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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㉔

 その後から彼を大学でよく見かけるようになり、話をするようになった。そして気がつけばお互いの家に言って音楽の話をしたり好きなレコードやCDを貸し借りする間柄になっていた。ようするに友人てやつだ。音楽という共通項があったのも大きいけれど、彼とは不思議と馬が合った。

  とにかく音楽の話をよくした。いや、ほとんどがそうだったといってもいい。お互いが知っているバンドやアーティストで盛り上がり、知らないアーティストはお互いが知ろうと努力した。その流れでお互いの家を行き来するようになったんだ。

 でも、彼がギターを弾き演奏していることはしばらく知らなかった。私はサークルでバンドをやってたし、ギターケースをかついで大学にいることも多かったから向こうは俺が音楽活動していることは知っていたし、彼との会話の中にも私のバンドやらギターの話は出てきていた。けれど彼はそれほど興味を持っていないように見えた。

 私が所属してたところを含めた音楽サークルに彼はもちろん入っていかったし、入ろうともしていなかった。大学に楽器を持ってくるようなこともなかった。
 私の家にはギターも数本あって、無造作に壁に立ててたりもしたんだけど、触ろうともしてなかったな。でも出会ってから1年くらい経ったある日、俺の家で彼がギターを弾いてる姿を目にしたんだ。コンビニかなんかでちょっと家から出て戻って来たときに、あいつがギターをただ手にとっていて、簡単なコードを鳴らすくらいだったのだけれど。

「なんだお前、ギター弾けるのかよ?」
「まぁね。ちょっとだけ」

 そんな会話だったと思うが、話した途端すぐに弾くのをやめてしまった。でもそれがきっかけで、彼を自分のバンドの練習に半ば強引に呼ぶことにしたんだ。音楽の知識では同等だったから、少しでも彼の上に立ちたいって思いがあったんだと思う。断られるかなとも思ったんだけど、

「ちょっとスタジオ遊びにこないか」
「そうだな、暇だし、行ってみようかな。バンドの人たち迷惑じゃないかな」
「そんなこと気にするヤツらじゃないから大丈夫」
「わかった」

 そんな風にして彼と練習スタジオまで一緒に行って、自分のギターの腕前やバンドを自慢しようと思っていた。

 彼は初めてのスタジオに興味津々だった。置いてあるものすべてについて私に質問してきそうな勢いだった。普段は物静かな男だったから驚いたよ。バンドのメンバーに簡単な挨拶を済ませると、中にいると邪魔だからといってエントランスで待つと言ってスタジオの部屋から出ていった。私は呼んだ手前少しはもてなさなければいけないと思い、休憩中に彼を中に呼んだ。少しはギターが弾けるのだから、簡単な曲でもやろうとしてね。彼は最初遠慮したが、バンドの皆もせっかくだからということで、彼も了承した。

 やった曲は今でも覚えてる、「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」さ。拙いながらも彼はギターを楽しそうにかき鳴らした。私も一緒に弾きボーカルを取って楽しんだ。曲の途中で彼がソロパートは引けないと目で合図してきたから、私がソロ弾いた。そのお返しにマイクを指差し、歌うように促した。私はスタンドマイクの場所を彼に譲り、ギターアンプの近くに場所を移した。彼は照れくさそうにマイクに歩み寄る。ベースとドラムがイントロのリズムを刻む。そしてボーカルパートが始まる。驚いたよ。ギターパートを忘れるほどに。上手いとかではない、単純に心に真っ直ぐ突き刺さってくるボーカルだった。カート・コバーンと比較するつもりはない。それとは全く別のものとしてそのボーカルは存在していた。その衝撃はコーラス部分でギターのディストーションとともに増幅した。激しい嵐の中でも消えること無い強い炎のようだった。喜びも悲しみも、怒りもいらだちも、夢や希望も、真実も嘘も、すべて包み込んで一点に解き放つような歌だった。他のメンバーがどう感じたかはわからない。けれどとにかく私の心には刺さった。曲が終わる前に、自分はこの男とバンドをやりたい、いや、やらなくてはならないと確信していた。

 何事もなかったようにその後はバンド練習に戻り、彼もエントランスに戻った。練習中に彼のボーカルが話題になることはなかった。けれど私はほとんど上の空状態で、自分の演奏に身が入らなくなっていた。それどころか自分が歌を歌うこと自体が恥ずかしいことのように思えていた。一刻も早く彼と話をしてバンドに入ってもらわないといけない。矛盾しているが、練習している時間すら惜しくなっていた。その件に関してバンドのメンバーに伝えようかとも思ったが、万が一のことを考えて心に留めておくことにした。事後報告でも良いだろうと。(続く)

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