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【お笑い】佐久間一行がレベチな理由を解説してみた

なんか今日はお笑いについて

バラエティ番組が苦手

好きなお笑い

私が大好きなお笑いは
「ラーメンズ」「佐久間一行」
「なかやまきんに君」と
いわゆる世間一般の芸人像とは少し離れる

関東芸人やイロモノとかキャラモノみたいな
言われ方をしていたように思う

大人数が無理

「バラエティより
ネタ番組の方が好き」というのを

なんでなんだろうって
考えたこともなかったけど

年末の特番をチラチラみていて
その理由がやっとわかった

それは画面に大人数が無理
ということだ

そもそも人混みが苦手なので
バラエティ番組のひな壇に人が多いのが無理

アメトーークでもちょっと多い

人がいると情報収集してしまうので
キャパオーバーしてしまうのだ

警戒心が先に出る

加えて「ガヤ」と呼ばれる人たちは
自分を前に出すことに全力を注ぐ

なので笑う前に「警戒心」が
先に出てきてしまうのだ

一番最悪な番組は
吉本芸人がひな壇に数十人いた
ロンブーの番組

情報過多だし 怖すぎて受け付けない
お笑いが人をビビらす道具に
成り下がってる
」と感じるのだ

拳銃みたいに「笑い」を
振り回してる芸人をみると
眩暈がする

笑いは魔法であり武器では無い

最古の芸人 アメノウズメ

日本最古の芸人といわれる
アメノウズメ

この人は女芸人さんなんだけど
日本の守護神でもある
「アマテラス」が岩戸がくれしたとき
(要は引きこもっちゃった時)

岩戸の前で裸で踊り続けて
みんなを楽しませ

「なんか楽しそう・・」って
アマテラスに岩戸を開けさせた
っていう超すごい人である

これは私の中で
真面目で繊細なヲタクに
この世は楽しいものだよ
と教えてくれるやさしくて面白い
GTOの鬼塚先生みたいなイメージだ

つまり「お笑いの目的」とは
この世界がなんかオモロいもの
と伝えるだけであって
「この世界が悪意に満ちている」
という武器に使うものではないと言うことだ

今の芸人さんはそんな事も忘れている

なぜ権力化してしまったのか

M1をはじめとするショーレースが
台頭してきたあたりで
笑いが権力化する」という
現象が起きてきた

これに関して松本人志を叩く人もいるが
私からみたら島田紳助が
権力化の参謀だと思っていて
松本人志は「紳助教」の
殉教者じゃないかと思う

私は教祖様が大嫌いなので
本当にこの人が番組に出始めてから
もう目も当てられなかった

全部絡んでくるのだ
バラエティ番組が大人数なのも権力
攻撃的な笑いがいいとされるのも権力

知らぬ間にお笑いの殉教者として
毒されていることをわかっていない

君たちはもう既に
殺されているんだよ

笑いは悪意なのか

今の笑いの方程式として
悪意があるかどうか」というのが
最重要となっている

悪意によって人を辱める
悪口、侮辱、暴言、暴力がオモロい

冷静に考えてそんな訳ないだろ
早く気づいてくれ

もう毒され続けた日本では
「それが面白い」という脳みそになっている
みんなお笑いの殉教者なのだ

本来の笑いは意地悪から守る
防御魔法だったのではないか

今の笑いの最終地点は差別

さらにもうひとつ軸を入れる
笑いの中にはレベルがある

イジる<意地悪<虐め<虐待<差別

関東芸人さんは
意地悪の辺りまでしかネタにしない

でも、関西芸人は差別までする
もはや犯罪者なのに気づいていない

佐久間一行の笑いを分析する

どちらが狂人か

ジュニアさんのYouTubeで
佐久間一行を「狂人」
として取り扱っていた

私からしたら
お笑い殉教者のジュニアさんの方が
よっぽど狂人である

質問はやはり少し悪意がある
いや、悪意を引き出そうとしていた

生き残りが吉本にいる奇跡

そもそも佐久間一行は
吉本芸人では貴重な
お笑い殉教者ではない人だ

佐久間一行はインタビューの間
ヤンキーが田んぼですれ違っても
頭を下げながら、でも道は変えない

という話を何度もしていた

これは自分の笑いに
確固たる自信があって
時が来るのを待っているように思う

攻撃されないように
誰かが守ってくれてるのかもしれない
(それこそ神のような人が)

小さな傷も見逃さない
几帳面な笑い

佐久間一行の笑いは
「小さな傷も見逃さない」
という観点で出来ている

日常にある「小さな恐怖」
「小さな違和感」

何か世界から意地悪されちゃったな
ということに対して
ひたすら大丈夫だよといってくれている


このネタなんてもう謝罪から入る

「罪悪感」というのもテーマに
入れてるのかもしれない

この繊細さがとにかくすごい
これに気づけるのは同じ繊細な人だろう

お笑い殉教者にこのネタのよさが
わかるわけもない

伝説のR1ネタ「井戸」

はじめなんでこのネタで
こんなにも笑ってしまうのか
わからずに笑っていた

日本人の中で「井戸」
というのは恐怖の象徴

それをとにかくずっと
明るく裏切ってくる

恐怖を裏切るから即ち笑いに転じる
陰きわまって陽となる という
笑いの最果てにあるネタなのだと思う

知らない間に
恐怖が浄化される」という
不可思議な体験をしてしまったのだ

ご本人は偶然できたもの
と言っていたのがますます神がかっている
(か、もしくは防御魔法)

お笑い殉教者と台頭して欲しい

お笑い殉教者はもう手遅れだ
この人たちはずっと地獄で生きる

日本だけではなく
海外もこういうことがあるだろう

シンプソンズみたいな
ブラックな笑いもずっと人気だ

これは仕方のないことなので
同じくらい防御魔法が
台頭する必要がある
と思う

そんな訳で
佐久間一行のネタを見て
私は今日も浄化されるのだ

最後までお読みいただきありがとうございます、今日もいいことありますよ!