【詳細版】スルガ銀行・シェアハウス向け融資の処理状況について。

ブログに簡単にまとめましたスルガ銀行のシェアハウス向け融資の処理状況について、こちらで「詳細版」として解説したいと思います。

なお、本稿はあくまで銀行側から見た視点で書かれております。

ローンの減免が行われた場合の銀行側の損失処理の仕組みについては説明しておりますが、スルガ銀行の法的責任や個々のシェアハウスオーナー(ローンの借り手)が減免を受けられるかどうかなどについて意見を述べるものではありません。

筆者は弁護士などの法律専門家ではなく、また、依拠している情報はスルガ銀行が開示している財務報告とニュースリリース及び外部報道機関が報道した新聞、雑誌、webメディアなどのすべて公開されているものだけです。

あらかじめ、ご了承ください。

1.シェアハウス向け債権の保全状況と追加損失の可能性について。

2019年3月期におけるシェアハウス関連融資2,503億円のうち、担保・貸倒引当金で約93%がカバーされております。うち、保全額(担保・保証)914億円、貸倒引当金が1,393億円です。

シェアハウス向け融資は保証協会などの機関保証を得られるものではありませんし、個人による連帯保証はここには通常カウントされませんので、914億円はほぼ土地・建物によるものと考えられます。

2,503億円のうち、シェアハウス向けは2,019億円です。それに対して土地・建物は914億円ですから、表債(貸出金残高)に対する担保評価額は45%ほどしかありません。

報道によりますと、シェアハウス向け融資に際しては、担保評価額の改ざんなども横行していたようですので、もともと担保価値をはるかに超える額の融資が行われていたであろうことが、この45%という低い率からも裏付けられますね。

通常の住宅ローンであれば、2割程度の自己資金を求められ、土地建物の70%評価額くらいまでしか融資してもらえません。

スルガ銀行の内部ルールである「1割自己資金」もまったく守られていなかったとの報道ですので、担保評価額に対して無理な融資が行われていたがここからもわかります。

さて、銀行が不良債権に対する引当を決める際には、処分可能額を考慮したうえで土地・建物の評価額を計算します。担保評価額は実際の売買事例だけを採用するのではなく、過去の競売事例による下落なども加味したうえで計算されますので、いわゆる時価(市場価格)の70%以下で評価されるのが通例です。

金融検査マニュアルにも、評価の目安を不動産鑑定評価の70%程度を「掛目」の目安としている記述があります。1億円の評価額の土地建物でも、担保価値としては7,000万円でしか評価できないことになります。

また、評価方法は債務者の状況により段階があり、危険債権であればまだ任意売却の可能性がありますので上記のいわゆる「7掛け評価」が使えますが、破産更生債権まで区分が悪化しますと、競売などの「叩き売り」による処分可能見込み額を勘案して、さらに評価掛目が切り下げされることになります。

以上の前提を踏まえ、短信19ページのの保全状況から、危険債権では評価額7掛け(1億円の評価額に対して担保評価は7,000万円)、破産更生債権ではもとの5掛け(1億円の評価額に対して担保評価額は5,000万円)程度ではないかと。

担保評価でカバーされると、この部分は自己査定でⅡ分類となります。

担保保全外の部分については、個別貸倒引当金を計上することになります。

破産更生債権は、保全外は100%引当です。

画像では1,083億円に対し、担保保証による保全405億円、個別貸倒引当金678億円で100%カバーしております(この数字はシェアハウス向け融資以外も含む。以下、同じ)。

危険債権は1,365億円、保全695億円、貸倒引当金506億円でカバー率は約88%。

危険債権については、将来見込キャッシュ・フローなどを見積もって、合理的に回収可能と判定される部分については個別貸倒引当金が計上されません。

ここで、本節のテーマである追加損失の可能性です。

ブログでもお話しましたように、危険債権から破産更生債権へ債権内容の悪化が急激に進み、半年で500億円も破産更生債権へ振り替えられています。

破産更生債権に区分されますと、先にお話ししましたように担保評価額の掛目が厳しくなり、さらに100%のカバーを求められるので、追加での貸倒引当金繰入を強いられることになります。

