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ちょっとしたトラブルと、最高の奇跡から

グルーヴ感を重視して、特に校正などせずアップしました。そのため、呼称ミスや誤字、微妙な表現があるかもしれません。恐らく未来の自分が直します。ごあんしんください。




『エナジーが足りません。活動限界まで推定60秒。今すぐ消化に良い高カロリーの食物でエナジーを補給してください。近くに寿司があれば優先して摂取してください。エナジーが……』

 脳に直接ガンガンと語りかけてくるような声は、2分前から一向に消えてくれません。黙ってほしい、あなたのせいで活動限界が縮まっている、いくらそう言っても聞く耳なんて持ってくれません。自我を持たない自動音声相手なので当然ですが。だからって、視界に余計な情報まで映すのはやりすぎではないでしょうか。ただでさえノイズ混じりの視界に、気を焦らせる赤色の各種データ。バーを点滅させなくても体力が尽きかけているなんてわかっています。

 降りしきる雨がワタシの体力を余計に奪っていきます。だというのに空は明るく、薄い雲越しに太陽すら覗いています。こういった天気はどう呼ぶんでしょう。あの下衆たちから学んだことの少なさを痛感させられます。

『活動限界まで推定30秒。ロウエナジーモードプロセスに入ります。安全な場所まで移動してください』

 足が重くなりました。同時に、触覚と聴覚が完全カット、視界の解像度がモザイク状に荒くなりました。安全な場所なんて、この世界にひとつでもあればワタシにしては幸運なほうです。

 とうとう足には歩くための力さえ入らなくなりました。ワタシはコンクリートの塀に背中を預け、崩れ落ちました。触覚がなくなったおかげで、雨粒の当たる感覚や、身体の冷えていく感覚とは無縁です。視界の中心には大きく「20」と映っています。ご親切にもワタシが死ぬまでの時間を知らせてくれているみたいです。ワタシを作った人はそれはそれは気の利く人だったのでしょう。

 表示が「10」に変わりました。……視界の端に、人の足が映りました。鉛のように重い頭に苦心しながら顔を上げ、モザイク越しにその人の顔を見ました。

 その人の背はあの下衆たちよりは高く、肩甲骨あたりまである髪は青そうに見えました。何か長いものを背負っています。モザイク越しではこの程度の情報しかわかりません。半ば諦めていた心に、ほんの僅かに執着が……生への執着が湧きました。ワタシは口を開き、助けを乞おうとしました。

「お寿司、を」

 頂けませんか、と言い切ることはできませんでした。ワタシの意識はその前に途絶えました。



 まず最初に感じたのは、胸の奥のモーターの振動でした。次に、全身に……人間のように言うならば……血の駆け巡るような熱。やや遅れて、口の中に食べ物が入っていて、ワタシは無意識に咀嚼しているということに気付きました。目を開けると、2割ほど回復したエナジーバーと、太ももの上にお寿司が……見たことのない安そうな容器に乗せられて……置かれていました。空いているスペースから判断するに、無意識のうちに3つも食べていたみたいです。ワタシは4つ目を取って食べました。

「美人が選り取り見取り、ってか? ねーちゃんよぉ!」

「ことわざ! 天才!」

「ヒッヘハハハ!」

 回復した聴覚から、荒っぽい声が聞こえてきました。顔を上げ、モザイクの取れた視界でそちらを見ます。一人の女性が三人の男と向かい合っていました。女性のほうは、きっとエナジー切れ寸前に見た人間と同一人物でしょう。手には背丈よりも長い棒を持っています。良からぬ状況であるということはワタシでもわかりました。

「寿司あんじゃん! オレ今腹減ってんだよなぁ」

「さっき大盛りどんぶり食ったばっかだろ!」

 男の一人がこちらに来るのを、残りの二人は笑って見ていました。戦いは得意ではありませんが、こんな与太者に負けるようなアンドロイドではないはずです。未だ足に力は入りませんが。ワタシは拳を握りました。

「それは」

 その時、女性が声を発しました。次の瞬間、

「アガッ」

 男は頭を棒で強打され、その場に倒れて動かなくなりました。男たちは間抜けにぽかんと口を開けています。水のように鮮やかな手並みでした。ワタシは驚愕しながら5つ目のお寿司を口に入れました。

