【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)⑯

 カズマサが落ち着きを取り戻すと、街並みもまるでそれに呼吸を合わせるように落ち着いた雰囲気を見せはじめた。目的地も近づいてきている。カズマサは慎重に歩きながら、再びナナミのことを考えていた。彼女の屈託のない笑顔はカズマサの心を優しく撫でる。けれど同時に細い針で柔らかな部分を刺されたような気持ちにもさせられる。それはカズマサが今まで感じたことのない感情で、カズマサ自信それをどう言葉にすれば良いのか、どう対処すれば良いのかわからないものだった。

 気づくとカズマサは店の入口まできていた。以前と全く同じ姿で店も看板も存在している。動きが止まる。躊躇いが生じる。彼女に会える確証は全くない。カズマサはそれでもここに来なければいけないような気がしていた。何故かはわからないけれど、ここに何かあるような気がしてならなかった。

 中に入らなければ何も始まらない、とカズマサは自分に言い聞かせ、扉を開け中へと入った。店の様子も以前と全く同じだった。ここだけ時間が止まっている、もしくは時間の流れが世界とはズレているのか、どちらかのように思える。予想通り店員も同じ学生風のあの男だった。時が流れている一応の証拠として店員がカズマサに提示してきたのは、前回、前々回と違うストーンズTシャツを着ていることだった。店員は買い取ったものだろうか、積まれたCDの山からディスクを1枚ずつ手に取り、光る盤面を集中して眺めていた。すでにレコード棚のチェックは前回で一通り済ませていたので、カズマサはCDコーナーに向かった。カズマサが最初に接した音楽ソフトはCDで、最も長い付き合いではあったが、今となっては小さなジャケットや広がりのないように思える音などが不満で敬遠していた。それでもレコードだと高価だったり手に入りにくいものもあるので、そんな時はCDを手にすることもあった。今日はレコードショップに来たにも関わらず、音楽が目的ではなかったので、CDを相手にするくらいがカズマサにはちょうど良かった。関心は他のものなのだ、珍しく。

 今日の店内にはビッグ・スターが流れていた。おそらく『サード』だろう。決して明るくはないが不思議な魅力を持つこのアルバムは、この店の雰囲気にはよく合っていた。前回のようにレジ横のディスプレイに目をやる。と、そこには信じられない光景があった。そこにはナナミがいた。カウンターを挟んで店員と話をしているナナミの姿があった。うまく状況が飲み込めない。曲は「ジーザス・クライスト」から「ファム・ファタル」に移ろうとしていた。

 何が起きているのか全く解らない。そもそも店のドアが開いた形跡がない。カズマサが気がつかなかった?いや、そんなはずはない、ずっと入り口を気にしていた、というよりそれについてしか関心がなかった。知らぬ間にナナミがそこにいたのだ。

 知らぬ間に彼女はそこにいた。そいてさらにカズマサを驚かせたのはその横に、信二郎の姿もあったことだった。店員の手にはレコードがあり、それについて皆で語りあっている。カズマサが知らないレコードだ。二人とも店員とは旧知の仲のようで、レコードの中身もしくはレコードジャケットのことについて話している様子だった。

 自分の知らないレコードを見ながら楽しそうに話す三人を見て、胸がチクチクと傷んだ。なんだか自分だけ違う世界の住人、部外者のような気がした。自分はここにいてはいけない、いやそもそもここに来るべきじゃなかったんだ。カズマサがひとり居心地の悪さを感じていると、レコードから視線を外したナナミが店内に自分たち以外の人間がいることに気がつき、カズマサの方を見た。

「あ、マシュー君」                         ふいをつかれ、カズマサは狼狽えた。

「こ、こんにちは」と返すのが精一杯だった。とても混乱している。ナナミのことを直視できずにいる。信二郎もレコードから目を離し、カズマサを見た。が、すぐにレコードに視線を戻す。

 マシューくん?以前会ったときにそんな風に呼ばれてはいなかったはず。彼女に会えることを期待して来たはずのカズマサだったが、いざそれに直面すると、身動きがとれなくなった。不思議な呼び名で呼ばれたことに焦ったこともあるが、自分のことを憶えてくれていたこと、可憐な笑顔をこちらに向けてくれていること、それらがカズマサの身体をひどく強張らせた。(続く)

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