半年間で区分が悪化した500億でどの程度、追加損失が計上されたのか推測してみます。

危険債権500億×担保保全50%=250億、

保全率88%ですから、500×88%=440億-担保250億=190億円引当。

これが破産更生債権へ区分が下げられると以下のような追加損失が計上

250億÷70%=357億円(もとの不動産評価額)

357億×50%=179億(Ⅱ分類)

500(債権額)-179(評価替え後の保全額)-190(従来の引当)=131億の追加損失です。

以上の試算は、公表されていない担保評価の掛目などを推測しておこなったものですので、実際の追加損失と比較してみましょう。

この500億円の債務者区分の悪化は2018年9月期~2019年3月期までになります。

2018年9月期の個別貸倒引当金繰入額は903億円、2019年3月期の個別貸倒引当金繰入額は1,054億円なので151億円の追加引き当て。

筆者が推測した追加損失は131億円ですので、かなり近い数字ですね。

担保掛け目は公表されておりませんので、短信の保全率から推測したものになります。計算過程は上記のようになりますので、債務者区分が悪化した場合の追加損失の仕組みについてご理解いただけたかと思います。

以上は、危険債権と破産更生債権について説明になります。

金融再生法開示債権にはもう一種類、要管理債権というものがあります。

要管理債権は、シェアハウスオーナー(借り手)とスルガ銀行との間で、約定返済額を緩和したり、金利を引き下げしてるなどまだ返済し続けている債権になります。

これは給与所得で返済できる範囲まで約定弁済を緩和したものとも推測されます。たとえば、毎月元利金で100万円を返済するという当初約定のものを、入居者からの賃料10万円+給与10万円で20万円まで月々の返済額を緩和するなどの変更契約を結んでいるものと推測されます。同時に、金利水準を引き下げしていることも多いでしょう。

この場合、建物の耐用年数までの返済期間ではとうてい元金は返済しきれませんから、残った額を最終月に一括で返済するとの契約方式(ヘビーテイル、太い尻尾などとも称します)にして、1年ごとに見直ししていくことが通例と考えられます。

要管理債権880億円も入居者の状況や、給与から返済へ回せる額などによりケースバイケースです。

ヘビーテイル方式は物件処分で残債を回収することを前提としていることも多いのですが、シェアハウス向け融資の場合は物件を処分しても到底、返済しきれないと思われるため、筆者の意見では正常化はかなり厳しいものと推測します。

給与からの補てんは生活切り詰めも伴いますし、入居者退去もあればどこかで行き詰まってしまうこともあるのではないかと。

そうなると、債務者区分が危険債権→破産更生債権へ悪化していくことになります。

要管理先の保全率は70%程度とかなり高めです。悪化を見込んで厚めに引当金を積んでいるのかもしれませんが、下方遷移すれば、先ほどと同じように追加損失が計上されることになることでしょう。

なお、通常では、要管理先に対する貸倒引当金は個別貸倒引当金ではなく、一般貸倒引当金になります。短信の貸倒引当金の表からみるに、スルガ銀行も一般貸倒引当金で計上しているようです。

ここからは筆者の個人的な意見ですが、2019年3月期では970億円という巨額赤字を計上しているものの、追加損失がまだまだ控えているものと推測され、シェアハウス向け融資以外にも告発が続くなど、不正融資が見え隠れしておりますので、2019年度以降もまだ損失が出てくる可能性は高いのではないかと推測します。

2.債権減免の場合のスルガ銀行の損失と債権放棄のインセンティブについて。

冒頭にお話ししましたように、筆者は法律の専門家ではありませんので、個々のシェアハウスオーナー(ローンの借り手)が減免を受けられるかどうかなどについて意見を述べることはできません。

ここでは、銀行の貸倒引当金計上の意味と、それがスルガ銀行とシェアハウスオーナー(借り手)との交渉に与えるであろう効果についてお話ししたいと思います。

銀行の貸倒引当金は、あくまで、銀行が自社の貸出金の回収可能性を評価して「このくらいは回収不能だろう」という部分について損失として認識した会計上の見積もり処理に過ぎません。