「その子に買ってきたものよ。あなたたちのものじゃない」

 地獄から響くような、恐ろしい声音でした。女性は棒を身体の周りで振り回し、腰を落として後ろに構えました。明らかに素人の動きではありません。

「テメェーッ!」

 2人目の男が襲い掛かりました。伸ばされた両手を、女性は棒で弾き、足を払いました。アスファルトに倒れ込んだ男の股間に、強烈な突きが入りました。

「AAAAAARGH!?」

 男は目を剥いてあらん限りの声で叫びました。女性は残った男に向き直りました。先程の気迫はどこへやら、男は及び腰で震えていました。

「今すぐこいつらを連れて帰りなさい。そうすればあなたは見逃してあげる」

「な……ナメんじゃねえ!」

 男は腰に手を伸ばし、何かを取り出して突き付けました。太陽の光を反射して鈍く輝く金属……サバイバルナイフを。刃のギザギザが恐ろしいです。ワタシは6つ目のお寿司を口に入れながら、股間を潰された男をふと見ました。男は吐きながら片手で股間を押さえ、もう片方の手を女性の足首に向けて伸ばしていました。サバイバルナイフの男はそれを認識しているはずです。やりそうなことの目星はつきます。足首を掴んで女性が動揺したところを、サバイバルナイフが襲う。

 助けないと。そう思うと同時に、男たちに対するプリミティブな衝動が……怒りが湧きました。システムはその衝動に答えました。

『戦闘モードに移行します。オートモード。ZAPガンを使います』

 視界の端に何か銃のようなアイコンがポップしました。ほぼ同時に、右腕からガチャガチャと音を立てて銃が生えました。使い方はすぐにわかりました……いえ、知っていました。最初からインストールされていたみたいに。ワタシは右腕を構えました。股間男が女性の足首を掴みました。女性は動揺し、そちらに意識を取られました。サバイバルナイフ男が振りかぶりました。ワタシは論理トリガーを引きました。

 ZZZAP! といったような音を立てて、光線がサバイバルナイフ男の胸元に赤い穴を空けました。サバイバルナイフ男はワタシを見ました。そして血を吐きました。女性もワタシを見ていました。

「……なんなのよ!」

 女性はすぐに我に返り、足首を掴んでいた手を振りほどき、踏み砕きました。

「アバーッ!」

 股間男の指が四方八方に折れ曲がりました。女性は回転しながら跳び上がり、サバイバルナイフ男の首に後ろ回し蹴りを叩き込みました。

「ムン」

 サバイバルナイフ男は白目を剥いて、アスファルトに倒れました。女性は股間男の頭に棒を叩き込んで今度こそ気絶させ、残心し、構えを解いてワタシを見ました。ワタシも女性を見ました。その額に、小さな四角の照準が合いました。オートモード。まだ解けていない。

 女性をも殺そうとする右腕を押さえながら、キャンセルしてくださいと、ワタシは頭の中のワタシではないAIに強く念じました。視界に「戦闘モードを終了しますか?」という文字が大きく表示されました。必死の思いで電子的に頷くと、「戦闘モードを終了しました」という文字と共に、ZAPガンが右腕に収納されました。いつの間にか雨は止んでいて、ワタシは女性の顔をなんのノイズもなく見ることができました。

 綺麗な、とても綺麗な人でした。ワタシのメモリに記憶されているどの人間も、この人の美しさには1割も届かないでしょう。この瞬間はワタシにとって、きっと啓示なのでしょう。そんな他愛のない錯覚すら覚えてしまうほどに。

「ウチに、来る?」

 女性はややぎこちない表情のまま、ワタシに手を差し伸べました。ワタシはその手を掴もうとして、足にまだ充分な力が入らないこと、まだお寿司が残っていることを認識しました。

「食べ終わってからで、よろしいでしょうか?」

 言うのはかなり恥ずかしく、そんな機能もないはずなのに耳が赤くなったような気がしました。けれど、女性の思わず笑った顔が、今までメモリに刻まれてきた中で最も価値のあるデータになったので、よしとしました。

 やっちゃんとの繋がりは、ちょっとしたトラブルと、最高の奇跡から始まりました。

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