「もういいわ、ほっときましょ。で、マシュー君は今日は何か探しにきたの?」

「いや、またこの街に用事があって。ついでに来ただけなんです。また何か良いレコードがあればいいなって」

半分は本当で、半分は嘘みたいなものだったが間違ってはいない。

「そうなんだ。兄貴が店員やってるから言うわけじゃないけど、いい店でしょ、ここ。ちっちゃな店だけどセンス良いし。家から近いから良くくるんだ」

「うん、良い店ですよね。僕の街にはレコードショップがなくて。羨ましいです」

「レコードショップ自体少ないものね。私もここしか知らないし。でも雰囲気良いし、ずっといても怒られないし」

 兄を見ながら悪戯っぽく笑った。

「お兄さんはストーンズファンなの?」

「うん。前も着てたでしょ?なぜかわからないけど、この店で働くときはストーンズTシャツって決めてるみたい、気持ち悪いでしょ」

「いや、そんなことは・・・」

「ま、とにかくブラコンみたいに思われたくないけど、この店にいると落ち着くし楽しいし、私の居場所って感じ。信ちゃんと知り合ったのもここだし、マシュー君にも会えたし」

 カズマサは、なんだかメンバーに入れてもらえたような気がして嬉しくなった。

「あ、それで、その、マシュー君ていうのは・・?」

「あ、ごめん。だって、名前知らないし!」

「あ、そうか。カズマサです、カズマサです」

思わず二度言ってしまい、余計に照れてしまう。そんなことお構いなしに、ナナミは話を続ける。

「そう。カズマサ君ね。ねぇ、聞いて!この子カズマサ君ていうんだって、えっと・・」

「あ、森野です。森野カズマサです」

「森野カズマサ君だって」

カズマサの名を聞いた瞬間、今までのことが嘘のように、信二郎が反応した。

「君は森野っていうのか」

カズマサのもとに近づき、真剣にカズマサの顔を見る。その目はまるで数年ぶりに再会した友人を見つめるような眼差しだった。そしてそこには微量ではあるが畏怖のようなものも含まれていた。

 いつの間にか信二郎の手にはレコードが収まっていた。カズマサが目にしたことのないレコードだ。思いがけずカズマサは「そのレコードは…?」と問いかけた。

彼の手にあるレコードは神経質そうな男が正面を見つめながら楽器を抱えている、モノクロ写真のジャケットだった。左端だけ青くなっている。

「あぁ、これかい?これはバート・ヤンシュだよ、知ってるかい?」

「いや、初めて聞きました、いつ頃のですか?」

「60年代前半だね」

「どんな音なんですか?」

「レコードショップで語るのは野暮な気がするが。彼は多様な音楽から影響を受けている。フォークやジャズ、インド音楽といった具合に。そしてそれらを自分の解釈で捉え、彼独自のスタイルを生み出した。そして彼自身も様々なアーティストに影響を与えている、レッド・ツェッペリンなどもそうさ」

これまでとは別人のように饒舌な信二郎に驚くと共に、話の内容を聞いてカズマサの目は輝き出していた。

「凄い人なんですね、聴いてみたいです」

「ちょっと信ちゃん、ワタシが聞くといつも面倒臭がって適当に答えるくせに、カズマサ君にはちゃんと答えるわけ?」

「何故かな。教えた方が良い気がしてね」

「ふーん、変なのー」

バート・ヤンシュ、バート・ヤンシュとカズマサは忘れないようにこの聞き慣れないアーティストの名を何度も頭の中で繰り返す。

「ねぇ、試聴してみようよ」

「いや、駄目だ、これはここで聴くべきものじゃない」

「なんでよ、いいじゃない、カズマサ君だって聴いてみたいって言ってるし」

「駄目だ」

「何なの?まったく。ていうか買ってないんだからまだ信ちゃんのじゃないじゃん、ならまだ私が買って好きにしたっていいでしょ」

ナナミは少しムキになっている。

「いや、これはすでに私の手にある」

なんだか雲行きが怪しく感じられたのでカズマサは仲裁に入ろうとする。

「まぁまぁ、ナナミさん。信二郎さんはもう買うつもりでいるみたいだし。ほらよくさ、買うつもりのレコード置き去りにして横にずれていっちゃう人いるじゃん。でもそれ横取りする人いないでしょ?だからこれはやっぱり信二郎さんのものなんじゃないかな」

かなり強引な説得だったがナナミは渋々引き下がった。

「カズマサ君がそういうならいいけどさ」ナナミは信二郎を睨んだ。

「ホント頑固なんだから」

「でも分からないでもないですよ。自分が楽しみにしてるレコードは自分のプレーヤーで聴きたいって気持ち。ただ、盤面の状態気になるけど」

「私だってわかるわよ。でもカズマサ君が聴きたそうな顔してたから」

「あぁ、ごめんなさい。僕は別に大丈夫です。自分で調べて聴いてみます」

 そんな会話をしている間に我関せずといった姿勢で信二郎は着々とレジを済ませようとしていた。

「あの飄々とした態度が腹立つのよね、まったく。しかも見てよあの満足そうな顔」

 自分の欲しいレコードを買えた時の顔だ、カズマサはすぐさま理解した。自分もきっとお目当てを見つけた時にはあんな表情なのだろうと思った。(続く)

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