講学上、貸倒引当金は「評価制引当金」と呼ばれます。

たとえば、100百万円の貸出金がバランスシートに計上されているとします。

最初は資産の部はこうなっています。

貸出金       100百万円

資産の部   100百万円

この貸出金が不良化し、元利金の回収が危ぶまれる状態になりました。ここで、担保評価が40百万円、キャッシュ・フローによる回収可能見込みが5百万円とすると100-40-5=55百万円が貸倒引当金繰入額という費用科目で繰入られ、その分、資産の部にマイナスとして貸倒引当金が計上されることになります。

この結果、バランスシートはこのようになります。

貸出金       100百万円

貸倒引当金    △55万円

資産の部    45百万円

もともと100百万円の価値があるとしてバランスシートに計上されていた貸出金の下にマイナス表示の貸倒引当金が計上され、資産の価値は55百万円に低下しました。

この資産の部の反対側では、費用55百万円が計上されてるので、利益剰余金(いわゆる内部留保)が55百万円減少してしまうことになります。

貸倒引当金の計上にあたっては、銀行と債務者(借り手)と間の交渉や契約はありません。

あくまで、銀行が独自に貸出金の価値を評価して内部的に処理、計上されるものになります。引当金を計上するのは、企業の状態を外部の利害関係者へ開示することことが目的ですね。

この貸出金の回収可能額はこのくらいと見積もっています、と投資家や債権者へ報告するために。

さて、債務者(借り手)、自分が借りている100百万円のローン、先ほどの例示のように55百万円の貸倒引当金が繰り入れられ、バランスシートで45百万円になったとしても、銀行から通知が来るわけではありません。

窓口に行って「俺の借り入れの評価って、いくらになっているの?」と質問しても、答えてくれるはずもなく。

そして、銀行の評価が45百万円に低下したとしても、契約上は、やっぱり100百万円を返済しなければならないことに何の変化もないのです。

まれに、借り手や代理人の弁護士が「もう貸倒引当金を繰り入れたんだから、その分まで債権放棄してくれ!」と主張しているのを聞くことがあります。

通常であれば、まったく通らない主張でしょう。

ここで、今般のシェアハウス問題では、スルガ銀行側の不正と債務者(借り手)の因果関係うんぬんが証明されれば、債務減免に応じるとのプレスリリースがスルガ銀行から出ています(この表現は正確ではありません。実際の債務減免の条件は法律の専門家である弁護士にご相談ください)。

「1」で説明した貸倒引当金計上の仕組みは、通常の事業の中で発生する不良債権の計上方法であり、時間的な限界も考えるとスルガ銀行も従来通りの方法に準じており、債権放棄の可能性まで勘案して引当金の額を計上しているとは思われません。

「この案件は不正の度合いが深いので、債権放棄の可能性が高いな、厚めに引手金を積んでおくか」というようなことはやっていないのではないかと推測いたします。

それでも、通常では直接は関係しない貸倒引当金の計上額と債権放棄の可能性について、考慮に入ってくるのではないかと。

スルガ銀行のような不正事案ではなくても、業況不振に陥った債務者へ金融支援を行う場合、じゅうぶんな貸倒引当金を計上してあれば、債権放棄の交渉にあたってそれが考慮要素になり得ます。

まして、不正が明らかになっているスルガ銀行は交渉上の立場が不利です。

早く債権放棄して身軽になっていまいたい、引当金もそれなりに積んでいるから追加損失がでても僅かだろう・・そんなことも考えてしまうやもしれません。

繰り返しますが、個々の債務者(借り手)の債務減免の可能性について、筆者は意見を差し控えます。

ただ、スルガ側の債権放棄にあたって、このようなインセンティブ構造があることを推測できるのではないかと考える次第です。

3.預金流出と資金繰り動向について。

   スルガ銀行、一連の不祥事により信用が失墜し、預金残高は2018年3月末から2019年3月末の1年間で約9,000億円減少しております。

 1年前の約4兆円から、3兆1千億円まで、年率22%の減少です。総預金の5分の1以上を僅か1年の間に失ってしまったわけで、日本でいちばんの金融危機であった1997年~98年頃でも、これほどのスピードで預金が流出してしまった銀行はなかったかもしれません(これは、調べてみます)。

