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令和時代の10代の「幸せ」

今の10代の子の幸せってなんなんだろう。スマホあって暇つぶしには事欠かない。友だちとか恋愛はマッチングアプリとかSNSで価値観も多様化してる。勉強は塾とか予備校行かなくても映像で受けられて、世間では学校行かなくて良くない?みたいな論者がいて、、

昭和の10代

もし自分が今10代ならひたすら荒野行動とかしてるんだろうな。疲れたらYouTubeみてNetflixみて。将来の夢とか考えて、ヤル気出たら適当に動画でスタディサプリの授業眺めて。
ずっと「現実」が「画面の中」だな。昔の幸せって画面の中にもあったけど、ほとんど活字だった。あとは絵文字にドキドキとか

キーワードは「共有」

旅行に行ったりイベントに行ったりもしたけど、昔は「行った人」だけが体験を共有して、写真撮って現像してそれが思い出になった。今はリアルタイムで、なんなら動画で共有して、思い出が見知らぬ人から「いいね」される。うまく動画編集できると重宝される。昔で言うと、プリクラのお絵かきみたいな

「共有」する「相手」

昔は「その場」にいた「ウチら」って感じだった。今は常に「みんな」が居る。しかもそれぞれ違うコミュニティに属してる。その子たちが大人になって、例えば、結婚するってなったら、真っ先に仲の良いフォロワーに報告したりするんだろうな。
で、今の10代の子の幸せの話に戻すと、

「共有量」と「デバイス」

「共有量」が多い分、幸せを細かく感じるようになってるんだろうなと思う。なんでも無いことなのにアップしたらバズってびっくりみたいな。昔だったらただのなんでも無い事で終わってた。ただ、それってスマホが無いと成り立たない。デジタルな情報。つまり「虚」が増えたなと思う。

実から虚へ

「その場」で感じる幸せではなく、「余韻」がメインになった。綺麗な景色や料理やミッキーではなくインスタ映えが重要になった。いいねが付かないと落ち込む。彼らの幸せは現実世界ではなく仮想の世界で起こる。将来、TikTokもインスタもサービスが終了したらと思うと、老婆心ながら心配になってしまう

寂しさ

60歳くらいになって、昔とったいいねの数を孫に話すのだろうか。それは極端かもしれないけど、「虚」の世界で起こる幸せはなんだか無機質で温かくないんだよね。(リア充は違うんだろうけど笑)だから、あまり若いうちからハマらないでほしいなと願ってしまうよ。