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廃遊園地

 城めいた大きな門の上部には「タノシサ遊園地」と書かれたポップな看板が取り付けられていた。錆びと風化、若者の悪戯行為によって漢字の細部は潰れてしまっている。かつては人の期待感を煽るために存在していたであろうそれは、今や侘しさを引き起こすだけのものに変わってしまった。オレンジ色に染まった空が侘しさに追い打ちをかける。

 門の下、長年掃除されず落ち葉が我が物顔で居座る場所に、少女は佇んでいた。彼女は普段と変わらぬ服を身に纏い、アイボリーの髪を団子状に纏めていた。彼女以外の人影はない。閉園して長年放置された遊園地など、余程の物好きでなければ訪れようとも思わないだろう。

 朋花は門の向こうに目を凝らしていた。何かを見つけようとするかのように。視線の先、数話の雀が群れをなして羽ばたいた。雀たちはアトラクションの向こう側に消えて見えなくなった。朋花は歩き始め、門をくぐった。水を噴き出さぬ噴水が彼女を出迎えた。

 干からびた噴水の底には錆びた小銭と、更に3枚ほどちぎれたりしわくちゃになった千円札が落ちている。この遊園地が稼働していた頃、この噴水にお金を投げて願い事をすると叶うという言い伝え……ジンクス……嘘八百……があったのだ。無論それは遊園地の従業員が流した戦略的なものである。朋花はこの遊園地に関する情報を天空騎士団を通じてほぼ全て入手している。だが朋花は財布から小銭を取り出すと、干からびた噴水に向かってそれを投げた。投げられた小銭は錆びた先客とぶつかって小気味良い音を立てた。朋花は満足したような笑みを見せ、奥の道へと進んだ。

 その先には動かぬメリーゴーランドがあった。かつては子どもたちを背に乗せて得意げに笑っていたであろう作り物の白馬は塗装が剥げ、何頭かはスプレーによって無残な落書きが為されている。朋花は係員がいたと思しき場所に入り、ボタンやバーを適当にガチャガチャと動かした。当然電気は止められており、白馬たちが息を吹き返すことはない。朋花はその場所を出て、今度は馬車の中に入った。座席は雨や砂によってひどく汚れていた。朋花はバッグからハンカチを取り出して座席に敷き、その上に腰を下ろした。そして目を閉じ、横に空けた一人分のスペースに手を置いた。彼女は数分その状態でいた。

 やがて彼女は目を開けた。空は入園した頃よりもやや黒を濃くしていた。朋花は立ち上がり、メリーゴーランドを出た。

 いくつかのアトラクションを通り過ぎ、朋花は観覧車のある場所に辿り着いた。観覧車はこの遊園地の目玉であり、さして高さはないもののマジックミラーを採用している。そのため外からは中で誰が何をしているのか覗くことができず、反対に中からは視線を気にすることなく景色を楽しめるのである。なおその特性上、軽率に問題行為に手を染める者が多かったため、開園当初から問題視されていた。

 朋花はちょうど乗れそうな位置で止まっているゴンドラに近付き、眉根を寄せた。接合部の劣化により今にも落ちそうなそれの座席上には、彼女にとってひどく見覚えのある斑点模様のリボンカチューシャが置かれていた。周りの汚れきったものと比べて、赤と白の斑点はひどく鮮烈に映った。朋花は手を伸ばし、ふと己の手が震えていることに気付いた。彼女は目を閉じて深呼吸する。そして目を開け、リボンカチューシャを掴んだ。今度は手は震えていなかった。リボンカチューシャをバッグにしまい、彼女は奥へと進んだ。

 だが、そこから先にはアトラクションはなかった。木の机と木の椅子が設置された小さな休憩スペースがあるだけだった。その椅子のひとつに、徳川まつりは座っていた。瞳は虚ろであり、何を映しているわけでもないのだろう。その様は何かを思い出しているかのようでもあり、また何も考えていないかのようでもあった。

「まつりさん~」

 朋花の呼びかけに、まつりはそちらを向いた。彼女がここに来ていることに驚いているようだった。

「帰りますよ~」

 朋花はリボンカチューシャを差し出した。まつりはゆっくりと立ち上がって椅子に敷いていたハンカチを回収し、リボンカチューシャを受け取って装着した。朋花はあるべき場所に収まったと感じた。

「帰るのです」

 まつりはそれだけ言い、朋花の手を握った。朋花は手を握り返した。

 星瞬く夜の下、ふたりは手を繋いで廃遊園地の出口へと向かった。途中、朋花は観覧車に乗る若い男女や、メリーゴーランドに乗る親子、噴水に小銭を投げる集団を見たような気がした。果たして単なる思い込みによる幻なのか、それとも遊園地自身の記憶が見せたものなのか、彼女は深く考えなかった。まつりが隣を歩いていることに比べれば、それらは些細な出来事だった。

NieR:Automataの遊園施設と、ニンジャスレイヤーのヴェックス・オン・ザ・ビーチを参考にしながら書きました

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