2018年6月から9月が4,556億円の預金流出。

2019年9月から12月が1,873億円の預金流出。

2018年12月から2019年3月で630億円の預金流出。

預金流出のスピードは徐々に落ち着いているようにも見えます。

一方、貸出金の方も新規推進していないので、4,000億円の減少。

預金貸出金の減少差額は、日本銀行に預けていた当座預金を取り崩しして預金支払いに応じていることが見て取れます。

また、スルガ銀行は住宅ローンを証券化した受益証券を日本銀行に差入し、借り入れ可能にして、急な資金繰り窮迫に備えているとの報道もありました。

損益計算書をみますと、借入金利息は「0百万円」(100万円未満)しか計上されていませんので、あまり日銀借り入れは利用していないようです。

損益計算書をみて、気になったのは収益にコールローン利息21百万円計上されている部分です。

コールローンとは、主に銀行同士が、期間1日~1週間程度の短い期間で資金を貸し借りするものです。コールローンが貸出で、コールマネーが借入。

コールとは、「呼べばすぐ戻ってくる資金」ということでコール市場という名がついたと聞きます。この市場は戦前からありますね。

コール市場は国債等を担保に差入する有担保物もありますが、基本的に無担保取引です。銀行同士が互いに「明日、相手の銀行は潰れないだろう」という信用で1取引100億~300億程度の資金貸借をおこなっているのです。

さて、日本銀行がマイナス金利政策をはじめてもう3年以上経ちました。マイナス金利政策の影響でコール市場での資金貸借もマイナスになっている常況にあります。

日本銀行が毎日発表しているコール翌日物(今日借りて、明日返すコール)の金利は平均してマイナス0.4~マイナス0.6%になっています。

マイナスということは、お金を貸した方が、借り手に金利を払うという状態です。

逆に、お金を借りると、さらに利息をもらえるのです。

利息を支払うのに、お金を貸すなんて経済合理性がないように思われるかもしれませんが・・

マイナスで民間銀行から借りて、日銀にゼロで預けることで利ザヤをとる

浅いマイナスで貸出(コール)して、深いマイナス預け金(日銀)を避ける

この金利裁定のために、日々、コール市場で取引が行われています。

もちろん、利ザヤ確保だけではなく、預金払い戻しに備えるために一時的に他の銀行から借り入れするとの取引もあります。

スルガ銀行、21百万円のコールローン利息を計上していますが、コール市場で貸出(ローン)を出してもプラスの利息は付きません。

これは、コールマネーでマイナス金利でお金を調達、その利息を計上したものではないかと推測されます。

21百万円を、0.4~0.6%で割戻しすると、スルガ銀行は年間を通じて400~600億円程度のコールマネーを銀行間市場で借り入れしているものと推測されます。

夢の高収益を誇っていた頃、スルガ銀行はインターバンク市場では資金調達をしていませんでした(有価証券報告書から読み取れます)。

しかし、急激な預金流出に見舞われ、市場調達で資金繰りを維持しているようです。

先にお話ししましたとおり、コールは基本、無担保ですが・・スルガ銀行に無担保で資金を出す銀行があったのか(日本銀行の支援を信じているのか)、あるいは有価証券を担保に取っているのかもしれません。

筆者の私見としては、日本銀行に受益証券担保差し入れをしたことで、資金繰りには「万が一」の資金ショートはほぼ心配なくなり、これを安心材料としてスルガ銀行にコール市場で資金を供与している銀行も出てきているのかもしれません。

コール市場でどことどこが約定しているかは公開されませんので、これは日本銀行や短資会社も含めたインターバンク市場の参加者だけが真相を知っていることになるでしょう。

いったんは緩やかになったように見えるスルガ銀行の預金流出スピードですが、またデート商法への関与の疑いなど、不正融資の報道が続いておりますので、まだ安心はできないのでしょう。

引き続き、注目していきたいと思います。

いただいたサポートは会計・金融の専門書購入に充て、次の記事の執筆に生かします!