【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㉕
バンドメンバーと別れ帰り道二人になると私は早速彼に切り出した。
「さっきの演奏どうだった」
「いや、楽しかったよ。初めてスタジオで音出して」
「初めてにしては上出来だと思う」
「ありがとう」
「なぁ、俺のバンドで歌わないか」
会話が止まる。空気が変わる。足が止まる。
「歌う?俺が?」
「そう。さっきの歌を聴いて思ったんだよ」
横並びで立ち止まっていたし、自分も案外勇気のいる誘いだったから彼の顔は見れなかった。だから彼がどんな表情でいたのかはわからない。けれどよく考えている雰囲気は伝わってきた。数十秒の沈黙。
「そうだな、それもいいかも知れない」
シンプルな答えだったが、それで十分だった。
バンドを始めた当初は、彼はそれほど熱心てわけじゃなかった。かといってやる気がないわけでもなく、常に何か他のことを考えている、そんな雰囲気だった。もともと俺のバンドだし、バンドの細々したこと、例えばスタジオを予約したりライヴをブッキングしたりってことををやるのは俺や他のメンバーだったからそれほど問題はなかった。曲もほとんどを俺が作っていた。自分で言うのもなんだけど彼が入る前からバンドは結構良い感じだったと思う。曲も演奏も悪くはなかったし、とても狭い範囲だけどその界隈ではわりと名の知られたバンドにもなっていた。だから彼のボーカルがあればさらに上に行けると俺は思ったんだ。だからこそバンドに誘ったんだが、あいつは歌いたがらなかった。そのうち歌う気になるだろうし、歌わせてやるってこっちは思っていた。けれどしばらくはサイドギターとして活動していた。
そんなある日、バンドでデモテープを録ろうという話が持ち上がったんだ。ライヴハウスにかけ合う時なんかにあると便利だからってことでね。オリジナル曲もその時5、6曲はあったからね。バンドのメンバーも同意した。彼も特に乗り気ってわけではなかったけれど、別にいいよって感じだった。で、録音できるスタジオを予約して、いざ収録となった。プロが使う録音スタジオとかじゃないよ、練習スタジオで録音テープを回して一発録りさ。演奏して、プレイバックして、駄目だったら録り直し、みたいな原始的な方法でさ。
深夜の長時間パックみたいなので一日で一気にという算段だったと思う。そんなやり方でも楽しかったし、一応録音も順調に進んだ。朝日が昇る前くらいまではかかったけど、予定の5曲を残り時間をかなり残して完成することができた。俺は疲労はしていたけど、自分の曲がこうして形に残ったことも嬉しかったし、満足していた。時間に余裕はあったけど、後片付けして帰ろうくらいに思っていたし、他のメンバーもおそらくそんな気持ちだったと思う。けれど、その時唐突に彼が口を開いたんだ。
「あと1曲録っていいかな?」
俺は驚きとともに、返事をした。
「え?予定の曲は全部録ったはずだぜ」
「いや、俺が作った曲。駄目かな」
「駄目もなにも、一度も聴いたことないし、合わせらんないぜ」
「いや、一人でいいんだ。俺の弾き語りで」
俺は驚いた。彼が自分から何かやりたいなんて言い出したことはそれまでなかったし、曲を作っていることも知らなかったし、何よりやりたがらなかった歌を唄うとまで言っている。こんなこと今までなかったし、もしかしたら千載一遇の好機でもあるのかもしれないと思い、俺はオーケーを出した。メンバーも状況が飲み込めないまま、了承した。
「時間余ってるわけだから構わないぜ。俺ら何すればいい?」
「信二郎はテープを回すの手伝ってくれないか?すまないけど、二人は外で待っててくれればいい。いや、先にあがっちゃっても構わない」
「外でコーヒーでも飲んで待ってるよ」ベースが笑顔で答える。
「悪いな、勝手なこと言って」
「問題ないよ、外にいるから何か必要なら言ってくれ。良かったらバンドでやろう」ドラムも優しく声をかける。
「あぁ、そうだな」
二人はスタジオの分厚い二重扉を開けて外に出た。彼はさっきまでの録音でも使ったギターをチューニングし直し、マイクのセッティングを始める。俺はテープをセッティングし、録音に備えた。
「弾き語りなのに、エレキのままでいいのか?」
「あぁ、下手くそなんでアコギだとうまく弾けないんだ。それに曲的にエレキで大丈夫な感じなんだ」
「そうか、わかった。じゃあボーカルがしっかり録れるよう、ギターは気持ち小さめにしようか」
「そうだな、頼む」
録音ボタンを押し、目でスタートの合図をする。彼は目を閉じ、深く息を吸い込んでから、演奏を始めた。彼の歌声を聴くのはこれが二度目だった。
歌が始まった瞬間、身体が動かなくなった。一度目は彼の歌声に驚いたが、二度目は曲に驚かされた。すぐにわかったんだ、こいつはすげぇ曲だ、って。同時に俺は泣きたい衝動に駆られた。
自分の作っていた曲がひどくちっぽけで下らないものに思えて、恥ずかしさすら覚えた。へたしたら嫉妬や怒りに変わりそうなものだが、そんな感情は通り越してしまっていた。愕然としたよ。才能ってのは神様からのギフトとかって言うだろ。それはこういうことを言うんだって思ったよ。俺のような凡人が努力しても手に入れられないもの、それを目の前で見せつけられた、それも二度も。その日から俺は曲を作るのをやめたよ。それくらいの衝撃だったんだ。でも本人はその才能に気がついていない様子だった。そのことに腹が立った。歌い終えた彼は、顔色ひとつ変えず、一言「ありがとう」と言って、片付けを始めた。興奮しているのは自分だけだった。
「今の曲、何?」
「何って?この前ちょっと作ってみたんだ」
ちょっと作ってみた?これほどの曲を。彼の素っ気ない返事に呆れたよ。同時にあぁ、こいつはこういうやつなんだよな、とも。もしかしたら天才ってのはこういう奴のことをいうのかもしれないって。
テープは俺が預かることになった。バンドの音源がメインだからね。彼も別に好きにしていいよって感じだった。テープを持ち帰った俺はそれをオリジナルとしてコピーをいくつか作った。ライブのオーディションのために提出したりするためにね。まだどこかで自分自身に期待してるところもあったし、バンドとしてイケるんじゃないかとも思っていた。ただテープには彼の曲もそのままコピーした。あまり考えないようにしていた。心のどこかで否定したい気持ちもあったけど、消したりとかはしなかった。そこまで小さな人間じゃない。それにバンドの録音の中で録ったんだから、バンドの曲だと思ってたし。彼がどう思ってたかはわからないけどね。いや、結局バンドで演奏することはなかったんだけれど。一度「あの曲どうする?バンドでやる?」って聞いたときも、本人あまりやる気を見せなかったし、もしかしたら俺に遠慮してたのかもしれないな、今考えると、だが。
そんなわけで、バンドは続いたし、本望ではなかったけれど、俺の作った曲でライヴ活動は続けた。そんなある日のこと、自宅に増岡という男から電話が掛かってきたんだ。受話器から聞こえる彼の声は、低いがよく通った。その声は、とても落ち着いた口調で俺に語りかけてきた、突然の非礼を詫ながら。
「突然すまない、村越信二郎君だね」
「ええ、そうですが」
「実は、スタジオクイック・ワンの店長に君の連絡先を聞いてね」
「ああ、そうですか」
「単刀直入にいこう、私も忙しいのでね。驚かないで聞いてくれ」
一瞬の間の後、増岡は言った、
「君たちの曲を買いたい」
(続く)
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