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「 間 (ま) 」が空くのが怖い?

昨日のnote「 ひと息の中では、ひとつの内容。」は、

句点でひと息が終わって、次に行く時は、また新たに息を吸いましょうという話でしたが、その中で息を吸わずに、次々と読んでしまうのは、間が空くことが怖いかしら、と記したことについて、すこし書いてみます。

「 間(ま) 」については、あまりに多くの事を含んでいるので、おいおい書いていきたいと思います。

今日は、その中のひとつ、「 今、ここ 。」に居るかどうかだという話をしたいと思います。
今、読んだ文章の次元に、そのまま存在し続けているかどうか。

たとえば、「今夜は、お月さまがとてもきれいです。」という文章を読む時に、最後の「です。」にその人のこの文章を言いたくなった気持ちが出ます。そして、です、と言った後にも、そこにまだ佇んでいて欲しいのです。

気持ちが残っているし、まだそこにいて欲しいのです。
今、ここにいるわけですから。言った矢先、すぐ切り捨てて、先を急いでは、言った意味がなくなります。

月がきれいだ、という気持ちをそこにいるみんなと共有してから、月を見てから、次にいきましょう。

大事なのは、聞き手と共にいることを感じるのです。
聞き手に向けて話しているのですから。

その間(ま)なんです。

間が空いて、無音になるのが怖いのは、よくわかりますが、聞き手にとってみれば、耳から入った情報を整理できる時でもあります。

間なしで話し続けられると、途中で追いつけなくなり、聞くことをあきらめてしまいます。


間の中に、お互いを理解し合う大切な時が流れているのです。
ほんの一瞬でも。お互いがつながる何かが。


日常会話でも、同じかと思われます。

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