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ある操作をして誤ったとき、もとに戻すことができればその失敗はなかったことにできる。しかし、もとの状態に戻れせることは日常の中でいつもあるとは限らない。戻せるものもあれば、もう戻せないものもある。これらの性質を可逆性不可逆性といわれる。

過ぎ去った時はもう過去に戻れない(不可逆)
パソコンの操作は大抵は元に戻せる(可逆)
将棋の「歩」は前しか行けず、もとの位置へバックできない(不可逆)
しかし「と金」に成ればもとの位置に戻れる(可逆)

さて、今、注目している対象をひとつ固定しよう。その中で考えられる操作の集合をXと置こう。操作の手順はそれぞれの記号を順に並べることで表される。例えばAという操作のあとBという操作をした場合は、ABと並べればよい。BAと書いたら、Bを先にしてからAをすることになるから、一般にはABとBAは異なる。そしてこのようなABもまた、ひとつの操作であるからXの元である。

また、「何もしない」というのも操作だと考え、その操作を記号△で表すとしよう。

次に操作Aをした後、もとに戻せるというのは、操作Aに対してある操作A’で、AA’=△となるものがある、ということを意味する。このようなA’のことを、Aの右逆元(みぎぎゃくげん)とよぶ。

また同様に、Aに対してあるA’で、A’A=△となるものがあるとき、今度はA’をAの左逆元(ひだりぎゃくげん)とよぶ。

そして、Aに対してAの左逆元でも右逆元でもあるものを、Aの逆元(ぎゃくげん)という。

逆元をもつような元を可逆元(かぎゃくげん)という。

なお、操作Aの逆元A’の逆元A’’はAそのものであるので、A’も可逆元である。また、何もしない操作△も自分自身を逆元とする可逆元であることに注意しておこう。

さてこうして、操作の集合Xの上には操作A,BからABという操作を対応させる写像、つまり2項演算が定義された。この演算を乗法と呼ぼう。そしてXとこの乗法については一般には単位的半群の条件を満たしている。そしてさらに、次の条件を満たす場合、と呼ばれる:

(3)逆元の存在:
 任意のXの元Aに対して、あるXの元A’が存在して、
 AA’=A’A=△
 を満たす。

単位的半群の定義のところで(1),(2)を述べていたので(3)という番号にした。群の条件(1),(2),(3)をもう一度確認しよう。

(1)結合法則:
 任意のXの元A,B,Cについて
 (A・B)・C=A・(B・C)
 が成り立つ。
(2)単位元の存在:
 任意のXの元Aについて、
 △・A=A・△=A
 が成り立つ。元△をこの乗法に関する単位元(たんいげん)という。
(3)逆元の存在:
 任意のXの元Aに対して、あるXの元A’が存在して、
 AA’=A’A=△
 を満たす。

(3)はとてもうれしい性質で、どんな操作も元に戻せるのだから失敗を恐れずどんどんやっていこうという気分になれる。「後悔先に立たず」という概念もない世界です。

例えば、「ルービックキューブ」はどの面を回転させても、またそれとは反対向きに回転させることで元に戻せる。よって、ある面を1つ回転させる操作の集合は群になる。失敗したって回せばよいのだ!(きれいにそろった状態からスタートして回しすぎると今度は元に戻すのが難しくなるからパズルになる訳ですが。)

他にも「あみだくじ」というものがそうである。今、自然数n>0を固定しよう。n本の線分を縦に引いて、任意の隣り合った2つの縦の線に、任意に横棒をいくつか引き、また別の隣り合った2つの縦の線についても同様で、これを何回か繰り返して作られる。上端に1,2,・・・,nと番号を書いて、上から下に向かって、また横棒が現れたら横の線分の上をたどっていく。最後にはn本の縦線の先端のうち、どこかにたどり着く。こうして1番はσ(1)番の線分に、2番はσ(2)番の線分に、・・・、n番はσ(n)番の線分にたどり着いたとしたら、σというのは1以上n以下の自然数からそれ自身への写像を与えている。そして写像σはあみだくじの作り方から全射単射となっていることがわかる。(全射かつ単射となる写像を全単射という。)

今、このような全単射σが一致するような2つのあみだくじは同一視しておこう。つまり、番号から番号への結果に影響を与えないのならばいくら線分をつけ加えても、それらは互いに等しいあみだくじである、という立場でみている。(注意1)

このようなn本の縦の線分から作られるあみだくじの全体をKとおく。このときKには2つのあみだくじを縦で結合することで再び新しいあみだくじとなる。よってKにはこのような方法で1つの2項演算が定義される。その演算を乗法と呼ぼう。そしてKはその乗法によって群となる。

実際、単位元は横棒のないただのストレートなあみだくじである。そして一般のあみだくじAが与えられたら、ちょうど天地をひっくり返してできるあみだくじA’がAの逆元となるのは認められるだろう。(注意2)

(注意2:もともとの思考の順番としてはAA’が単位元となることを認められるように「注意1」を導入した。「注意1」の同一視を除けば、ただの単位的半群である。)

他の例では、整数全体について、整数の加法に関する演算によって群を成す。この加法は交換法則も成り立つので特に可換群またはアーベル群ともいわれる。

しかし自然数全体{1,2,3,・・・}には、加法についての単位元をもたない。自然数に0を付与した「0以上の整数の集合」を考えても、その加法について単位元0を持つが、0以外は逆元をもたないから群ではない。

なお整数の世界は自然数の加法について逆元を満たすように拡張した最小の世界となっていることを、いくつか概念を用意したあとに、議論していきたいと思います。

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